表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/22

日常

「明日、第二エメラルダ修道院に行く」


そう言ってジアは、お酒のグラスを置いた。

えらく生真面目なトーンである。


お祭りから二日後。

失敗した儀式は後日改めてということが伝えられ、人々は一見、落ち着きを取り戻したようであった。


「随分懐かしい場所ですね。院長と皆に、宜しくお伝えください」


お皿を拭く手に視線を落としたまま、私は顔を上げずに答えた。

第二エメラルダ修道院は、私がバルマに連れてこられる前に、暮らしていたところである。

このタイミングで、兵士が再訪することの理由を、私はなんとなく知っている。


ジアが、うんともすんとも言わないので、他のテーブルのお皿を回収に向かった。

途中で声をかけられ、お客さんと談笑をする。

二エルさんに追加オーダーを伝えて、洗い場に戻ってきてもなお、ジアは黙ったまま。


会話をする必要も特に無いのだが、なんとなく気まずくて


「いつまで気の進まない兵隊ごっこを続けるつもりですか?戦争は終わりましたけど」


と話しかけた。

ジアは、私の顔を見て「修道院に行く話はもう終わり」だと察したのだろう。


「兵士を続けたいやつもいる」


と素直に返してきた。


「あ、そうなんですか。国の兵士の方が安定してるから?」

「そう。傭兵なんかやってた奴でも、嫁さんと子どもくらいは守りたいんだよ。兵士やってりゃ、自分になにかあっても家族の生活は守られるからな」

「なるほど!じゃあジアも?」


君も、奥さん(私)いますからね。


「俺は、傭兵でいい」

「あぁ…そうですか」


なんとなく、ジアがつまんでいるナッツを二つ、三つ拝借した。粉っぽい食感を、水で流し込む。

ジアは、奪われたナッツを目で追っていた。


「じゃあ、もうそれぞれでいいじゃないですか。続けたい人は続ける、やめたい人はやめる」

「そんなんじゃ、あいつらは兵士を続けられない」


ジアが、酒に口をつける。


「どうして?」

「戦争前には第三兵団なんか無かったんだから、戦争が終わって、メンバーも減るなら当然、解散だ。その後、血統もなければ学もないような奴らは、第一、第二兵団に入れない」


それは、どこか腹落ちのしない話だった。

そもそもなぜ彼が、他の傭兵たちのことを考えてやる必要があるのか。自分のことだけを考えていればいいというのは、その血統も学も無い者たちの特権である。ジアも、自分のことだけを考えて、傭兵に戻ってしまえば良いのではないか。

しかしまぁ、私とジアはまだ、腹を割って話すような仲ではないだろう。


「もう少し、お酒飲みます?」


ジアの「あぁ」という返事を待たずして、私はお酒の瓶に手を伸ばした。

氷を入れたグラスに、リキュールとソーダを注ぐ。

私の差し出したお酒を飲んで、ジアは苦々しい顔を見せた。

甘いお酒が口に合わなかったのか、あるいは「優しいお考えで」という私の気持ちが透けたのだろう。







二エルさんの店に閉店時刻は無い。それでも、長居をする者はいない。

今晩も、ジアが帰ったあたりで、他の客はさっと出ていった。

頃合いを見て、二エルさんが入口のライトを落とす。これで店じまいである。


店が閉まったら、カウンターの内側と厨房の掃除をする。

自分の中で決まっている掃除の手順をこなした後、オーブンの上の埃も拭き取った。

最後に、タオル類を洗って、椅子の背などに干せば、今日の仕事は終わりだ。

好きに持って帰れと言われている、残りもののパンを二つ、自分のカバン中に収める。

そして


「お疲れ様でしたー」


と、お金を数える二エルさんの背中に向かって声をかけた。

二エルさんはこちらを振り返ること無く、「おう」と言った。


店を出て、暗い夜道を歩く。

周囲の家はすっかり明かりを落とし、道を照らすのは点在する街頭だけ。それでも、危険な目に合ったことは無い。

アパートまで、急ではないものの、ずっと坂道だ。

疲れた体で、凉しい夜の風を浴びた。

なんの生産性も無いが、私はこの生活を気に入っているのだと思う。

お客さんの話に、お腹を抱えて笑うこともあるし、お金だって少しずつ貯まってきた。店の外に知り合いも出来たし、お気に入りのカフェも見つけた。

思い出は、十分な気もするし、全然足りない気もする。

そんなことを考えながら、アパートまで続く、いつもの道を歩いた。







その翌日。

アルバイトを終えて、家についてすぐのタイミングで、アパートの呼び鈴が鳴った。

ジアが突然帰ってきたときには驚いたものであったが、今回、アパートの扉の前に五人ほどの兵士が並んでいるのを見ても、驚きはしなかった。


「お前がエリチェラーダか?」


血統も学もありそうな兵士から、じっと目を向けられる。

この国でエリチェラーダと呼ばれたのは、これが初めてだ。


「そうですけど」


「なにか?」と続ける間も無く、兵士が私の腕を掴む。

そして


「ついてこい」


と乱暴に言った。

なされるがままに家から引っ張り出されると、私の周囲を兵士が囲んだ。

その物々しい状態のまま、アパートの前に用意された簡素な馬車に乗せられたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ