表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

腹ペコ聖女と付与しかできない付与術師

作者: 広路なゆる

 働きたくない。


 とにかく働きたくなかった。


 無茶な仕事を受注した挙句、失敗は下に押し付け、成功は自分の手柄にする上司。


 できるのが当たり前、ミスした時は責め立てる顧客。


 瑕疵かしに責任があるのは分かっている。

 それでも時には……肯定して欲しい。認めて欲しかった。


 そして会社と自宅を行き来するだけの生活。


 こんな人生(モノ)に何の意味があるのか――


 会社に行きたくない。いや、行けない。


 西宮 葵(28)は、その日、初めて会社をサボった。


 ◇


 サボり一日目は眠り続けた。


 二日目は自分を責めた。


(なんだ、社会的責任も果たさずに……もう来世に賭けるしかないか)


 三日目、現実逃避するように、V空間にダイブする。


 V空間では、アバターになって仮想空間をうろうろできる。

 その中で買い物をしたり、ゲームをしたり、ライブに参加することもできる。


 空中に本日のおすすめコンテンツが表示されている。


(今は能動的にゲームをする気分にはなれない……)


 ……


 これといった理由があるわけではないが、一つのコンテンツが葵の目に留まり、導かれるように選択する。


 コンテンツを選択するとその会場にジャンプする。


 ◇


「救済の聖女、聖城ユリアです」


 それはVDiverと呼ばれるV空間におけるアイドル、タレントのような存在であった。


(ダイブライブ所属、毒舌系聖女……聖城ユリアか……)


 葵はAIチャットに訊いた聖城ユリアのプロフィールを確認する。


(やはりトップオブトップのイラストレーターがデザインしただけあって、吸い込まれるような美しさだ……)


 長く美しい神秘的な紫の髪、引き込まれるような瞳に、白いドレスのような衣装を着た二次元アバターが舞台の上にいた。


 葵は舞台から遠い位置から眺める。前方には聖城ユリアを観覧するためのたくさんのアバター達がいる。


 今日は質問コーナーのようなものをしているようであった。


「献金ありー! えーと……笑える子羊さんね……」


 どうやらハイパーチャットというものでお金を払ってチャットをすることで、質問を拾ってもらえるようであった。


(しかし結構な額……はは……なかなか世知辛いのね……)


 葵は苦笑いする。

 しかし、会社と自宅を行き来するだけの生活をしていた葵にとっては……


(……まぁ、どうせ使い道のないお金だ)


 魔が差したかのように、導かれたかのように、葵はいつの間にか課金していた。


『あおい:会社がきつすぎて、もう働きたくありません。どうすればいいでしょう』


「あ、あおいさん、献金ありー!」


(あっ……)


 ハイパチャをすると、舞台の近くの席に転送され、聖城ユリアをすぐ近くで見ることができた。


「えー、なになに? 働きたくないって……?」


「働け……!」


 めちゃくちゃニコニコしながら言う。


(ひ、ひどい……)


「ごめんごめん! でもきっと……あおいさんは、すごくすごく頑張ってるんだよね……」


 ……!


 その瞬間だけは、聖城ユリアは葵だけのことを見つめながら言ってくれた。


「だから……まー、今の環境からは逃げたっていいんじゃない?」


「実は私もそうやってこの業界に……って聖女が会社勤めなんてしてたわけないじゃん! やめれ!」


 鉄板のネタなのか、リスナーと盛り上がっていた。


 しかし、聖城ユリアは適当に答えてくれただけなのかもしれないが


 葵はなぜかその言葉に救われた。




 ◇



 一年後――




「もう呼吸してるだけで偉い偉いですよ~」




「わぁ、ハイパチャありがとうございますぅ!」


 肩くらいまでのふわっとした銀色の髪、落ち着いたダーク系の衣装に身を包み、シミ一つない美少女がとびっきりの営業スマイルで目を細める。


 芙蓉ふようミカリ。


 無所属にしてチャンネル登録数108万人を誇る全方位包容型付与術師(エンチャンター)として知られるVDiverである。


「じゃあ、今日の配信は終わりだよ。

 みんな、分かってると思うけど、皆が呼吸をして息を吐くときに排出されるシーオーツーは植物が光合成する際に欠かせない物質なんだよ? だから、みんな、次の配信まで呼吸をしてくれると嬉しいな。じゃあ、最後にとびっきりの元気が出るエンチャントを贈るよ」


「わわわ、もう終わりなんだから、そんなハイパチャしなくて大丈夫だってー」


 ミカリは眉を八の字にして焦ったように微笑む。


「あ、ちなみに次回は大型コラボ企画でクラフトサバイバルゲーム? に参加する予定です。あのユリアたんも参加するらしいから、めっちゃ楽しみぃー。それじゃあ、お楽しみにねー」



 ◇



 ……


「……どうしてこうなった」


 配信を終えた葵は頭を抱える。


(いや、確かにVDiverに憧れたけども……

 けども、こんなバズるなんて、思いもしなかったぁああ!

 なんでこんな殺伐としてるだけの自分が包容系キャラを!?)


 葵は根がまじめであり、非常に高いプロ意識を持っていた。だからこそ仕事に対して根詰め過ぎてしまったりしたのだろう。


(VDiverは夢を与える仕事……

 絶対に隠し通す。

 リスナーの皆に少しでも幸せになってもらうためにも全方位包容型付与術師を演じきる)


 葵はそんな風に決心しているのであった。


「あー、ちょっと休憩……お腹も減ったしコンビニでも行こう」


 ◇


「あ、ユリアたんの……」


 葵はコンビニにて、聖城ユリアのグッズを発見する。


 あの日、葵を救った毒舌系聖女"聖城ユリア"はチャンネル登録数300万人超えのトップVDiverの一人であった。


(ちょっと恥ずかしい……しかし、いつも売り切れで正規品を買うのは困難。もはや奇跡に近い)


 葵はそう思い、グッズに手を伸ばす。


「あ……」


 誰かと手が重なる。


(しかし手が下にあるのは自分……)


「えーと……」


「す、すみません、すみません、すみません」


 声質は女性であった。

 フードを深く被っており、顔はよく見えない。そして、すごく早口だ。


「せ、聖城ユリア、いいですよね」


 葵はそんなことを言う。


「そ、そうですよね! で、でも、ほ、本当は私、ミカリンが最推しなんですけど、ミカリンって、無所属だから公式グッズとか出さないじゃないですか」


「……!」


(なんと……)


「ど、どうぞ……」


「え、いいんですか!?」


「はい……」


 葵は断腸の思いで譲るのであった。ミカリならきっとそうする。


 その女性はぺこりとお辞儀をして去っていった。


「……ユリアたんグッズを逃したのは惜しいがファンのためなら致し方ない」


 それにしても、明日はあのユリアたんと一緒に企画に出るのか……と、なんだか緊張してくる葵であった。


 ◇


「みんな、今日も存在するだけで偉い偉いですよー。さぁー、今日は告知してた通り、コラボ企画に参加するよー。新作のクラフトサバイバルゲームなんだってー。えーと、Vルームコードはこれね。うん! それじゃあ、会場にダイブしていきまーす」


 (ミカリ)はV空間の待合ルームにダイブする。


「わぁー、すでにすごい方々が一杯いますー。緊張しちゃいますー」


 まず、No.2事務所"ひもりろん"所属の猫村長やジャンヌ・ダルくんが目に入る。


 さらにはNo.1事務所"ダイブライブ"の、柊こがれや宇利エル……

 そして、黄金の三期生……"勇佐カルネ"……そして"聖城ユリア"がいた。


 ================

 "ひもりろん"所属

 猫村長・・・もふもふ猫:登録者79万

 ジャンヌ・ダルくん・・・野球好き聖者:登録者51万


 "ダイブライブ"所属

 柊こがれ・・・焦らし系地雷少女:登録者154万

 宇利エル・・・天使:登録者180万

 勇佐カルネ・・・姉貴系勇者:登録者202万

 聖城ユリア・・・毒舌系聖女:登録者320万

 ================


「はわぁああ、ユリアたぁん……あ、いけない、ユリアさんがいる。なんという神々しさ……」


「え、ミカリンも負けてないって? みんな優し過ぎぃ」


「今日はぼっちなので、皆だけが味方だよぉ」


 その言葉の通り、無所属のミカリは少し浮いていた。


「よーし! それじゃ時間になったので、ゲーム空間の方にダイブしていきますね」


「みんな、応援よろしくー!」


 ◇


「……」


 草原に降り立つ。見渡す限り草原だ。

 天気もよく、美しい光景だ。


(わ……)


 しかし、ミカリはダイブした瞬間、少し違和感を覚える。


(なんだろう……妙にリアルというか……)


 元々、V空間はとてもリアリティが高い空間ではあるが、感覚的に現実とダイブの区別くらいはつく。


 このゲームは本当に現実と区別がつかないくらいの感度であった。


(どうなってるのこれ……?)


 気が付くと、同じようにダイブしてきたミカリ以外の24人もこの奇妙な状況にざわざわしている。


 と、当然、メニューがポップアップする。


 ================

 VDiverの皆さん

 魔物とかがいる世界で生き抜いてください。


【ルール】

 最後の一人になるか1年間経過で終了です。


 なんと生存者で25億円を山分けです。


(注意)ゲームオーバーになると中の人が世間に公表されます。

 ================


(え、え、え……)


(最後の条文は冗談だよね……?)


 ================

 それでは、ワープ後にゲームを開始します。


 ゲームスタート!!

 ================


(説明が雑すぎる……!)


 ◇


「はぁ~……労働ってなんて素晴らしいのだろう……」


 額の汗をぬぐいながら、ミカリは呟く。


 あの日から三日後の今、ミカリは野菜の苗を植えるために畑を耕していた。


 ミカリらVDiver達は元々、クラフトサバイバルゲームの新作をするためと集められていた。

 いくつか想定外のことが起きているが、それ自体は事実であったのだ。


 この世界では、素材の採集、狩り、調合、クラフト、農作、建築といった行動をとることができた。


 そして、ミカリはいくつかのスキルを持っていた。


 =スキル=====

 鋭利化

 高速化

 調理

 解毒

 栽培

 ========


 使えるスキルは全て付与(エンチャント)に関するものであり、キャラクターの設定に準拠するものであった。


 現在、ミカリは【栽培】を付与(エンチャント)した(くわ)を使用して、畑を耕している。これにより荒れた大地もあっという間に肥沃(ひよく)な大地にすることができる。


「よし、こんなものかな……」


 ================

 10分後に配信が始まります。

 ================


「あ、配信の時間だ……」


 ゲーム内で生活していると、不定期に配信が始まるのである。


「リスナーのみんなー、こんにちは! ミカリは今日もなんとか生きてるよー。さてさて……今日は料理をしていきたいと思いますよ」


『待ってましたー』

『食レポきたー』


 このようにリスナーはコメントを残してくれた。


 なおリスナーは一人の配信者しか視聴することができないらしく、他の参加者の情報が横流しされることはないようであった。つまるところ、今、いるリスナーは他の超人気参加者を差し置いて、ミカリの配信を見に来てくれている真の最推しリスナーということであった。


(頑張らなきゃ……!)


「ではでは、さっき、見つけたこの謎の生物を食べていきたいと思います」


 ミカリはどろどろとしたスライムのような生物を取り出す。


『スライムか』

『まずそう』

『うまそう』


「ちょっと……いや、かなり不安ではあるのですが、まぁ、何とかなると思います」


『謎の行動力(笑)』


「ではでは、この棒に【調理】を付与(エンチャント)していきます」


 すると棒が包丁に変化する。


「それと毒があるかもしれないので、【解毒】を重ね掛けしていきます」


「ではでは、捌いていきましょー」


「はい、できました! スライムの香草焼きです」


『パチパチパチ』

『グロ注意』


「見た目は微妙ですが、背に腹は代えられません。食べていきたいと思います」


『どうなの』


「んー……まぁ、なんでしょうね……食感はぶにゅぶにゅしてますね。少し淡泊な感じではあります。あえて言うならクラゲに近いのかなー。うん、すごく美味しいというわけではないですが、全然食べられますね。でもまぁ、昨日食べた鶏っぽい鳥の方がやっぱり美味しいですね」


『ミカリンは戦わないのー?』


 食レポが一段落すると、別の質問も飛んでくる。


「うーん、今のところ自分からっていうのは考えてないですね。配信者的には戦った方が面白いのかもしれないけど、負けたら中の人、公開っていうのがなー。他人を犠牲にしなきゃいけないのが、ちょっと自分の発信スタイルとは合わないかなーと思ってます。それを期待していた方にはごめんね」


『ミカリらしくていいと思います』

『ミカリの中の人、ちょっと気になる』


(ははは……中の人はまずい……)


「あ、時間ですね。はい、それじゃあ、そろそろ配信終了です」


 ◇


「よし、農作の続きでもしよう!」


 配信が終わると、ミカリは中断していた農作を再開する。


 ミカリの現在の目標はひとまずの食・住を確保し、生活基盤を築くことであった。


 昨日までに雨風を凌げるこぢんまりとした家までは建築し、今は自給自足できる農園の作成中であった。


(いやー、なんかよくわかんないけど、スローライフって感じで、正直、ちょっと楽しいなぁ……)


 ミカリは感慨にふけりながら晴天を仰ぐ。


「ん……?」


 と、上空になにやら小さな点が見えた。


(鳥かな……?)


 ミカリがそう思っていると、小さな点は少し大きくなる。


(あー、鳥っぽいな)


 そう思っていると、小さな点はさらに大きくなる。


(んんん……?)


 ……


(あー、これは鳥じゃなくてドラゴンだなぁ)


「って、ドラゴン!?」


 10メートル以上はありそうな黒いドラゴンが飛来し、ミカリに面と向かって対峙し、うなり声をあげている。


(急にこんな強そうなモンスター来て、大丈夫か……ただ、腕試しにはちょうどいいか)


 そんなことを考えているうちに、ドラゴンは咆哮を上げ、がむしゃらにミカリに突進してくる。


(わっと……)


 ミカリはひらりとそれを回避する。


 突進を回避されたドラゴンは怒り狂うように何度も前脚を叩き付け、更には身体をくねらせるように尻尾を振り回す。


 ミカリはそれをなんとか回避する。


(よし……怖いけどなんとか避けられる。次は……)


 そして、ドラゴンが攻撃の反動で作った一瞬の隙をつき、ミカリは渾身の右ストレートをドラゴンの顔面に叩き込む。


「グギャアアアアアアア!!」


(よし……!)


「…………グギャ?」


(ドラゴンは断末魔を……って、あれ? …………痛……)


 ミカリは自分の右拳がじんじんと痛むことに気が付く。


(……全然効いてない……!)


 アバターの姿はモンスターをワンパンするくらい超人染みたパワーがあるんじゃないかと勘違いしていたが、全然そんなことはなかった。


(……なら!)


 ミカリはハンドメイドの木の小刀を取り出す。そして……


「付与:【鋭利化】!」


(この【鋭利化】で強化した武器なら……!)


 ミカリは思い切ってドラゴンの懐に入り、【鋭利化】を付与した小刀をドラゴンの腹部に突き立てる。


「っ……!」


 が、しかし、無残にも小刀はへし折れてしまう。


(うっそーーー!)


「っ……!」


 ふとドラゴンの方を見ると、ドラゴンの口から炎が漏れ出ていた。まるで今から炎を吐きますよというように。


(あっ……やばいかも……)


 ミカリはゲームオーバーを覚悟した。その時であった。


「っ……!?」


「グギャアアアアアアア!!」


 突然、発生した爆発音と共にドラゴンが白い光に包まれていた。


 激しい光が収まると、ドラゴンは力尽きていた。


 ================

 スキル【洗浄】【修復】を習得した。

 ================


「えっ……」


(スキル習得?)


 何がなんだかわからないミカリであったが、振り返ると、そこにはドラゴンを葬った白い光の術者がいた。


「……ゆ、ユリアさん?」


 そう、そこにいたのはダイブライブ所属で、ミカリにとっても憧れの存在である聖城ユリアであった。


「ユリアさーん、助けてくれてありがとうございますぅう」


 ミカリはユリアに向かって駆け寄る。


 と、ユリアは膝から崩れ落ちる。


「え……」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 めちゃくちゃ早口である。


「え、え、どうしたんですか? ユリアさん」


「……本当……本当なんでもしますから……た、助けてください」


(えぇ……!?)


 ◇


「美味しい……なんて美味しいの……?」


 ユリアは号泣しながらドラゴンの肉を頬張る。


「この世の食事とは思えない。こんな美味しいものは人生で初めて食べた」


「はは……」


 少し大げさに感じるが、嬉しかった。


「はぁあああ、ご馳走様でした!」


 ユリアは大量にあったドラゴンステーキを完食する。


「あ、あの……ユリアさ……え……?」


 ユリアは食事を終えると、突っ伏すようにして、そのまま眠ってしまった。


(よっぽど疲れていたのだろうか……)


 ◇


「……あ……」


 ユリアが移動させた先のベッドで目をあける……


「あ、おはようございます、ユリアさん」


 ミカリはユリアに声をかける。と……


「ミカリン!!」


 ユリアが慌てて体を起こす。


「っ……!」


「は、初めまして……! 恐縮です。わ、私、ミカリンが最推しで……!」


「え……? え……」


(ま、まじですか……)


「あ、あのユリアさん、起きてすぐですみませんが……」


「は、はい……?」


「配信が始まるみたいです」


「え……?」


「あと10秒です」


「……」


 ◇


 ユ「というわけで、この芙蓉ミカリとかいうのを下僕にしてやったわけ」


 ミ「……」


 ユ「生かしてもらえるだけありがたいと思いなさい。これからめちゃくちゃコキつかってやるから」


 ミ「……」


 ユ「返事は!?」


 ミ「っ!? ……はい! ユリア様っ!」


 このようにして、ミカリはユリアの下僕となったのであった。


 ◇


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、本当、ごめんなさい!」


 配信終了後、ユリアはミカリに土下座する。


(プロだ……めちゃくちゃプロだ……)


 ◇


「み、ミカリン、食器洗いしますね」


「あー、ユリアさん、ちょっと待ってーー!」


 パリーン


 床に落ちた陶器製のお皿が割れてしまう。


「……うぅ……うぅ……」


 ユリアは涙する。


 配信外でのユリアさんはちょっぴり早口で少し頼りなくて、生活スキル皆無であり、配信中のユリアさんとは別人レベルであった。


 なんとユリアさんの推しがミカリであったのはミカリにとっては驚きであった。


「大丈夫ですよ、ユリアさん。あとで【修復】で直しておきますから」


「ごめんなさい……」


「あとは【洗浄】でっと……」


 木の箱に【洗浄】を付与すると、あっという間に食器洗い機に変化する。

 あとは食器を突っ込んでおけば、きれいさっぱり洗い流してくれた。


「ミカリン、ごめん、私、役立たずで」


「そんなことないです。ドラゴンから守ってくれたじゃないですか」


「そ、そうだね。私はミカリンの用心棒として頑張るね!」


 聞くと、ユリアは【白閃珠(スフィール)】という無属性の魔法スキルを所持しているようだ。

 それがあのドラゴンを一撃で葬った魔法というわけだ。


「有難うございます。自分もなんとか少しは戦えるようになれるといいのだけど……」


 こうして、下僕のミカリと用心棒のユリアのペアは意外と相性よく、共同生活を続けるのであった。


 ◇


 共同生活を開始して、2週間が経ったころ。


 二人は洞窟に来ていた。


「下僕があんまり弱いといざというとき、壁にもできないから、今日はより強い武器を作るための鉱石を採掘しに来てるわ」


 ちょうど配信中であった。


「この下僕のために、ありがとうございます、ユリア様」


『ミカリンノリノリやん』

『実は優しいユリア様』


 二人の主従関係についても互いのリスナーもある程度、ネタとして受け入れられていた。


 そうして洞窟の深部へ向かおうとする。


『なんかある』

『ユリア様―、後ろ後ろー』


「ん……」


 と、リスナーが何かを発見する。


「なんでしょう、これは……(ほこら)……ですかね」


『祠っぽいね』

『怪しい』

『とりあえず祈祷安定』


「そうね……聖女として祈らないわけにはいかないわね……」


 リスナーに煽られて、ユリアはよくわからない理由でよくわからない祠を前に両手を組んで、祈りのポーズをする。


(……まぁ、別にいいか)


 ミカリも続く。


 と……


≪我の復活を祈りし者達よ……相応しき試練を与えよう≫


「「え……?」」


 謎の声が聞こえ、二人は顔を上げる。


 祠があった場所の地下からマグマが噴き出してくる。


 そしてマグマの中から、角が生えた悪魔のような獣のモンスターが現れる。


『なんだこれ』

『イフリートみたいなの来たー』


(ちょ……やばいやつ……?)


「ミカリ……! 下がって……!」


「っ……!」


「くらいなさい……! 【白閃珠(スフィール)】!」


 ユリアが開幕一番、得意の無属性魔法を見舞う。


≪ぐぬぅ……≫


 爆炎の化身(イフリート)は白い光に包まれる。


『やったか』『やったか』『やったか』


「ちょ、そのやってないときのフラグやめてー」


 ユリアはリスナーに冗談めいた口調で言う。これまでの敵をすべて【白閃珠(スフィール)】一撃で葬ってきたユリアのもはや定番の流れとなっていた。

 だから今回もネタになると思っていた。


≪……効いたぞ≫


「っ!?」


≪こちらもいくぞ……【地獄の業火インフェルノ・フレイム】≫


「きゃぁあああああ!」


 ユリアが炎に包まれる。


「ユリアさん!」


「ごめん、ミカリン……油断した……」


 炎が収まるが、ユリアは倒れ、ぐったりとしている。


(やばい……どうすれば……)


『あぁああああユリア様ぁあああああ』

『ミカリンなんとかしてくれー』

『ミカリン避けて―!』


「っ……!」


 ミカリは自身に迫っていた炎をなんとか回避する。


≪……っ≫


 一瞬、頭が真っ白になりかけるが、リスナーの呼びかけのおかげで何とか命拾いする。


 そして、2週間前よりは強化された【鋭利化】した()の短剣で、イフリートに斬りかかる。


≪……ふむ≫


「っ……!」


 しかし、イフリートは斬られたところを痒そうに掻くような仕草を見せるだけだ。


 とてもダメージが入っているようには見えない。


(どうすれば……ユリアさんがいないと、まともなダメージを与えられない)


 いっきに窮地に追いやられ、リスナーのコメントも激増する。


『回復回復回復』


(その手段があれば……でも、持ってない)


『火には水ぶっかけろー』


(ないよそんなのぉ……流石に飲料用の水じゃ意味ないよね)


『ユリア置いて逃げろー』


(できるわけない……!)


『ここまでかー、まぁ、二人の中の人、見れるからいっか』


(……っ)


 中にはそんな風に思う人がいるのも仕方のないことだ。


『ユリアさん【修復】すればよくね?』


(……っ!?)


 ミカリのスキルである付与は道具にのみ使用できるものだと思っていた。実際に土壌に直接【栽培】をしたり、食材に直接【調理】をしても効果がなかったのだ。


 だが……


「や、やってみる……! 【修復】!!」


 ミカリはリスナーのアドバイスを実践し、ユリアに【修復】の付与をかけた。


「……っ」


 しかし何も起こらない。


(ダメか……)


『付与は直接、人には使えないっしょー』

『要するに道具に使えばいいんでしょ』

『ヒント:ポーション』


(ポーション……? そんなの持ってな……)


「あっ」


 ミカリは急いで、飲料用の水を取り出し、その水をユリアにぶっかける。


 そして……


「【修復】!!」


≪……ん?≫


『お、効いてる?』


 水にきらきらとしたエフェクトが発生し、明らかにユリアの傷が癒えていく。


「すごい……! その発想なかった! 笑える子羊さん、ありがとう!」


『子羊ナイス』『子羊GJ』『子羊素敵』


『つまるところ”されるモノ”にしても効果はないけど、”するモノ”であれば付与できるってことか?』


「……っ、な、なるほど……」


『来る来るー!』


「っ……!?」


 長めの考察コメントに気が向いている隙をつき、イフリートがミカリに急接近し、拳を振り上げていた。


(やば……)


「ミカリっ……!」


「っ……!」


 ユリアがミカリに覆いかぶさるようにして、無理矢理にイフリートの攻撃を回避する。


「大丈夫……? ミカリ……」


「うん、ありがとう、ユリア……」


 イフリートは空振りの勢いで岩に激突して、少しふらついている。


『あぶねぇ』

『ナイスユリア様』

『よき』


「よかった、ミカリ、おかげで私も戦える」


「うん」


「でも私ができるのって無属性魔法しかなくて……」


「ユリア……一つ試したいことがあるの……」


「えっ……?」


 ミカリはユリアに耳打ちする。


『なんだなんだ』

『このタイミングで告白か』


≪……そろそろ試練も終わりにしようぞ。こちらも最上の業にて締めくくりとしよう≫


 イフリートの両腕から炎が噴き出す。


≪くらうがよい……【紅蓮の爆炎(クリムゾン・ボム)】≫


 両腕の炎を重ねるようにして、そして前方に解き放つ。


「っ……! 魔法【白閃珠(スフィール)】!」


 対抗するようにユリアが魔法を唱える。


≪何かと思えば、先ほどと同じか≫


「仕方ないでしょ……! だって、私、ただ威力がちょっと強いだけの無属性魔法しかできないもの……! だけど……!」


付与(エンチャント)…………【洗浄】!」


≪……え!?≫


(これは本来、食器洗いの付与(エンチャント)……でも……すごい洗浄力……! だから……!)


 ユリアの白い光は透き通るような碧へと変わり、そしてうねるような激しい流れが発生する。


「火属性には水。これ基本でしょ?」


≪……んな!?≫


 その巨大なうねりはイフリートの炎を掻き消すように前進し、そしてついにはイフリートを巻き込む。


「くらいなさい……!」


「「せーの!!」」


「薙ぎ払え……! 激流白閃珠(ダイダル・スフィール)!」

「洗い流せ……! 洗濯白閃珠(ウォッシュ・スフィール)!」


≪ぐぉおおおおおおお……!≫


『うぉおおおおお! 友情技きたー!』

『技名がそろってない笑』

『グッバイイフリート』


 ================

 イフリートの加護の付与:

 スキル【炊事】【焚き】を習得した。

 ================



 ◇



「あー、露天風呂さいこー」


 ユリアは気持ち良さそうに湯舟で伸びをする。


『お風呂会きたー』

『REC』

『って、水着かーい』


「ちょっと、イフリート! 少し熱い……!」


≪はい……≫


「ごめんね、イフリートさん、こきつかっちゃって」


 ミカリは浴槽を温めるイフリートに声をかける。


≪いえ……仕事っすから≫


 水を張った浴槽に付与【焚き】をすることで、イフリートが湯舟をちょうど良い温度に温めてくれる。


『ミカリンはまだかー!?』


「え、自分……? 自分は……」


≪いいんすか? リスナーさんが待ってますよ?≫


「はは……」


(なんでこのイフリートはリスナーの気持ち代弁してんだ!?)


「ミーカーリー! お前も入れーーー!」


「きゃぁあ」


 ユリアが後ろから抱き付くようにしてミカリを無理矢理お風呂に引きずり込む。


『いいぞーユリア様』

『流石、ユリア様わかってらっしゃる』


「えい、ミカリ!」


「わぁああ」


 ユリアがふざけて更に密着するように抱きついてくる。


「ねー、ミカリ……! これからもよろしくね!」


『唐突なプロポーズきたー』

『結婚エンド』


「ちょ、プロポーズちゃうわ!」


 ユリアは慌てて否定している。


(でも、一緒にいるくらいはいいよね……)


「…………はい、喜んで」


「あ……うん、ありがと……」


 この人とリスナーさん達と一緒なら何とかやっていけるかな、そう思えた。


最後までお読みいただき有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ