表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/22

続 勝負

「きーめた」


イーリヤが明るい声をあげた。

この決闘の『良い』終わらせ方を思いついたのであろう彼女に、慌てて声をかける。


「あの!あのっ、すみません」


少しの間を置いて


「…何かしら」


イーリヤからぽつりと返事があった。

無視されなかったことにまずは安堵しつつ、ポケットから赤い塊を取り出して


「これ、なにか知ってます?」


イーリヤに見せる。

彼女は、壁から少しだけ顔を覗かせ、そして小さく「え」と言った。


「それ…アキガルタケでしょ。食べると美味しい、キノコ」


そう、これはアキガルタケだ。私が、ダンジョンのU2で拾ったものである。

油で煮込むととても美味しい、ちょっとだけ珍しいキノコなのだと、クエストカウンターのお姉さんから教わった。

このキノコがわかるなら、


「じゃあ、これもわかります?」


これだってわかるはずだ。

ポケットから今度は、カガヤクイシを取り出した。

そして、イーリヤの顔色が変わったのをしっかりと確認してから、私はそれを地面に投げつけた。


「ファイアウォールッ!」


カガヤクイシの砕けた音から、ほぼ遅れを取ることなく、イーリヤの声が響いた。

カガヤクイシの魔法効果の発動により、イーリヤの頭上に、金剛石が降り注ぐ。

しかし、イーリヤが自らの上に発現させた炎の層によって間一髪、それらの多くは炭と化す。


イーリヤは、地面にボタボタと落ちてきた焼け残りを一瞥してから


「残念だったわね。氷なら上に出せないと思った?」


と目を細めた。


そう、氷は上に出さないだろうと思った。

質量のある魔術を、空中に浮かべることは難しい。

さてイーリヤは、周囲の焼け残りを見て、どう思っただろうか。


私は再び、ポケットからカガヤクイシを取り出した。

そして、それを一旦高く持ち上げてから


「せーのっ」


また地面に叩きつけた。


「無駄よ!」


そうイーリヤが叫び、その発声によって、彼女の上に再び炎が発現する。

しかし


「え?」


彼女の呟きを他所に、彼女の頭上の炎は、先ほどとは比べ物にならない大きさまで、瞬く間に膨れ上がった。

その分厚い炎は、降り注いだ金剛石を、跡形もなく飲み込む。

そして、私の発現させた軽風に引っ張られ、氷の壁までなだれ込むと、シュワッと音を立てて消失した。

氷の壁を、半ば溶かして。


半解した壁の向こうに、イーリヤの腕に巻かれたリボンが見えた。


「放て!」


事態を飲み込めないままのイーリヤの腕に、風の矢を放った。

私の声を聞いてか、イーリヤは我に返って、咄嗟に自らの腕を庇う。


「きゃっ」


しかし、そのすんでのところで、イーリヤのリボンがスパリと切れた。

リボンを押さえようとした彼女の手も掠めたようで、イーリヤは小さな悲鳴を上げ、慌てて手を弾く。


切れたリボンが地面に落ち、それをその場にいる誰もが見たであろう程度の間を置いて、


「そこまで!王国法に基づき、王の代理として必定宣言を行う!勝者、承諾人、リーシェ・ナイフ!」


立会人が、私の勝利を宣言した。


手足、特に足の傷がひどく痛むが、それでもこれで済んだのならば良い方だろう。

一先ず安堵する。


立会人の言葉は特段続かないようで、それならば帰ってよいのかと確認しようとしたその時、俯くイーリヤから「なんで」と小さい声が聞こえた。


「私、あんなに大きい炎、出してないっ、何したのよ!」


打って変わって大きな声。

こちらを睨むイーリヤを、無表情に見つめ返した。


何をしたのと言われても、大したことはしていない。

上から降ってくるものに対して、氷で防ぐというのはやりにくく、使えるのであれば火を使うだろうと思った。

案の定、イーリヤは火を使ったわけだが、竜巻の中で火を使うと、火の勢いが弱まることは必然である。

火力が足りなかったと考えたイーリヤは、二回目、火力を少し上げるはずで、それに合わせて竜巻を止め、一気に空気を流し込んだだけのことである。

魔術の火は、普通の火よりも魔術の風と相性が良く、魔術の氷は、普通の氷よりも魔術の火と相性が悪い。


しかしいずれにせよ、全ては後出しの理由である。

たまたま上手くいった以上の話ではない。


「さぁ。張り切りすぎちゃったんじゃないですか?」


そういって私は笑顔を作った。

嫌味なのは怪我のお返しである。


イーリヤの顔に、より一層の悔しさが滲んだ。

そんな彼女の顔を見たところで、別にスッキリする訳でも、傷が治る訳でもない。

私はイーリヤからさっさと視線を外し、退場してもよいかと立会人に尋ねた。


退場はしてもいいが今日中に取り交わす書面があって通常この場でサインするだのなんだのを聞きながら、「この人、私の足の血が止まってないの見えてないのかな?」と疑問に思っていると、ふと、周囲の空気に違和感を感じた。

いや、違和感なんてものではない。急に気温が下がったのだ。

気付けば、地面のあちこちに氷が張られ、決闘場を囲む柱や壁には氷の塊がへばり付いている。

俯くイーリヤ本人は気付いていないようだが、これは明らかに彼女の魔力暴走だ。


「あの、ちょっと、イーリヤさん?」


手も足も痛いのだが、仕方なく、彼女の元へフラフラと近づく。

私の声かけが無視されている間にも、気温は下がり、周囲の凍結が目立ってきた。

早くなんとかした方がいいのはわかるものの、なんとかするのは私なのか。

イーリヤの感情の逆撫でになったりしないのか。

彼女から少し距離を取ったところで、あーだこーだと悩んでいると、


バキッ


背後から何かの折れたような音がした。

振り向くと、なんの音かはすぐにわかった。

国旗に氷の塊がへばりつき、その重みで、旗の柄が折れたのだ。

皮一枚で残った繋がりも、見る見る内にしなって、そして


「危ない!」


国旗は大きな氷の塊ごと、立会人の頭上に落下した。

私は咄嗟に、それを『魔法で』突き飛ばす。

氷の塊は、後ろに大きく弾かれ、地面で砕けた。


魔法?魔法だ、今、私ここで、魔法を


自らの行動を、客観的に考えることが出来ないまま、周りの様子が更新されてゆく。

立会人は、その場にへたり込んだものの、無傷であるようだ。

イーリヤは、氷が砕けた音と衝撃で、意識を取り戻したのだろう。後ろから、彼女の動揺した声が聞こえた。

イーリヤの従者か、はたまた役人かといった人物も、決闘場の中に入ってきたのが見える。


周りが徐々に落ち着きを取り戻す中、私だけが速る心臓を抑えることが出来ずにいた。

しかし、魔法を使ったとバレる訳がないのである。

発語もあったし、やっていることは風の魔術と変わらない。

直線の構成なら、少し出来る魔術師であれば、一瞬で組めてもおかしくはない。

そもそも、魔法を使ったなんていう発想は出てこないはずだ。

そうやって自らを必死になだめる。


冷や汗も引いて、徐々に手足の痛みも思い出し、あぁもう早く帰ろうと動いたときにふと、観戦席のジアと目が合った。

観にきていたのかと驚きつつ、このタイミングと、ジアの妙に真面目な表情に、嫌な予感としか言いようのないものを感じたのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ