第1話
大変お待たせしました。
連続投稿しようと思ってましたが、時間がかかりすぎたので
いつも通り順次投稿していきます。
西暦2051年 8月17日 9時10分 国防省
この日、市ヶ谷に集まった幕僚たちの表情は様々だった。
困惑、憤怒、疑念、それぞれが負の感情を湛えて立花 綾子の報告を聞いている。
日本に2人しかいない魔導使いの1人、「火嘉瑠 明美」(ひかる あけみ)が何者かの襲撃で負傷したというのだ。
「で、彼女の容態はどうなのだね?」
頬に傷のある幕僚幹部の1人が立花に尋ねる。
「はい、頭部裂傷、全身打撲、左上腕骨折でしたが、現在は治療を完了しております。
問題は精神面の動揺であり、速やかなメンタルケアが必要と思われます」
命に別状がないことに安堵した一同だったが、何人かは失望の念を見せた。
「魔装状態でも一方的にやられたのだろう?
それは・・・由々しきことだな」
言葉に出す者はいなかったが、ここにいる者の多くは“勝土騎 京子なら結果は違っただろう”と内心考えてしまう。
それだけ京子の魔導使いとしての資質と実績が大きいのだ。
加えて軍人として理想的な振る舞いが評価を一段上げていた。
「明後日から日米合同演習が始まるというのに頭が痛いな・・・。
で、姿なき氷使いの身元は特定できたのかね?」
眼帯を付けた幹部の問いに立花は不明と答え、白髪の幕僚長が口を開く。
「彼女が民間協力者であり、戦闘技能が少尉より低いとしても並の人間に劣るわけではない。
ならば必然的に犯人は限られる・・・怪人、魔導使い、魔女のどれかだ」
全員が頷き、幕僚長は続けた。
「魔女は魔導使いに好意的な立場を取っているので除外してもいいだろう。
次に怪人だが、優位な状況で止めを刺さずに撤退するのは考えにくい。
力を誇示するなら姿を隠す必要もあるまい。
であれば残された可能性は1つ・・・」
「8人目の魔導使いか・・・」
それまで沈黙を保っていた国防大臣の大熊が初めて発言した。
単に魔導使いが襲撃され、負傷したという話なら口を挟むつもりはなかった。
しかし、国連に所属しない新たな魔導使いの出現とあれば、これは政治的な問題である。
議論は8人目がどの国に属するかに移る。
右手右足をサイボーグにしている幹部が呟く。
「やはりあの忌まわしき三国が関与しているのでしょうか?」
彼のいう三国とは先の大戦で敵対した共産国家である。
日本は宣戦布告なしの一方的な開戦で国土を蹂躙され、多くの死傷者が出た。
国際法を踏みにじった共産国家への憎悪を抱く者は多く、彼らは国名を呼ぶことすら拒み、「三国」と表現している。
しかし、幕僚長は否定した。
「逆恨みもいいところだが、国際的地位を失った奴らは我らを憎んでいるだろう。
これが復讐ならば魔導使いを凄惨に殺してその一部始終を世界に配信するくらいはやるだろう」
そこまで言うと彼は大熊に目で訴える
これから発言することは議事録に載せられない重大事項だ。
言っていいのだな?
国防大臣は頷いて幕僚長に許可した。
この会議が始まる前に彼らは同一の結論に達していた。
よって、今から始まる論争は単なる茶番である。
「諸君、私は今回の襲撃に米国が関与していると考えている」
大熊と立花を除く全員がざわついた。
その中には同じ考えに至っていた者もいたが、それを幕僚長が公言したことに驚いていた。
「その根拠は?」
ざわつきが収まってから国防大臣が幕僚長に尋ねる。
「1つ目は襲撃者の出現位置が鹿児島ということです。
御存じの通り、我が国最大の在日米軍基地は沖縄であり、人と物資の往来もその規模に応じて膨大です。
そしてそれらの流通を完全に把握することは日米地位協定もあって不可能です。
彼らが手引きすれば検問をすり抜けての密入国は容易く、最新のステルスコートを装備していれば発見は難しいでしょう。
また、CIAがセーフハウスと移動手段を提供すれば人目に触れることなく短時間で北上も可能です。
2つ目は我が国と米国の同盟関係に揺らぎが生じていることでしょう。
先の大戦で我が国が先制攻撃を受けた時、彼らは『米軍基地に攻撃は受けていないので本国の指示を待つ』として動きませんでした。
結果として我が国が反撃に転じたのちに参戦しましたが、即時行動を拒否した事実は日本国民の怒りと失望を招きました。
戦後、世論の後押しを受けた政府は基地不要論をちらつかせて『思いやり予算』(在日米軍駐留経費負担)の減額を呑ませただけでなく、地位協定の改正を迫っています。
我が国を従属国と認識している彼らにとってこれは屈辱であり、力関係を思い知らせる為に事を起こしたとしても不思議はありません。
秘匿性が高く、個人にして最大の戦力である魔導使いを狙ったのは政府関係者への警告でしょう」
それっきり口を閉ざした幕僚長に対し、国防大臣は頷いて同意する。
「私もその可能性は高いと考えている。
現に襲撃の事実を知る者はこの場にいる我々と政府の一部だけだ。
限られた者への警告であるなら目的は達成されたと・・・言いたいところだが、これでは終わらんだろう。
真の狙いはもう1人の魔導使い、勝土騎 京子を敗北させることだろう」
幕僚たちは言葉には出さないが、拳を震わせ、奥歯を噛みしめて憤怒の感情に耐えていた。
幕僚長や国防大臣の予想が正しければ、我が国は2度目の裏切りを受けただけでなく、国防の要を害されようとしているのだ。
(まだ若いな・・・)
軍人たる者、いかなる時も冷静さを失ってはならない。
白髪の老将は幹部たちを未熟と断じつつも、烈火のような愛国心を持っていることに羨ましさを感じていた。
だが今回の案件は政治的問題でもあり、感情を排して冷徹に処理しなければならない。
そしてその決断は軍人ではなく、国民の代表である政治家が下すのだ。
それが民主主義国家というものだ。
再び老将は政治家に目配せした。
周知すべきことは終わった。
後はお前が締めろ。
大熊が手を上げて視線を集める。
「憤りの気持ちは理解できるが、これは政治的にも重大な問題である。
感情に任せた軽挙妄動は厳に慎んでほしい。
私は早急に総理と議論して幕僚長に結論を通達する」
「了解しました。
立花中尉、勝土騎少尉に襲撃に警戒するよう伝えておいてくれ。
それでは会議を終了する」
大熊や幹部たちが退席し、幕僚長と立花だけが残された。
「中尉、彼女はなぜ負けた?
忌憚のない意見を聞かせてくれ」
今日の天気を聞く程度の気軽さで老将は尋ねたが、立花は真剣な表情で答えた。
「火嘉瑠 明美の敗因は能力制御の未熟さです。
『炎』の威力は強大ですが、範囲指定が困難であり、市街地での使用は延焼の危険があります。
最悪、大火災を引き起こして死傷者が出ていたかもしれません。
彼女もそれを危惧して使用を躊躇ったのでしょう。
敗北したとはいえ、私は彼女を評価します。
今後は能力の鍛錬に本気で取り組んでくれるでしょう」
老将はそうかと言ったきり、眉間にしわを寄せて黙り込んだ。
立花はお節介とは思いつつも上官に意見具申した。
「ご心配なようでしたら、一度様子を見に行かれてはいかがでしょうか?
今は都内の病院で静養していますが、来週には九州に帰る予定です」
暗に今しか会えないぞと伝えるが、老人は首を縦に振らない。
「勘当した息子の子供だぞ。
今更どの面下げて会えというのだ?」
「祖父だと名乗る必要はありませんよ。
貴女を心配している人間がここにいると伝われば十分です。
それに彼女が民間協力者でいられるのは幕僚長の尽力があったからではないのですか?」
国家の最高戦力と位置付けられる魔導使いは、軍に所属して管理運営されるのが保有国の常識だ。
だが火嘉瑠 明美は民間人として一定の自由を得て生活を送っている。
それを可能としたのは高い地位にある人物が働きかけたことに他ならない。
火嘉瑠幕僚長は自嘲的な笑みを浮かべる。
「私的な感情で国防を歪ませるとは、愚か者の極みだな」
「ですが、そのおかげで救われた少女がいるのも事実です」
「もう1人の少女を犠牲にしてかね?」
火嘉瑠 明美が入隊を免除されているもう1つの理由は勝土騎 京子の存在だ。
彼女は求められる水準を全て満たし、軍からの信頼が非常に厚い。
京子がいる限り、能力が劣る火嘉瑠 明美は予備であり続け、民間人として日々を送ることができるのだ。
「彼女の担当官の君としては不快極まりないだろう?」
罪悪感に苛まれていた老人は恨み言の1つでもかけて欲しかった。
だが、立花は首を横に振った。
「もし私も同じ立場なら肉親を優先しないとは言い切れません。
しかし私は少尉の担当官である前に軍人なので感情を制御しますし、理不尽も受け入れます。
だから・・・」
立花 綾子は冷徹な表情で言い放つ。
「貴方は一生苦しんでください。
勝土騎 京子が闘い、傷つき、血を流しているおかげで火嘉瑠 明美は青春を謳歌できるのです。
その事実を胸に刻んで地獄に落ちてください」
余りにも遠慮のない物言いに老将はククッと笑みを零す。
立花は名案を思い付いたと言わんばかりに付け加えた。
「落ちるならついでに国防大臣も道連れにしてくれると助かります。
理不尽な要求にも限度がありますので」
幕僚長は堪え切れずに声を上げて笑った。
迎えに来た副幕僚長が廊下で飛び上がるほど、その笑い声は大きかった。