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魔導の果てを見よ  作者: Tom & Wood
第5章 氷刃の狩人
25/29

幕間


西暦2051年 8月20日 9時35分      ワシントンD.C. ホワイトハウス


「何故だ・・・何故こんなことに・・・」


CIA長官『クリフ・アイスバーン』は大統領から緊急の呼び出しを受けて、執務室に向かっていた。

内容は想像できるため、その足取りは非常に重い。

独断で進めていた魔導使い派兵作戦が失敗、日本政府から遺憾(いかん)の意が届いたからだろう。

彼は白人至上主義であり、同盟国の日本でさえ内心では見下していた。

そして、強すぎる愛国心も相まって同様の思想を持つ政治家、軍関係者を巻き込んで、反抗的な犬に対して鞭をくれてやろうと画策したのだ。

その駒として彼は事故死した息子の娘であるソフィアを利用した。

権力志向が強いクリフは息子と幾度(いくど)となく衝突して疎遠になっていたが、数年前に訃報(ふほう)の知らせが届いた。

カリフォルニアで発生した地震に医療従事者として派遣されていた息子は二次災害で彼の妻と共に死亡したのだ。

縁を切って久しい彼に肉親の情はもはや無かったが、残された娘、クリフにとっての孫は使い道があった。

なぜならソフィアは災害中に魔導使いとして覚醒し、ペンタゴン(国防総省)に極秘収容されたからだ。

親権が移ったクリフは親の立場を利用して非人道的な実験を軍と協力して進め、今日の地位を手に入れた。


執務室のドアを叩く。


「クリフ・アイスバーンです。 呼び出しに応じて参りました」


「入りたまえ」


硬い声で入室を許可されたCIA長官は大統領執務室に入る。

デスクに両肘を乗せ、手を組んだ合衆国最高権力者は憤怒の眼を彼に向けていた。


「長官、なぜ呼び出されたか分かるかね?」


「分かりません、日本から何か言われましたか?」


白々しく答えると大統領は睨みながら続けた。


「1時間前、白洲(しらす)(首相)から連絡があってね、合衆国を名乗る魔導使いを“保護(・・)”したのだが心当たりがあるかと聞かれたよ。

私はすぐに彼女たちの所在を確認したが、皆国内にいる裏付けが取れた。

当然だ、3人は常に監視下に置かれているのだからな。

私の知らない4人目を除いてね・・・・」


顔には出さないが、クリフは自分の心臓の鼓動が速くなるのを感じた。

沈黙を是と捉えた大統領はさらに続ける。


「基地を経由して密入国したうえに、自国の魔導使いを2人も襲撃されたことに奴は落とし前を付けろと言ってきた。

長官・・・・君ならどうする?」


値踏みするような視線にクリフは恐る恐る答える。


「か、関係者の処分は避けられないでしょう」


「それで?」


「はい?」


クリフが聞き返すと大統領は拳をデスクに叩きつけて怒鳴った。


「そんな当たり前のことを聞いているのではない!!

白洲が求めているのは我々の譲歩だ!

あろうことか、奴は在日米軍駐留経費負担(おもいやり)をゼロにしろと吹っ掛けてきたのだ!」


駐留経費負担を無くすなんてことは無理難題にも程があり、到底受け入れられないが、米国が犯した過ちが明るみになれば日米だけでなく西側諸国との結束が揺らぐ可能性がある。

また、国内で英雄と喧伝(けんでん)している3人の名声も地に落ちることになる。

さらに敗北の事実も合衆国にとって不都合だった。

核戦力が意味を持たない現代で魔導使いは核に変わる抑止力だ。

米国の魔導使いが日本の魔導使いに負けた。

つまり、米国の魔導使いは弱いというイメージが広まることは軍事的優位性を失わせ、海外派遣の野望も露と消えてしまうのだ。


「し、白洲も本気で言っているわけではないでしょう!

次の総選挙の為に目に見える成果を欲していると思われます!」


脂汗をかきながら言葉を絞り出したCIA長官に大統領は軽蔑の眼を向ける。


「そうだろうな、狙いは明瞭だ。

だからこそ、分かりやすい成果を我々は提供しなければならなくなった。

どこかの愚か者のせいでな・・・」


大統領は苛立つ気持ちを落ち着かせる為に深呼吸し、苦悩の表情を見せる。


「長官、私は駐留経費の減額と地位協定の改正を代償に今回の一件を手打ちすることにした。

私は党内や国民から非難を浴びることになるだろう。

だが真実を公表して我が国を窮地(きゅうち)に追い込むことに比べれば安いものだ」


だから貴様も責任を取れと大統領は暗に示した。

クリフは仕切り直しが必要だと悟り、大統領に返答する。


「分かりました、本日中に辞表を提出させて頂きます。

ちなみに、その魔導使いの処遇はどうなさるおつもりですか?」


「我が国に4人目など存在しなかった。

彼女の身柄は日本政府が引き取り、経歴も全て書き換えることとなった。

よって、彼女は二度と我が国の土を踏むことはない。

哀れなものだ、君もそう思わないか?」


全て知った上での大統領の問いかけに長官は悪びれることなく答えた。


「対等であると勘違いした有色人種(サルども)には誰が主人か分からせる必要があります。

私は今がその時だと思っただけです」


その返答を聞いて大統領はもはや嫌悪感を隠さなかった。


「この国の発展は多民族によって(もたら)されたのだよ。

そんなことすら知らないレイシストが国家の要職に就いていたことは恥ずべき事実だな。

二度と私の前に姿を見せないでくれたまえ」


執務室から退出したクリフは早速返り咲く算段を考えていた。

表沙汰にならないならば法で裁かれることはない。

同士たちも一時的に職を辞することになるだろうが、影響力が強い者たちだ、きっと戻って来るはずだ。


「それにしても今日はやけに暗いな・・・」


午前10時だというのに廊下は夜のように暗かった。

窓を見るとタールを塗ったかのように黒く、外の様子は全く分からない。


明らかに異常だった。


「な、何が起こっている!?」


異変に気付くと同時に一切の光が失われ、クリフは闇の中に立っていた。


「どうなっている!? おい、誰かいないのか!?」


パニックになって叫ぶと落ち着いた女性の声が聞こえた。


「うるさいですね、いい年をした大人が(わめ)くものではありませんよ」


次は(つや)のある女性の声が聞こえた。


「あら、自分の家族すら大事にできない人間を大人とは呼べませんわよ?」


最後に勝気な少女の声が聞こえた。


「どっちでもいいよ、こいつが屑なことに変わりはないから」


クリフはこの声の主たちが誰か知っている。


「き、貴様ら3姉妹か! 私に何の用だ!?」


彼女たちに血縁関係はないが、仲が良いことが有名で国民からは3姉妹という愛称で呼ばれている。


クリフが問いかけると返答代わりに風の刃が手足を切り裂いた。

動脈までは切られていないが、鮮血が流れ落ちる。

男はその場に膝をついた。


「ぐっ、私にこんなことをしてただで済むと思っているのか!?」


「そうね、思っているからやっているのよ」


馬鹿にしたように艶のある声の女性が答える。


「誰の差し金だ!? 大統領か! 国防長官か!」


男は自分を嫌っていた者の名前を上げたが、勝気な少女の声が(あざけ)るように笑った。

落ち着いた女性の声が答える。


「貴方が知る必要はありません。

なぜなら貴方はここで終わりだからです。

それだけの罪を犯しました」


唐突な処刑宣言にCIA長官は激しく動揺し、見苦しい弁明を始める。


「わ、私はこの国を思ってやったのだ!

愛国者の私を裁くというのか!?」


勝気な少女の声が怒気を(はら)んだ。


「てめえが愛国者だろうがどうだっていいんだよ。

あんたは私たちの妹を道具にように扱って捨てた、理由なんかそれで充分だ」


少女の怒りに呼応するように闇の中から齧歯類(げっしるい)を思わせる鳴き声と赤い瞳が現れた。

それらは無数に増え、数百にも上った。

震えあがるクリフ・アイスバーンに対し、落ち着いた女性の声が(さと)すように話す。


「この国では年間80万人が行方不明になるのです、それが1人増えるだけですよ」


艶のある女性の声が付け加える。


「でも安心して、行方が分からなくなるのは貴方だけじゃないわ」


恐怖の限界に達した男の命乞いが虚しく響く。


「ま、待ってくれ! 頼む! 命だけは助けてくれ!!」


「「「さようなら」」」


3人の声が重なると波のように獣たちが襲い掛かる。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



この日を境に政府、軍関係者や政治家が相次いで行方不明となったが、警察の捜査をもっても手がかりを掴むことは出来なかった。

やがて捜査は打ち切られ、この一連の失踪は未解決事件としてアメリカの歴史の1ページに刻まれた。


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