第4話
「こんな隠し玉があったとは・・・してやられた」
己の認識不足を恥じながらも、一刻の猶予もないことを京子は理解した。
もしあの熱線が一発でも禁止区域に命中したら、この東扇島は火の海に沈むだろう。
だが黒煙の中から重い金属音が轟くと、京子の思案は中断された。
そこに現れたのは、自らの鎧を素手で剥ぎ取っている単眼の巨人だった。
「ゴリアテかと思ったらサイクロプスだったようね・・・」
大地が震えるほどの雄叫びを上げた巨人は、先とは比較にならない速度で殴り掛かる。
反応が遅れた京子は砂礫を集結させて即席の防壁を作り、寸前で剛腕を阻止したかに見えた。
だが巨人は力任せに防壁を突破し、その拳は京子の顔面を打ち抜く。
少女は宙を舞い、錐もみしながら地面に叩きつけられた。
常人なら全身の骨が砕ける衝撃であるが、京子は鼻血を垂れ流しながらも立ち上がる。
血をぬぐいながら浮かべる表情は苦痛ではなく歓喜だった。
「やるね・・・燃えてきた」
少女が自身に課した掟、それは昨日までの自分を超えることだ。
強敵を打ち倒すことが自己の成長を実感できる最適な手段であると知っている。
故に歓喜し、闘争心を高ぶらせるのだ。
追撃の蹴りを放つ巨人に対し、京子も巨岩をまとわせた脚で迎撃する。
衝撃は空間を伝播し海面を荒立てるが、当事者たちは構わず殴り合いを続ける。
一見、互角に見えるが実際は京子が不利であった。
なぜなら、巨人の熱線が禁止区域を捉えることがないよう正面から迎え撃つ必要があり、死角に回り込めなくなったからだ。
それでも隙を突いて人間でいう急所に反撃を打ちこむが、巨人に目立った損傷を与えることはできない。
「それならこっちも隠し玉・・・使わせてもらうよ」
左大腿に取り付けられたポーチから取り出したのは、手のひらに収まる紫色の群晶「アメジストクラスター」だ。
京子の戦術を察した立花は危険すぎる、軍の攻撃まで10分を切ったので後退しろと警告したが、少女の意思は変わらない。
「敵は私・・・『魔導使い』を見た途端、迷わず攻撃を仕掛けてきました。
倉庫の破壊が狙いなら剣なんて使わず熱線で焼き払えば済むことです。
あれは私をおびき出す為の芝居であり、軍から総攻撃を受けない為に居座っていただけです。
もし私が引けば敵は熱線を禁止区域に向けるでしょう。
だから・・・ここで倒します」
京子を案じる余り、立花は語気を強めて再度忠告する。
「つまらない意地は捨てなさい!
貴女の命をこんな所で失うわけにはいかないわ!」
京子は制止を振り切り、放たれた矢の如く駆ける。
「立花さん、私は軍人で命令には忠実でありたいと思っています。
だけど・・・命の懸け所は自分で決めます」
少女は攻撃を掻い潜り、巨人の眼前まで飛び上がって一撃を加えようする。
だが同時に単眼が怪しく光り始め、熱線の発射準備に入った。
回避が間に合わないと悟った京子はその眼球に向かって全力で拳を振り抜くが、到達する前に熱線は発射され、魔導使いの右腕は二の腕から溶断された。
激痛に顔を歪ませながらも、京子は顔面に張り付き、残る左腕でアメジストを敵の喉奥にねじ込む。
巨人は一瞬悶えたが少女を力づくで引き剝がし地面に叩きつけた。
京子は敵の踏み付けを辛くも回避し距離を取るが、魔装は半壊、肉体も満身創痍である。
そして落ちた右腕は先ほどの追撃に巻き込まれ、原型をとどめていなかった。
腕の出血は体内のナノマシンによって既に止まっていたが、痛覚の緩和には時間がかかり、呼吸は荒く額からはとめどなく汗が流れ落ちている。
「少尉! 腕が・・・」
「い・・意識すると余計痛むので言わないでください。
それに・・・準備はできました」
敵は勝利を確信したのか、それまでとは違う余裕の態度で近づいてきた。
京子は静かに左腕をかざし、敵体内のアメジストに魔力を集中させ能力を発動する。
直後、巨人の周囲に異変が起きた。
砂だ。
辺り一帯の砂がアメジストを目指して敵の穴という穴に流れ込んでいるのだ。
それでも構わず前進しようとするが堆積する砂はついに肺を蝕み、巨人は初めて酸欠を理解し恐慌状態に陥った。
侵入を防ごうと掴み、殴ろうとも砂は容易くすり抜ける。
その理不尽さが精神をさらに追い詰め、混乱の極みに達した。
京子もまた限界が近づいていた。
能力の全力行使で細胞が過剰に活性化し、ナノマシンの止血効果が追い付かず出血が再開、地面には血だまりが広がり視界も霞んできている。
「砂の海で溺死しろ」
巨人は喉を掻きむしり宙を掴む動作を繰り返すが、やがて糸が切れたかのように倒れ伏して動かなくなった。
京子はそれに気付かず能力を行使し続けるが、立花の呼びかけで我に返り、闘いが終わったことを知る。
眼前には腹部が膨れ、苦悶の表情で絶命する巨人が砂に埋もれていた。
「対象の沈黙を確認。 少尉、任務完了です」
立花が純然たる事実を告げると、京子は緊張から解放され膝から崩れ落ちた。
「立花さん、私・・・また一歩前に進めましたか?」
死闘を制した時、京子は必ずこの問いをオペレーターに投げかける。
それは亡き両親が少女に残した生きる為の希望、そして呪いだった。
「京子さん、大きな一歩でしたよ」
ねぎらいも称賛も必要ない。
少女が求める答えを簡潔に返すだけだが、その口調は柔らかかった。
安堵した京子は微笑みながら瞳を閉じる。
疲労と達成感を噛みしめながら、意識は暗い闇の底に沈んでいった。
立花の報告を受けて軍は即座に攻撃命令を撤回する。
開始予定時刻の3分前であった。