第1話
遅くなってしまい申し訳ありません。
第6章の始まりです。
西暦2051年 8月28日 13時27分 沖縄県 八重山列島
世間一般で言われる「夏休み」の終盤、熱い日差しが照り付ける砂浜に少女たちの歓声が響き渡っていた。
ここは南西諸島でも特に西側に位置する八重山列島の小さな島である。
小島と言っても、実際は国防軍のレーダー観測所が設置されており、許可なき者が入ることは許されない土地である。
その一方で要人専用のプライベートビーチと宿泊所が密かに併設され、政府や軍と関係の強い一般人なら特別に使用を許されていた。
よって、『バンドウ・メディカルケア』の社長令嬢『坂東 麗華』の要望で一夏の思い出が実現されたのだ。
尤も、他の2人、国防大臣の娘『大熊 双葉』、魔導使い『勝土騎 京子』の組み合わせだからこその許可であるが。
「あはは! こんな綺麗なビーチ、私生まれて初めてです!」
いつもは大人しい双葉が満面の笑みを浮かべてはしゃぐ。
今日の彼女は少女の愛らしさが強調された白とピンクのセーラーデザインのフリルたっぷりの水着を輝かせていた。
「気持ちは分かりますが、そんなに走ると転んでしまいますわよ?」
忠告する麗華であったが、その表情はいつもよりリラックスしていた。
そんな彼女の装いはこの日の為にあつらえた大人っぽい蒼い花柄で上はタンクトップで下にパレオを巻いた水着である。
「フッ!!」
雑念をかき消すような声と共にビーチパラソルが砂浜に深々と突き刺さった。
京子の水着は黒に白のラインが入ったスポーティーなセパレートタイプで鍛えられた肉体美を際立たせる。
男子であれば双葉や麗華の水着を容姿含めて称賛するであろうが、ここは女子のみ。
彼女たちの憧れは美しさと逞しさを両立させたアスリートのような肉体の京子である。
学院では他人の体をみだりに触るなど品がないと我慢していた麗華だが、誰も見ていないのをいいことに更衣室で思う存分、友人の体を撫でまわした。
当然双葉も便乗して共犯者となり、美少女2人に迫られた京子は顔が上気するまでされるがままとなった次第である。
同日 15時48分 沖縄県 八重山列島近海深部
抑止力の基本は『侵略は割に合わない』と敵に思わせることだ。
国防というものは目に見える物が全てではない。
見えない部分にこそ隙のない実力が求められる。
そして国民の目の届かない空や海で今日も国軍は外敵の侵入を警戒・監視している。
“あの日”のような先制攻撃を許さない為に。
沖縄の海を航行している『たいげい』型潜水艦7番艦「ちょうげい」もその1隻であった。
旧帝国海軍の潜水母艦「長鯨」にちなんで名付けられたこの艦は元の船同様、大戦を生き残った幸運艦として軍人から愛されてきた。
とは言え、建造から25年以上経過すれば退役させるのが普通だがこれには訳がある。
先の大戦で「ちょうげい」よりも高性能艦が多く沈んだことにより、軍事ドクトリン『潜水艦30隻体制』の維持が困難になったのだ。
よって、新造艦が揃うまでその身を大海に浸し続ける運命を背負った。
深度300m。
ちょうげいは沖ノ鳥島近海に出現した未確認大型生物を追跡している。
哨戒機から齎された情報では全長約40m、21ノット(時速40km)の速度で西北西に向かって移動中とのことだった。
世界最大級の生物シロナガスクジラが30mなので、対象がいかに巨大であるかが分かる。
これが新種の生物なら世紀の大発見だが、人為的に作成させた生物兵器『怪獣』だった場合は撃滅しなければならない。
「対象、浮上していきます!」
ソナーマン(水測員)が緊張した声で艦長に告げた。
対象が海上に姿を見せれば、上空の哨戒機から映像が送られ、海面にアンテナを出す危険を冒さずに受信することができる。
「本艦も対象と等距離を保ちつつ、深度100まで上昇する。 アップ30度」
白髪が混じった艦長の号令で船体に角度が付いて上昇を始める。
(あれが怪獣ならば、我々も覚悟を決めねば。
生物兵器を他国へ逃がすことなど絶対にあってはならないのだ。
ちょうげいよ・・・お前の命、この国に捧げてくれ)
決意を込めた茶色の瞳は天井を見上げた。
機械である黒鉄の相棒は答える口を持たない。
だが、仮に意思が宿っていたとしても答えはしないだろう。
なぜなら沈黙こそが、是であり、沈黙こそが潜水艦の在り方だからだ。
太陽が水平線に沈み始め、全てが赤く照らされた時、少女たちのいる島が突如震えた。
「地震!? やだ、怖い!!」
恐怖で足がすくんだ双葉を麗華が支える。
京子は庇うように2人の前に立って海を睨んだ。
そこに原因があると知っているかのように。
「・・・来る!」
海面が大きく盛り上がり、巨大な怪物が姿を現す。
ウツボのような獰猛な頭とワニのような堅固な皮膚、トカゲのような鋭い爪とサメのような太い尾びれ、それらが合わさった奇怪な生物が2本足で屹立していた。
「か・・・怪獣!?」
明らかに生物として歪な造形に、双葉はそれが怪獣であると認識した。
それに反応したかのように怪物の無機質な眼が3人に向けられる。
「ひゃあ・・・」
腰が抜けた双葉は尻もちをついて身を震わせる。
「双葉さん、大丈夫よ・・・」
麗華が双葉を安心させるために抱きしめる。
以前の彼女なら同じように腰が抜けていただろうが、怪獣サラマンダーを見た後であり、京子が傍にいるのだ。
“耐えられない”から“我慢できる”恐怖に変わっていた。
怪獣は興味を失ったかのように顔を海側に向けて動かなくなった。
そこに立花から体内通信が入る。
(少尉、司令部は前方の生物を『怪獣』と認定しました。
進行方向から予想すると、目標は台湾に向かっています。
我が国のEEZ(排他的経済水域)を抜ける前に排除せよとの命令です)
「了解です、民間人の保護をお願いします」
(要人用のシェルターがあるので、そちらに避難させます。
坂東さんならご存じでしょう)
通信を切ると、京子は麗華にシェルターへの避難を促した。
「分かりました、ご武運を祈っています」
2人の会話が理解できない双葉が口を挟む。
「何言ってるの麗華ちゃん!? みんなで避難しないと!!」
慌てる双葉に京子は子供に諭すよう静かに告げた。
「双葉さん、今まで黙っていましたが、私は軍人で果たすべき責務があります。
だから・・・一緒には行けません」
衝撃的な事実に呆然とする双葉、彼女を支えて陸地に下がる麗華、大海に向かって歩く京子。
立ち止まり、太陽を見つめる。
視界がぼやけるのは夕日がまぶしいからだ。
振り向かずに声をかける。
「大熊 双葉さん、これが私の・・・勝土騎 京子の本当の姿です」
少女がチョーカーを首に当てると、体内の魔力の活性化を検知して淡く発光する。
自らの首を絞めるかのように両手を添える。
それはまるで自傷行為にも見える仕草だった。
「 ―魔装接続― 」
チョーカーから眩い光が放たれ、京子を中心に砂嵐が巻き起こる。
それらは鉄色から白銀、そして金色に輝き、水着を魔導使いの戦闘着『魔装』に変えてゆく。
頭部にはバイザー、白色と金色から成る装甲が脚部や腕部、胸部に装着され、腰に淡く光る衣が形成される。
接続からおよそ10秒もかからずに装着が完了し、京子は深く息を吐いた。
「あ・・・まさか京子さんが・・・魔導使いだったなんて」
驚愕のあまり、それ以上言葉が出ない双葉。
それを失望や怒りの感情と受け取り、無言で走り出す京子。
違う、そうじゃないの。
声をかけたくて手を伸ばした背中は遠のいていく。
視界がぼやけるのは夕日がまぶしいからではなかった。
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