勝負
決闘当日。
スカートを巻上げられる程度の竜巻を作れるようになった状態で、私はこの日を迎えた。
決闘は、公式な決闘場で、審判を設けて行われるものらしい。
決闘場とはいかにと身構えていたものの、ついたところはただの運動場のような場所であった。広めのスペースが、鉄の扉で二つに区切られており、今回はその半分を使うようだ。
そして決闘場を取り囲むように観戦席が設けられており、知り合いなのか野次馬なのかわからない人がポツポツと座っている。
気まずくなって観客から目をそらすも、目の前にはこちらを睨むイーリヤがおり、視線の逃げ場がない。
なんでもいいから早く終わってくれと願う中、ついに審判らしき人物が現れた。
決闘場として区切られたエリアの丁度真ん中、大きな国旗のなびく前までやって来ると
「私は立会人のノヴァ・サンケンです。あなたがユーゼンガーデ公爵令嬢ですね。そしてあなたがリーシェ?」
と言って、私たちの顔を交互に確認した。
私は特段頷いていないのだが、イーリヤが「二人分かな?」と思えるほど大きく頷いたので、それで良かったのだろう。
立会人は、「よろしい」と言って、すっと右手を挙げた。
「この決闘はバルマ王国法第34条に基づくものである!勝敗及び決着後の取り扱いはバルマ王国法第37条及びバルマ王国法附則148,149,157に従うものとする!申込人イーリヤクーペ・ユーゼンガーデ、前へ!」
イーリヤが一歩、大きく前に出る。
「承諾人リーシェ・ナイフ、前へ!」
足が動かない。
二つ言いたいことがある。
拒否権が無かっただけの私を承諾人と呼ばないでほしい。
あとそもそも私はエリチェラーダであり、リーシェというのはジアが
「承諾人、ま・え・へ」
立会人に小声で急かされ、私はしぶしぶ、小さく一歩前に出た。
「決闘始め!」
「えっ、あ、もう始まるんですか?!」
立会人の右手が勢いよく降ろされ、私が唐突な始まりに動揺する中、イーリヤは素早く後退し、私と距離を取る。
私も慌てて、二、三歩、後ろに下がった。
魔術の構成をしているであろうイーリヤに注意を向けつつ、こちらも負けじと魔術を組み始める。
「アイスウォールッ」
先んじて、イーリヤの魔術が場に放たれた。
イーリヤの手前に二メートル程の分厚い氷の壁が立ち上がる。
こちらに迫ってくるということも無さそうで、どうやら防御壁のようだ。彼女の見た目に反し、なかなか堅実な手口である。
そうこうしている内に、こちらの構成が完成し、
「いってらっしゃい!」
と言って私は、手から回転性の気流を送り出した。
私の生み出した緩い竜巻は、ぐらぐらと前進して、氷の壁とイーリヤをまとめて囲んだ。
そして、その壁に引っかかったかのごとく留まり、自転を続ける。
風魔術が見えないというのは便利なもので、イーリヤが「ちょっと!何したのよ!間抜けな発声で魔術出すんじゃないわよ!」と喚くのが聞こえた。
イーリヤの初動次第ではあったが、彼女の周囲に竜巻というのは、私の計画通りである。
イーリヤに物理的なダメージを与えるつもりは無い(そもそもそれほどの威力は無い)。
狙いは彼女の酸欠だ。
というのもこの練習中、自分の周りに竜巻を作ると気分が悪くなる、ということに気が付いた。私の目が回っただけの可能性もあるが、自然現象を増長させるという魔術の特性から考えて、竜巻の中心部は酸素が薄くなるのだと思う!
そこで、『イーリヤの周りに竜巻を出し、彼女の気分が悪くなるまで粘る』というのが、今回の私の作戦であった。
イーリヤは、ふんと鼻を鳴らすと、
「いいわ、どうせハッタリでしょ」
と言って、おそらくこの言葉がトリガーだったのだろう。
私の足元に、夥しい量の氷の棘が立ち上がり、
「っ?!」
私はそれを尻餅で、辛うじて避けた。
その鋭い先端にぞっとする。
あの場所に立ったままなら、今ごろ私の足は血まみれだ。
「これ、腕のリボンを落とすだけでいいんですけど…ご存知です?」
遠回しに「正気かよ」と言いつつ、イーリヤの顔を伺う。
分厚い氷の壁から、その美しい顔を覗かせたイーリヤは、地面にへたり込む私の無様な姿を見て、満足気に微笑んだ。
そして
「ちょっ」
彼女の口がふんわり開いたその瞬間、私は、舌を噛みながらやにわに立ち上がり、無心で地面を蹴った。
「よん」
鈴の音のようなイーリヤの声で、地面に再び棘の塊が現出する。
あれに足を取られるなんて冗談ではない。
イーリヤの狙いが定まらないよう、そこまで広くない決闘場の中を走る。
「さん」
次は、私の進行方向、すぐ目の前で棘が立ち上がる。その手前で辛うじて向きを変えた。
よん、さんって何?数字?
「2」
再び進行方向。
また向きを変えて、走る。
やはり、イーリヤの発声は、数字だ。
魔術の構成の切離し、すなわち魔術の発動には通常、声を出す必要がある。
下手な魔術師は、それっぽい発声でないと、魔術が発動しない。
しかし、それなりの能力があれば、関係のない言葉あるいは発声無しでも発動が出来る。
「1」
また進行方向に氷の棘。
再び、走る向きを変える。
まず何を考えるべきなのか。
このままではいずれ体力が尽きてしまうという焦りが、走りながらで纏まらない頭の回転を、更に鈍らせた。
とりあえず気になるのはイーリヤの発声だ。
大した意味など無いのかもしれないが、でも次の数字はきっと
「0」
そう、ゼロだ。
彼女の声が聞こえたにも関わらず、地面に魔術が発現しない。嫌な予感が一気に背筋を這い上がり、
「放てッ!」
とりあえず無茶苦茶な構成のまま、自分の周囲に外側の突風を放つ。
それとほぼ時差無く、私に、大量の氷の鏃が降り注いだ。
私の撒き散らした風によって、幾ばくか軌道が反れたであろう氷塊は、ガラガラと私の周囲に落下し、
「いっ」
そしてその内の一つが私の腕を、もう一つが私の脹脛を掠った。
熱いような痛みに、思わず声が漏れた。
腕から、おそらく足からも、血が溢れる。
「リボンは切れなかったのね。残念だわ。ちょっとヒントをあげすぎちゃったかしらね」
イーリヤの嬉々とした声が聞こえた。
「これで終わりじゃなくて残念なのは、絶対、私の方ですけどね…」
彼女のヒント、つまり発声のカウントダウンが無ければ今頃、私はリボン諸共ズタズタであっただろう。
下からの攻撃に注意を引きつけ、こちらの動きを制御し、そこを上から叩くというのは、なるほどなかなか考えられている。
「にしても、張り合いがないわ。あまり長引かせても、いじめてるみたいになるものね。私、まだまだ見せたい魔術があるのだけど」
イーリヤは、頬に手を添えながら「んー、もう次で終わらせないとね」と付け足した。
どうやって終わらせようかと、思案しているようだ。
足を負傷した以上、彼女の魔術を走って避けるということは難しい。
かといって、イーリヤの前の壁をなんとかしないことには、攻撃することも出来ない。
二次元構成における風魔術の基本は、魔術師からの直線である。
氷魔術のように、任意地点からの垂直方向といった構成は組むことが出来ず、壁の向こうに風魔術を発現させるということは不可能だ。
ちなみに、イーリヤに酸欠らしい様子は一切ない。
どうしたものかと考える中、私の手が無意識に、腕の傷口へと伸びる。
そのとき私の腕に、何かが当たった。
そのポケットの中の何かを思い出すと同時に、私の頭に一つの奇策が浮かんだのであった。




