第1話
第2章開始です。
西暦2051年 4月1日 10時30分 東京都千代田区
この日、神田に位置する帝都女学院では、新しく第133期生を迎えた入学式が執り行われていた。
式典も終盤に差し掛かり、新入生代表として1人の少女が壇上に上がる。
切れ長の瞳に黒髪のロングヘアー、凛とした佇まいは見る者を圧倒する。
『坂東 麗華』(ばんどう れいか)、世界屈指の医療機器メーカー『バンドウ・メディカルケア』の社長令嬢である。
入学試験において最優秀生徒が代表挨拶を務めることが本校の伝統となっており、麗華はその地位に恥じない堂々とした振る舞いで第一声を発した。
それは誰が見ても理想的な姿であった。
挨拶が終わると皆立ち上がり、盛大な拍手で称賛を贈った。
麗華は国旗に一礼し、壇上を降りる。
多くの羨望の眼差しをその身に受けるが、坂東の令嬢の瞳に映るのは、勝土騎 京子ただ1人であった。
その理由は2日前に遡る。
西暦2051年 3月30日 20時30分 東京都世田谷区
夕食を終えた麗華は突然、祖父の平八郎に国軍中央病院で待つと電話口から伝えられた。
急ぎ病院に向かうと祖父の秘書の男性が出迎え、共にエレベーターに乗ると男はカードをリーダーにかざして稼働させる。
行き先は地階を指しており、鉄の箱は最地下であるはずのB3Fに到達しても停止する気配がない。
さらに1分が経過すると軽い振動の後に扉が開き、壁にはB5Fと表示されていた。
秘書に続いてエレベーターを降りると麗華は無機質な通路を抜ける。
「私が御案内できるのはここまでです。
後は麗華様お1人でお進みください」
秘書が示した先には網膜認証を要するゲートがあり、男はエレベーターに戻っていった。
麗華は躊躇せず扉の前に進み、センサーに眼球を向けるとスキャンは瞬時に完了する。
重々しいゲートが開くと、モニターが数多く設置された部屋で老人が高価な椅子に腰かけていた。
隣には研究員らしき男性も立っている。
「来たか、夜分遅く呼び出してすまなかったのう」
年相応のしわを刻み、仙人のようなひげを蓄えたこの男こそ『坂東 平八郎』である。
「いいえ、御爺様がお呼びということは何か特別な事情があるのでしょう」
孫の返答に頷いた老人は隣に座るよう促し、麗華は優雅に着席する。
「お主も今年で15になり、坂東の一族として恥ずかしくない人間に育っている。
そろそろ我が社の秘密を教えてもいい頃だと思うてな。
近年バンドウが再生医療に力を注いでいることは知っておるな?」
麗華はその問いを肯定すると、ある仮説に結び付けた。
「まさか欠損部位の再生に成功したのですか?」
現在の医療では欠損部位の再生は成功しておらず、機械義肢で代用するしかない。
利発な孫の予想は概ね当たっていたが、祖父はそれだけではないと答えた。
「我が社は軍の要請を受けて魔導使いの治療を秘密裏に行ってきた。
その過程で得た成功だが、民間に提供するには程遠い理由がある。
今からそれを見せてやる」
研究員がコンソールを操作すると中央の巨大な画面に、薬液に浸かった隻腕の少女が映し出された。
少女は水着のような撥水性のある下着の上に患者衣を身に着けている。
さらに体にはいくつものコードが取り付けられており、手足は金属製の固定具で拘束されていた。
麗華はその異様な風景に戸惑ったが、平八郎は構わず研究員に始めろと指示する。
「腕部再生処置開始、電圧を印加せよ」
白衣の男が現場に連絡すると、薬液から気泡が上がり始めた。
少女の顔が苦痛に歪み、うめき声を発する。
気泡の量が増えるにつれて苦痛も増大するのか、少女はついに我慢の限界を超えて絶叫した。
拘束から逃れようとして必死に暴れると固定具が大きな金属音を立てる。
だがその瞬間、少女の欠損した右腕の付け根から新たな骨が形成され、その上を筋繊維が覆っていく。
そして皮膚の再生が指先まで到達すると、極限状態からの解放からか、それきり動かなくなった。
現場のスタッフが気絶した少女を運び出すのを見届けると、平八郎が口を開いた。
「まるで拷問のようだろう? これが理由の1つだ。
麻酔の効かない激痛を伴う治療など常人は耐えられんよ。
発狂するか廃人になるかだろう。
さらに魔導使いの驚異的な再生力がなければ成功しないのも理由だ。
強靭な精神力と膨大な生命力を兼ね備えなければ使えない。
こんなもの商品として世に出せるわけがなかろう?」
絶句して口元を抑えたまま返答できない孫を見ながら祖父は言葉を続ける。
「だがあの娘は責務を果たす為に3度この治療を受けている。
その覚悟は計り知れるものではない。
だから儂ら坂東も覚悟を持って向き合い、より良い治療法を模索していかなければならない。
今日お主に伝えたかったのはそういうことだ」
語り終えた平八郎は立ち上がり、苦悩する麗華を残して部屋を出ていこうとしたが、ふと思い出したかのように立ち止まった。
「知っているだろうが、魔導使いの正体は極秘であり、詮索は法で罰せられる。
くれぐれも他所に漏らすんじゃないぞ。
特にお主と同じ組になる大熊の娘には絶対知られるなよ。
全く態々電話してきおって、あの若造め」
最後は見えない相手に愚痴を言いながら平八郎は去った。
そして現在、麗華はあの魔導使いが同年でかつ同じクラスと知り、激しく動揺していた。