第4話
初対人戦闘回です。
西暦2051年 4月6日 17時20分 東京都台東区
人間は真の恐怖を感じると叫び声すら出せなくなる。
口元に手を当て、震えるしかない麗華にモヒカン男は軽口を叩く。
「お嬢ちゃんの護衛、弱かったなぁ。
退屈しのぎにもならなかったぜ」
もはや男の声は嗚咽を漏らす麗華には届いてなかった。
その時、今まで沈黙を保っていた京子が麗華を庇うように前に立った。
「目的は誘拐? それとも暗殺?」
足元の生首にも動じない京子に感心した男は機嫌よく語る。
「お嬢ちゃんは肝が据わっているなぁ。
ご褒美に教えてやるよ。
依頼人は坂東 麗華を人質にバンドウ・メディカルケアを脅迫するつもりさ。
ということで大人しく来てもらえるかな?
大事な人質だから手荒な真似はしたくないんだ」
京子は毅然とした態度でただ一言だけ発した。
「断る」
それを聞いてモヒカン男は残念そうにつぶやいた。
「そうかい、なら少々痛い目にあってもらおうか。
お前ら、やりすぎるなよ」
背後の男5人が京子に向かって駆けだし、京子も鞄を投げ捨てて走り出した。
1人目が拳を振り上げた瞬間に懐に潜り込み、襟を掴んで2人目に向かって投げ飛ばす。
2人目は直撃をくらい、ボーリングのピンのようにはじけ飛んだ。
それを避けた3人目は側頭部に京子の回し蹴りを浴びて、錐もみしながら吹き飛ぶ。
腰を落としてタックルを狙った4人目は壁を蹴って背後に降りた京子に羽交い絞めにされ、殴りかかってきた5人目の拳の盾とされた。
京子はよろめく4人目の背中を蹴り飛ばし、再び殴ろうとする5人目の顔面を片手で掴み、足を払って地面に叩きつける。
そして体勢を立て直して向かってきた4人目は京子の掌底を顎にくらい、その場に崩れ落ちた。
わずか1分の間に片はついた。
麗華は唖然とした表情で京子の背中を見つめるしかなかった。
「こりゃ驚いた、いくら木偶人形だとしてもこんなあっさりやられるとは」
モヒカン男の発言に京子は思わず“人形”と聞き返してしまう。
男は倒れている部下のニット帽を引っぺがして頭部を足で小突いた。
頭髪が意図的に剃られた部分に縫合跡があり、それは何らかの外科手術が施されたことを示していた。
「ヤク中、アル中、強盗、殺人、こいつらは社会的に価値のない奴らだ。
そんなゴミどもの脳をいじって再利用できるように仕立て上げた。
まぁ、複雑な命令は実行できない点は不便なんだけどな、だから木偶人形って呼んでいるのさ」
人の尊厳を踏みにじることに全く躊躇がない男に京子は静かな怒りを覚えていた。
モヒカン男は“そんなことはどうでもいい“と頭に置いて喋り続ける。
「木偶は使い物にならないから俺がやるしかないか。
あぁ、今更だが、俺の名は『サラマンダー』っていうんだ。
お前らが言うところの“怪人”さ。
ということでお嬢ちゃん、痛いけど我慢してくれよ?」
サラマンダーと名乗った男はその巨体からは想像ができないほどの速さで京子に迫る。
少女は迎撃という選択肢を捨てて回避に徹するが、怪人が持つ圧倒的な暴力の波は彼女の体を少しずつ削り始めた。
わずかに見つけた隙を突いて、延髄に蹴りを直撃させる。
並の人間なら意識を刈り取る一撃だが、男はひるむ気配すらない。
次の瞬間、男の口が裂け、異様に長い舌が飛び出して京子の足を絡めとった。
「足癖の悪い嬢ちゃんだな。
なら、きっちり躾けてやらないとな!」
サラマンダーは舌をしならせて京子を背中から地面に叩きつけた。
肺から空気が無理やり押し出され、呼吸が困難になる。
男は京子を舌で宙づりにして容赦なく何度も叩きつけた。
そして勝負は決まったと確信して、麗華の足元に京子を放り投げる。
京子は空中で姿勢を変えて辛くも着地するが、制服は新調した方が早いほど傷ついていた。
「タフなお嬢ちゃんだな!
だがこれで分かっただろう?
ただの人間は怪人には勝てないんだよ!」
勝ち誇る怪人サラマンダーを見据えながら、京子は怯える麗華に声をかけた。
「大丈夫です、貴女は私が絶対に守ります」
京子が腕を水平に振ると、袖から無骨なチョーカーが滑り出た。
彼女が首に当てるとそれは自動で装着され、体内の魔力の活性化を検知して淡く発光する。
そして自らの首を絞めるかのように両手を添えた。
まるで自傷行為にも見える仕草だった。
「な・・なんだ! 何をするつもりだ!?」
京子から異様な力の高まりを感じたサラマンダーは激しく狼狽する。
だが少女は怪人の喚きを無視して令嬢に語り掛けた。
「坂東 麗華さん、ここから先は他言無用でお願いします」
「 ―魔装接続― 」
チョーカーから眩い光が放たれ、京子を中心に砂嵐が巻き起こる。
それらは鉄色から白銀、そして金色に輝き、衣服を魔導使いの戦闘着『魔装』に変えてゆく。
頭部にはバイザー、白色と金色から成る装甲が脚部や腕部、胸部に装着され、腰に淡く光る衣が形成される。
接続からおよそ10秒もかからずに装着が完了し、京子は深く息を吐いた。
「お、お前は・・・まさか!」
サラマンダーは京子の正体を知って愕然とし、自分が怪人として生まれ変わった時のことを思い出す。
“サラマンダー、お前は強いけど、それは人間と比較した場合だ。
同じく人を超えた存在と対峙した途端、お前は凡人に成り下がる。
だから敵を見誤るな、特にあいつと関わった時がお前の最期だよ“
なぜこんな所にお前がいるのか、なぜこんな奴に喧嘩を売ってしまったのか。
なぜ、なぜ、なぜ。
疑念と後悔が渦巻く中、少女は怪人に絶望をもたらす。
「そうだ、私が魔導使いだ」
男に逃れられない死が襲い掛かろうとしていた。