4.セン
焚火の音で、目が覚める。周囲の明るさからすると、既に夜を明かしたらしい。編み草の掛け布団をめくり、卿太朗は痛む身体を起き上がらせた。少し重い右腕の籠手も、装着されたままになっていた。
「起きたか」
焚火の隣で、男は言う。
「ダイラン……」
「すまない」
上着を脱いだ彼の上半身には、いくつもの傷が見える。処置はされているようだが、どう見ても重傷だ。その視線を察してか、彼は横に置いていた上着を羽織った。
「村は完全に凍結。生き残りはお前と、俺と、グウィディオンだけだ」
きっぱりと述べる彼の言葉に、最後の光景がフラッシュバックする。戦いを挑み、吹き飛ばされ、氷像と化した住民たち。最後にこちらへ手を伸ばした、あの双子の姿。真っ白に凍り付いた木々。誰の声も聞こえないほどの轟音と共に迫る、“雪崩”。
怒号を上げるほどの元気もない、本当に情けない自分の姿に意気消沈して、彼は項垂れることしかできなかった。
「長老さんは、どこに」
「別行動だ。この先しばらくはそうなる」
鳥が鳴いている。
「……長老さん、怪我とか、ありませんでしたか」
「あぁ。無事だ」
焚べた枝が音を立てる。
「すぐ、移動しないとダメですか」
森の朝、冷えた空気を、震えた声が透いた。
「……まだいい」
彼は目を合わせずに、溜息のような返事をした。
「あいつは何なんですか」
しばらく沈黙したあとで、卿太朗が疑問を切り出した。ダイランは少し目を伏せてから、粛々と語りだした。
「俺の古巣の、後輩だそうだ。俺とお前、そしてグウィディオンの敵だ」
「あなたは、どこから来たんですか」
「簡潔に話そう」
ダイランはもともと、『世界樹』の麓に存在する組織のメンバーだった。転生者たちによって形成されたコミュニティで、それがいつ、誰によって創設されたのかはわからない。彼らの目的はひとつ。「この地」のどこかに潜んでいる重要人物、グウィディオンを抹殺することだった。
「俺は最初に目標を見つけたが、迷いを捨てられなかった。それが敗因だ」
「……」
「俺は十三番目の転生者。そしてあの組織は名を、“オプション”という。だから、奴らは俺のことを13号とか、OPT-ION_013と呼ぶ」
裏切者の13号。敵はダイランのことをそう呼んでいたことを思い出す。
「奴は俺より後に転生してきた人間だ。21号。あるいはOPT-ION_021」
「なぜ、名前ではなく番号を?」
「さぁな。俺がいた時点で、皆名前なんか持っていなかった」
「……“ダイラン”が、元の名前?」
唐突に、少しだけ目が泳ぐのを感じた。数秒置いて、彼は肩をすくめて言った。
「ノーコメントだ」
焚火を消し、少ない荷物をまとめてから、ダイランは卿太朗の右腕を指した。
「そいつは重いか」
「え、あぁ……少し違和感がありますけど、ちゃんと動くので大丈夫です」
「それなら問題ない。それがお前の武器であり、戦うための大前提だ」
荷物を持ち上げ、手招きする。二人は森の中を進み始めた。
「そいつは、『エコー・ガントレット』という。お前のようにマナ回路の耐久性が、能力の強さに見合ってない奴を想定した装置だ」
「エコー・ガントレット」
「前腕の箱がわかるか。その中には特殊な石が入ってる。三つまで装填可能だ」
彼がガントレットに手を伸べ、箱状部品の側面についたスイッチを押し込むと、かちゃり、と箱が開いた。概ね直方体の、少し表面が溶けたような石が収められている。
「石は、お前のマナ回路にかかる負担を肩代わりする。いま少し溶けてるのは、ここまでお前の身体にかかっていた負荷をこちらに少しずつ流していたからだ。炎症を抑えたと理解すればいい」
「……つまり、これがあれば」
「そうだ。お前はもうステータスを解放することも、スキルを使うこともできるはずだ」
蓋を元通りに押し込んで、先へ進む。
行く手に倒木が現れた。ダイランは周囲を確認し、倒木に腰かける。
「一度実践した方がいい。動作確認も込みだ」
「え、ここでですか」
「奴に気づかれるようなスキルなら、すぐにお前の首根っこ掴んで走るだけだ」
多少戸惑いつつ、思いつきの構えをして見せる。脚を肩幅に開き、ガントレットに左手を添えて、目線を下げる。全くセンスがないことは承知のうえ、それらしいポーズをとっているつもりだった。ダイランは何かを言いかけたが、首を横に振って黙った。
「性能、開示!」
想像の半分以下の声量にへこたれた戦闘態勢が、彼の羞恥を加速させる。それでも、あの道で失敗したときとは見違えるほどに状態は安定していた。少し胸の奥がチリチリと痛むが、ほとんど無視できる程度になっている。
箱型部品、つまり“石”の格納部品についた小さな窓から青い光が漏れると同時に、ガントレットの中から駆動音が聞こえ始めた。歯医者で使われるドリルのような、それをもっと野太くしたような、なんとも説明し難い音が聞こえている。
卿太朗の視界内に、あのウィンドウが現れた。事前に与えられた紙の通りだ。
NAME:Sasu Kyotaroh
・L: 400
・T:880
・CC:200
・FS:550
・D:90
・FE:100
・SKILL_1:[!]NAME_UNDEFINED
「スキルを使うときは、そいつの身代わりを最大限に利用する」
ダイランが倒木から立ち上がり、卿太朗に並び立って構えを取る。
「脚はどうでもいいが、右手を握りしめろ。そのまま九十度、手首を捻る。多少重いが、これでロックされる」
彼に言われた通り、手の甲が上を向くように手首を捻ると、駆動音と青い光がより一層強まった。身体も少し軽くなったような気がする。
「この状態ならスキルを使っても問題はない。行使にあたり重要なのは、それを使おうとする意思だ。この場で目的を見つけるのは難しいだろうが、そうだな、21号のことでも考えてみろ。あいつをどうしてやりたいか、考えるんだ」
すたすたとその場を離れながらアドバイスするダイランに、頷く卿太朗。力を使う、あの敵、21号から仲間を守る、まだ曖昧で、少しブレのある意思のままだ。
スキルを使う、スキルを使う、力を使う、力を使う。
言い聞かせてもどうにもなっていない。ただ青い閃光が揺らぎ、数秒の間が空いた。様子を見守っていた教官が息をついて立ち上がろうとしたとき、異変が起きた。
何かが頭の中に出現し、意思がそこに集中した。何かが腑に落ちたのだ。
その次に並んだ言葉、「スキルを使う」という意思を急激に呼応させて、
彼の右腕が熱を発した。
ジュッ、という大きな焼却音と共に、格納部の窓から漏れる光が赤く強まった。まるで太陽を直視したかのような激しい光が溢れ出て、卿太朗の身体が大きく吹き飛んだ。煙に巻かれ、雷に打たれたような痛みを感じながら、なんとか起き上がる。
「大丈夫か!?」
「な、なんとか……」
地面に打った左半身をさすりながら立ち上がると、ガントレットの格納部が開いていることに気づく。ひったくるようにその中身を凝視するダイラン。同じように中を覗き込むと、中には何も入っていなかった。ただ、そこから立ち上る煙だけが残されていた。
「――これは」
「ど、これ、え、どういう」
数秒置いて息を整えた卿太朗は、つい先ほどの一瞬を思い返す。赤熱する石、エネルギーの暴発、吹き飛ばされる自分。見れば、ガントレットの一部が焼けたように焦げ付いている。その時に何か、視界の一部でせわしなく動いていたものがあったはずだ。
「おそらく爆発はスキルの本体じゃない。扱いきれなかったエネルギーが外部に放散しただけだ。そして――」
ダイランは語る。
ステータスを解放している間、人間の視界にはウィンドウが映り続ける。石の激しい赤熱が発生したとき、おそらく彼のスキルが発動した瞬間に、異変は起こった。ごく短時間だったために確証は取れないが、卿太朗が持つマナの連動能力はあの瞬間、急激に変動していた。
「お前の連動能力はあの一秒間だけ、一千倍に増幅していた」
「一千……!?」
「考えられない数値だ。どんなに高い耐久性を持っていたとしても、こんな力に耐えられるマナ回路は、通常の生物では発現しえない」
再び、ガントレットに目をやる。この場所に収まっていた石が、一瞬で消費されるほどのエネルギーだ。行使できたのもほんの1秒程度。もしもこれを攻撃に転用したなら、どれほどの一撃となってしまうのだろうか。想像すると身震いがしてきた。
「OPT-IONの現構成員は、共有している特殊スキルによって相手のマナを解析できる。断定まではできなくとも、奴にはこの規模の力が理解できていたはずだ」
右手が少しだけ熱い。卿太朗は震える手のひらにこびりついた焦げ跡を見つめた。
ダイランの言葉によれば、これから東へ向かうのが最適解だ。グウィディオンにもそのルートは共有されており、彼はより安全な方法で先行しているらしい。
この広大な森、「獣の民」の暮らす地域を抜けて、平原の広がる「街の民」の土地へ向かう。彼らは「獣の民」とは異なり、連邦に属するいくつかの国家に分かれて社会を形成しているのだという。
「奴らの国まで行けば、まともな常備軍も、警察組織もある。敵も多少は動きにくくなる」
「……そっちで、また村を作るんですか」
「そこから先は追って説明する。いずれにせよ、放浪は悪手だ」
淡々と伝達しながら、ためらうことなく歩き続ける彼の背を追う。どうしても胸に痞えた心残りを、卿太朗は吐露せずにはいられなかった。
「21号は、どうするんですか」
先導していたダイランが足を止める。振り返ることもなく、少しの間を置いて、答えを残さずに歩き始めた。それきり、卿太朗も彼に何も聞かなかった。
崖に差し掛かり、二人は歩みを止めた。
広く向こうを見渡せる場所でしゃがみ、崖を下ることのできそうな迂回路を探す。少し道をそれるが、一応傾斜がゆるい場所がありそうだ。ダイランはそれを確認したあとも、注意深く周囲を見渡している。目線を落とせば、彼が手元で銃の残弾を気にしているのがわかる。
荷物を持ち上げたダイランは、再度広がる景色を眺める。少し遠くの方を見ているようだった。卿太朗も並んで遠くを見ると、やけに輝いて見える場所がある。距離があるために詳細を得ることはできなかったが、それが街の光や大きな焚火といったものではないように思われた。
「何でしょう、あれ」
「……ルートを変える」
聞き返す間もなく、彼は崖に背を向けた。
卿太朗が少し目を凝らすと、そこからは黒い煙か、霧か、そういった何かが薄く立ち上っているように見えた。
「あれ、何か燃えて――」
背後から足音がしない。代わりに、彼の体表面に冷えた風がすり抜けていく。危機を察知して振り返ると、ダイランは既に、銃を構えていた。
「失敗した。もう少し近づくべきだったか?」
銃火。それを一瞬先に見切った21号は身を翻し、弧を描くように距離を詰めてきた。
一対の剣と、その軌跡に氷結する白い大気。振り上げた剣先を宙返りで避けたダイランは、そのまま発砲し続ける。分厚い氷が銃弾を防ぎ、潰し、その悉くを無力化してしまう。まだ煙を吐いている銃口を向けたまま、彼は一歩一歩、卿太朗の方へ近づく。21号は氷に走るわずかな亀裂の向こうでにやりと笑い、片方の剣先を卿太朗に向けて牽制した。
「ちょーっとだけ冷や冷やしたぜ、センパイ。見立て通り、いまのアンタには氷を貫く術がない」
「あぁ。残念なことにな」
ダイランの返答を聞き、一瞬にして21号の笑みが消える。
「……劣化。劣化は世の常だが、敢えて選ぶのは愚の骨頂。あぁ嫌いだ、本当に嫌いだ」
敵は興奮している。目を見開き、少しずつ語気を強めている。自らに巻き付いた樹皮のような鎧を掴み、わずかに震える手でダイランを指す。
「この鎧を捨てたアンタは、俺たちを捨てたお前は!」
剣が一瞬にして凍り付く。美しく繊細だった刃は氷に覆われて肥大化し、鋸に似た細かな棘を生成している。二振りの剣が、肉食動物の顎のように変容した。
「――死すべき裏切り者だ。転生の優位を捨てた愚か者だ!!」
氷が溶解し、成形し、巨大な茨を模して獲物を取り囲む。21号が戦闘態勢に入った瞬間、視界に映る彼のステータスが変化した。
NAME:OPT-ION_021
L:500 + 200
T:380 + 220
CC:690 + 110
FS:900
D:1000 - 400
FE:300
・SKILL_1:[A]Avalanche
・SKILL_2:[D]Pre-surmounting Murder
「変動値……!?」
ダイランの脚を、裾を、氷の牙が次々と捕らえ損ねて砕け散る。21号の目にあるのは裏切者の姿だけ。すぐそこで何もできずに傍観している、弱い転生者など気に掛ける必要がない。卿太朗がすぐに思いついたのは、その右腕で殴り掛かること。しかし、21号の素早い身のこなしの前に圧倒されてしまい、躊躇ばかりが重なっていく。
銃口が火を噴く。氷に亀裂が走る。新たな氷が現れて、その隙から刃が彼の肉を狙う。
獲物がついに転倒したさまを好機と見て、21号は氷壁を裂いて突入してきた。
剣を銃身で受け止め、腕を掴んで抑止する。あと少しでも押し込まれれば顔面を裂かれかねない。枝の鎧は血管のように浮き出て脈打ち、憎き裏切者の頭蓋を叩き割らんとする。
「最後に教えてくれよ、センパイ。どうして俺たちを裏切ったんだ」
「……ッ!」
「言え!何故裏切った!!」
「……俺は……っ」
周囲の空気が彼の怒りと殺意に呼応し、凍結して積み重なっていく。僅かに眼前に迫る刀身。氷が彼の衣服に絡みつく。
氷の壁が砕け散り、21号の身体が宙に放り出された。
剣の一本が跳ね飛ばされ、樹の表皮に突き刺さる。
上体を起こすダイランの前に、濛々と立ち込める煙。
片足をつき、苦しそうに息を整える卿太朗の姿が露になる。
「卿太朗……!」
「スキル……うまく使えません、何かが違う……これは……」
朦朧としたうわごとを溢す彼のガントレットには、石があと一つ残っているようだ。敵は数メートル先の地面に倒れこみ、激痛に呻き声を上げている。
「あと一発だ……正面から奴を破れるのはお前の力しかない。やれるか」
「――やってみます」
「援護する」
卿太朗はガントレットを再度ロックする。青く激しい光を発する最後の石を見つめながら、立ち上がろうと藻掻く敵に接近する。まだ僅かばかりの恐怖があるような遅さで、しかし必ず敵を仕留めようとする意思を秘めた踏み込みで、ゆっくりと距離を詰めてくる彼の姿に、血を吐き捨てた21号は再び不敵な笑みを浮かべた。
「想像以上だ、お前がこっちにいないことは痛恨だな」
先の攻撃が直撃した腕が、あらぬ方向へ曲がっているのが見て取れる。不発でもこの威力だ。次は外さない。絶対に躊躇わない。確実に倒す。自分に言い聞かせつつ、立ち上がる敵とは数歩の間合い。背後ではダイランが次弾を装填し、構えている。
闇雲と言えるような、力押しのパンチ。敵は横に身を投げて回避し、生きている腕で攻勢に出ようとすると、足元に銃弾が跳ねる。
同じフォームのパンチ。まだスキルは使わない。最大威力を引き出しうるトリガーを考えながら、とにかく無我夢中で敵を殴りつける。
力を使う。力を使う。スキルを使う。スキルを使う。
未だ名も定義されない千倍の力。これを使ってただ一度殴るだけで、おそらくどのような相手でも殺せる。それは恐ろしいことだが、いまは怖気づくだけの余裕すらない。卿太朗の幾度目かの殴打が敵の肩を弾き飛ばし、その身体を再び地面に転げさせた。
音が聞こえていないことに気づいたのはこの頃だ。自分の荒ぶる呼吸だけが、トンネルの中に響いている。21号の苦悶の表情が捻り出す叫びも、その襲撃を受け止めるガントレットの金属音も、ダイランの容赦ない銃撃も、何も聞こえていない。
ふらふらと立ち上がった21号は、目前に巨大な氷塊を生み出した。ついに彼との闘いから退く決定を下したのだ。卿太朗はただ、それを好機だと感じ取った。
力を使う。氷を砕く。スキルを使う。この転生者を殺す。
足りないものは何だったのか?
これを扱うに足る意思とは何だったのか?
初めてこの力が炸裂したあの瞬間、自分が一体何に納得していたのか?
「卿太朗!今だ!」
届いた。ダイランの絶叫だ。
一気に意識が現実に引き戻されたとき、既に彼の身体は動き出していた。足りないもの。意思の意味付け。その感情に、感情の発露たる意思に、意思の具現たるスキルに、形を与えることだ。
間合いは十分。脚を前後に開き、軽く握った左手で照準をつけている。
狙いは定めた。後方で握りしめた右手に、震えるほどの力が溢れる。
答えは出た。
「サウザンド――」
右腕に流れる莫大なマナの奔流。ステータスの一部が乱雑に組み替えられ、形を成すさまを横目に、彼は最高出力の拳を突き出した。
「――フォールド!!!」
NAME:Sasu Kyotaroh
・L: 400 × 1000
・T:880
・CC:200
・FS:550
・D:90
・FE:100
・SKILL_1:[S]Thousandfold
彼が選び取った名は、「一千倍」。
卿太朗は初めて、その現象が真に発現する様を目撃した。
一秒間の出来事だ。
亀裂すらなく、融けるように消える壁。僅かな抵抗もなく、拳はその奥に立つ敵に接近する。その鎧に接触した瞬間、枝は文字通り粉砕され、衣服を貫通して胸に到達し、そして肉体すべてを貫通する巨大な津波のように、彼の形が崩れ去る。
血や肉の一つすら残さず、瞬きのうちに21号は消滅した。
加熱すら巻き起こる空間に、轟轟たる残響だけが居残った。
地に刺さり、ひび割れた剣だけが残されていた。
ガントレットが煙る。
出力に足る反動はすべて石が引き受けたが、彼は放心したままその場にへたり込むしかなかった。これが、青年にとって初めての殺人であることは、ダイランにも容易に想像できた。
「……大丈夫か」
「……」
時間を置いて、呼吸は徐々に深くなってきた。水を啜る彼の右腕はすっかり熱を失い、元の物言わぬ装具に戻っている。遺体のない仇討ちを終えた彼は、結局、その場で夜を過ごすことに決めていた。
「なんの感触も、ありませんでした」
唐突に呟く。ダイランは黙って彼の言葉を聞き、頷いた。
「これからも、こんなことを何度も」
言葉が詰まっている。何かが喉を通るような感覚を押して、続く。
「……気持ちが、ついてきません」
「ひとまず、背後の敵は排除した。幾分か状況は好転している」
肩に手を置くと、彼は座ったままぐらりと揺れた。うつむいたまま、わずかに口元が震えているのがわかる。
「よくやった。今は休め」
昼下がりの森は、ただ静謐に満たされる。
●OPT-ION_021(”Twenty-one”)
連動:500 + 200
伝達:380 + 220
循環:690 + 110
固着:900
耐久:1000 - 400
濾過:300
◆スキル1:「アヴァランチ」(Avalanche)
・指し示す存在性質:「動きを奪い、命を奪い、自分のために他者を破壊する」
・Aランクスキル 範囲対象・意識発動型。
・氷雪を操る能力。狭い範囲ならば対象の凍結、広い範囲ならば環境の変化をも実現する。
氷雪を無限に生成でき、山の上で用いれば雪崩すら引き起こせる。
◆スキル2:「プリサーマウンティング・マーダー」(Pre-surmounting Murder)
・指し示す存在性質:「殺人を恐れ、手が震え、それでも奴らを見返したい」
・Dランクスキル 自己対象・反応発動型。
・戦闘に入ると急激に心筋の活動が活発化し、マナの性能が向上する。
窮地に陥るほど能力が強まる。
双刀で武装したOPT-IONの始末屋。元の世界ではアメリカ貧困層の青年。
年少期は退役軍人の父、少年期は近所の半グレやギャングの徒弟に厳しく教育され、13歳にしてマチェーテで殺人を経験。自らの行いにひどく狼狽し、そのことを仲間内で嘲笑されたことでトラウマを得る。それ以来病的に「殺人」に執心しており、人を殺める時に手が震える癖を克服しようとしていた。
ダウンタウンの商店で強盗を働き、逃亡中に転落死、転生させられた。それまでに59人の男、6人の女、17人の子供を殺害し、治安部隊とも戦闘したが、それでも手の震えは消えず、転生した現在もそれは治っていない。
これまで死なずに戦えたのは並外れた生存本能によるもので、身体能力は極めて高い。008は彼の残忍さを憂慮しているが、その裏にある恐れを理解して見守っている。
また、殺人においての強い興奮状態が心筋の活動を活発化させるため、戦闘に入った途端にマナ性能が向上する性質を持つ。ステータスのプラス値、マイナス値はそれを表している。
013よりも後に召喚されているため彼と面識はないが、仲間内で「裏切者」として名の知れた彼のことは認知している。その決断は愚かなものだと感じ、もしも出会うことができたら離反の理由を聞いたうえで始末したいと考えている。