第3話
波間に漂っていた京子は、未だ満足に身体が動かせない状態だった。
体内のナノマシンが感電によって機能不全を起こし、回復に時間がかかっていたからだ。
(浅はかだった・・・もっと敵の出方を見極めてから攻めるべきだというのに)
文字通り頭を冷やされ、客観的に分析ができるようになった京子は先の行動を猛省する。
魔装は大幅に機能低下し、バイザーに出力37%と表示されていた。
怪獣の奇声の方角に辛うじて顔を向けると、敵がこちらを引き裂かんと接近中だ。
立花の切羽詰まった声が聞こえる。
「少尉、すぐに回避行動を取ってください!」
だが呂律もろくに回らない今、その手段はない。
体内通信で答える。
(すみません、まだ回復に時間がかかります。
よって回避はできません)
絶望的な回答だが立花は諦めない。
(時間を稼ぐので復帰を急いでください。
絶対に貴女を死なせない!)
通信が切れたが、怪獣は既に50mの距離まで来ている。
もうどうにもならないだろうと諦観の境地であった京子はただ見つめるだけだ。
巨獣が目前に迫り、勝利を確信したように雄叫びをあげる。
そして腕を持ち上げ、少女を肉片に変えようと爪を振り下ろした。
巨大な影が京子を覆い尽くそうとしたその時、轟音と共に複数の水柱が怪獣から上がる。
「『たいげい』型潜水艦7番艦「ちょうげい」より通信!
『ワレ、カセイスル』とのことです」
旧帝国軍のような文面だがこれは秘匿性を重視する故である。
どうやら立花の友軍への火力支援要請は成功したようだ。
さらに空軍の戦闘機が飛来し、ミサイルを怪獣に撃ち込んでいく。
爆炎が怪物を包むが、損傷した瞬間に再生が始まってしまう。
(やはり威力が足りない、一撃で急所を貫かないと奴は倒せない。
どうすれば・・・)
苦悩する彼女に立花から通信が入る。
だが聞こえた声は予想外のものであった。
「あの・・・京子さん、聞こえますか?」
「!!・・・・・その声は双葉さんですか?」
機能低下した魔装を介している為に雑音が混じるが、大熊 双葉の声に間違いなかった。
だがあんな別れ方をした手前、どう話せばいいか分からず、京子は黙り込んでしまう。
双葉は静かに思いを発する。
「京子さん、私は魔導使いに強い憧れがありました。
常人では敵わない怪人や怪獣に立ち向かっていく様は私にとってヒーローだったからです。
そして私は貴女に対しても強い憧れを持っていました。
優しくて凛々しい人柄は私にとって王子様だったからです。
でもこの2人が繋がった時、私は素直に喜べなかった・・・。
間近で見た怪物が恐ろしすぎて!
そしてそんな命懸けの闘いに友達を送り出すのが怖かった!
だから貴女に悪い感情なんて何一つないんです!」
双葉の偽りのない思いに京子の閉ざした心が氷解していく。
(あぁ・・・そうか、私は馬鹿だな。
勝手に思い込んで突っ走った結果がこれか・・・。
でも安心した・・・嫌われてなかったんだ)
これまでは自身にどんな感情が向けられても気には留めなかった。
だが麗華や双葉という友人を得てからは、彼女たちに失望されたくないという感情が生まれ、行動に変化が生じた。
国家の歯車に10代の少女としての生き方が加わったのだ。
感情の行き場が分からなくなって当然である。
それは軍人としては失格かもしれないが、人間としてあるべき姿を取り戻したと言えるだろう。
「京子さん、貴女は軍人であるからには任務が第一だと考えているでしょう?
でも私と双葉さんにとって、そんなことはどうでもいいのです。
ただ貴女に無事に帰ってきてほしい・・・それだけです。
例え失敗して取り返しのつかない結果になろうとも、私たちは貴女の味方であり続けますわ!」
麗華の身勝手だが何よりも友を思う発言に京子は目頭が熱くなった。
同時に胸の奥からが今までにない闘志が湧いてくるのを感じた。
(あぁ、これは負けられないなぁ・・・)
痙攣が収まり、全身の細胞が急速に活性化する。
(負けない? いや、私は・・・勝ちたい)
命という薪をくべて肉体を再生させる。
(私は勝ちたい!)
拳を強く握りしめ、激情の炎が燃え盛る。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
天を衝く咆哮と水飛沫が上がり、岩石の足場に飛び乗った。
体温が異常なほど上昇し、肌に張り付く海水が蒸発して白煙と化す。
その風貌はまるで赤鬼のようだった。
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