第3話
西暦2051年 3月28日 19時30分 川崎市川崎区
トンネルを抜けた瞬間、爆発音が轟き、目的地に火の手が上がった。
おそらく倉庫内の可燃物に引火したのだろう。
飛散物が恐るべき速度で京子に襲い掛かるが、韋駄天は軌道を予測し回避行動を取る。
その先には炎より高くそびえたつ巨体が大剣を振りかぶっていた。
それでも鉄騎は纏いつく火炎を切り裂いて疾走する。
鉄塊が振り下ろされる寸前、車体は巨人の脇をすり抜け、横滑りしながら急停止した。
タイヤ痕が地面に色濃く引かれ、焼けたゴムの臭いが周囲に広がる。
戦闘ヘリにすら無関心なのだ。
バイク1台、取るに足らない存在と敵は認識し、背を向けて破壊活動を再開した。
京子がヘルメットを脱ぐと、形状がハーフキャップに戻り、車体のサイドボックスに収納される。
「少尉殿、ご武運を」
役目を終えた韋駄天は走り去り、残された少女は無言で巨人を見上げ、覚悟を決めた瞳を閉じて集中した。
首元のチョーカーが体内の魔力の活性化を検知して淡く発光する。
京子は自らの首を絞めるかのように両手を添えた。
それはまるで自傷行為にも見える仕草だった。
一言つぶやく。
「 ―魔装接続― 」
チョーカーから眩い光が放たれ、京子を中心に砂嵐が巻き起こる。
それらは鉄色から白銀、そして金色に輝き、衣服を魔導使いの戦闘着『魔装』に変えてゆく。
頭部にはバイザー、白色と金色から成る装甲が脚部や腕部、胸部に装着され、腰に淡く光る衣が形成される。
接続からおよそ10秒もかからずに装着が完了し、京子は深く息を吐いた。
『魔装』の発現には装着者の魔力を要求し、保有量の少ない者が行使すると極度の疲労に襲われる。
京子も今でこそ軽い脱力感を覚える程度であるが、初期の頃は眩暈を引き起こすほどであった。
しかしこの代償を支払えば防具としてだけでなく、身体能力と魔力伝導率の飛躍的な向上を得られるのだ。
背後に無視できない反応を感じた巨人は破壊活動を中断し、魔導使いに向き合うと獲物を見つけたかの如く咆哮をあげる。
これが開戦の合図であった。
京子は前傾姿勢を取り、地面がひび割れるほど踏みしめ、一気に加速した。
巨人も標的を両断しようと大剣を振り下ろし大地をえぐるが、その姿を捉えることは出来ず、視線を上げると巨岩を拳にまとわせた少女が眼前に迫っており、破城槌のような衝撃が襲った。
兜が大きくへこむが、巨人はすぐに反撃の袈裟切りを繰り出す。
しかし、京子は既に動きを読み切っておりかすりもしない。
積み上げてきた経験が違うのだ、技術もない鈍重な相手など敵ではない。
攻撃の直前のみ能力を行使して巨岩を身体にまとわせ一撃を打ち込み、直撃と同時に解除、身軽な状態で回避行動を取る。
オペレーター立花が口出しする余地のない一方的な展開であった。
拳と蹴りが敵の全身に襲い掛かり、無傷な箇所が数える程度になった頃、巨人は片膝をついてうずくまってしまった。
敵の弱体を確信した京子は次の一撃で終わらせようと腰を深く落とすが、焦った口調の立花がそれを制した。
「待ってください少尉!
敵の頭部から高エネルギー反応です! 直ちに回避を・・」
警告が終わらないうちに巨人の頭部が発光、少女に向かって熱線が放たれた。
京子は咄嗟に横に飛ぶことで熱線を躱す、直後に通り過ぎた地面と海面は爆発を起こし、周囲に火炎と水蒸気が吹き荒れる。
それは闘いが次の段階に進むことを意味していた。