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脱出

完結まで毎日更新(の予定)です。

「身の回りの世話をする女が一人ほしいんだが、いい奴はいるか」


隣国との戦争に破れたザルツァ王国。

その北の辺境に、私の暮らす第二エメラルダ修道院がある。

エメラルダと名のつく修道院は、ザルツァの国宝を祀る修道院であり、ここ第二修道院にも「座標の祭布」と呼ばれる宝があった。


隣国バルマの兵士がその宝を奪いに来たのは、つい先程のことである。

バルマが宝を回収しているという話はすでに聞こえてきており、素直に引き渡せば特に危害を加えられることもないとのこと。

「それならば私が対応しますから、皆は奥に下がっていなさい」という院長の事前の指示通り、私たちは兵士が入ってくるよりも前にホールから出て、扉越しに中の様子を伺っているところであった。


「ここにいる者たちは皆、エメラルダの教えを学び、守り、伝えることにその身を捧げております。どうぞご理解ください」


こんな状況でも、院長の声は柔らかい。

身の回りの世話をする女など、バルマに掃いて捨てるほどいるだろう。敗戦国の女をわざわざ連れていくということは「そういうこと」だ。


「どこでだって祈りゃいいだろ。酒場で神の教えを守る方が、修道院に閉じこもるよりよっぽど修行になる」


若い男の乱暴な声に、私たちは身を固くする。


院長と兵士のやり取りに聞き耳を立てる中、私は思わず「あっ」と声を漏らした。

そのすぐあと、私たちのいる廊下にカランと乾いた音が響く。壁に立て掛けてあったホウキが倒れたのだ。


変に目をつけられないよう「念のために」隠れていた私たちであったが、一度隠れたのならば見つかってはいけない。隠れるということは自分の価値を高めるということなのだと私たちは直感的に理解し、青ざめた。


兵士がこちらに近付いてくる足音と、それを静止する院長の声が重なる。

彼らがこの扉を開けるまで、そう時間はかからないだろう。

修道女たちが一様に下を向き、自らの手を握ったそのとき、


「私でいかがですか?」


私は、人一人が入れるだけの扉を開けて、中へ身を滑らせた。

思っていたよりも近く、ほぼ目の前にいた兵士に内心驚きながらも、愛想のいい笑顔を見せる。


「エリチェラーダ!」


向かい合う兵士の向こうから、私の名前を叫ぶ院長の声が聞こえた。

それを聞いた兵士から、


「エリチェラーダ?」


と尋ねられる。


「はい、リーチェとお呼びください」


兵士は「ふぅん」と言いながら、私を無遠慮に見つめた。

その兵士、女に困っているようには到底見えない顔立ちをした、黒髪の男であった。

がっしりとした長身から、金色の瞳で見下され、色んな意味で鼓動が速る。


そろそろ目を逸らそうかしらというタイミングで、男は暗く笑った。

そして私の手を乱暴に引っ張る。


「欲しいもんは手に入った。帰るぞ」


どうやら私でご満足いただけたらしい。

雰囲気からして、彼がリーダーなのだろう。男が他の兵士に声をかけ、引き上げを促した。


手首を取られた私のことなど一切構わず歩く男に、躓きながらも付いていく。

後ろの方から「リーチェ!」と聞こえ、振り向くと、修道女たちが扉から悲壮な顔を覗かせていた。私と同い年のミアンナに至っては、今にも泣き出しそうだ。立っていた位置から考えて、自分がホウキを倒したと思っているのだろう。

私があの場に出たのは果たして、自己犠牲の精神からだったのだろうか。

そんな自分の気持ちを整理することが出来ず、私は皆に、曖昧な笑顔を返した。

そして私を掴む男は幸いにも、別れの言葉を交わす時間など与える気は無いようだ。そのまま引っ張られるようにして、私は前へ向き直った。


視界の端に映る院長と目が合うことのないまま、ホールの外へと連れ出される。

門のそばには、兵士たちの馬が繋がれていた。


男と同じ馬に乗せられて早々に、私を含めた一団は、修道院を後にした。

最後に一目と振り返るが、男の体に阻まれる。

情緒的な気持ちにならずに済んだので、良かったのかもしれない。


なにはともあれ、六年ぶりの外の世界である。

私は、銀の首飾りを外し、大きく息を吸い込んだ。すぐ後ろの兵士の匂いに、雨上がりの草の香りが混じる。

とりあえず、私の中で小さく燻る後ろめたさが落ち着くまで、彼らの言いなりになっていればいいだろう。

私は、馬の速足に、大人しく身を委ねることにした。

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