幕間
第4章はこれにて終了です。
次章は間隔を開けずに投稿する予定なので再開までお時間いただきます。
西暦2051年 7月31日 9時50分 東京都港区
南青山に位置する大熊美術館。
実業家「大熊 玉三郎」が生前収集していたコレクションを中心に展示が行われているこの美術館は、石畳、瓦屋根、日本庭園を兼ね備え、モダンながらも和風建築を融合させた奇跡の建造物として国内外に知られている。
その正面エントランスでは大熊 双葉が友人の到着を今か今かと待ちわびていた。
しかも約束の時間は10時だというのに30分前からエントランス付近を徘徊しているのだ。
彼女が館長の姪であり、且つ今日が休館日でなければ、不審者として警備員につまみ出されていただろう。
少し離れてその挙動不審を見つめる女性護衛官は心の中で苦笑いを浮かべていた。
少女は白いカーディガンにフリルのついたピンクのスカート、レースの靴下に厚底のスニーカーで可愛さを強調する服装だった。
普段の格好を知っている護衛官から見れば、今日の双葉は意中の相手と会うかの如く気合が入っていた。
9時53分、2台の護衛車に挟まれた高級車がエントランス前に到着し、スーツ姿の女性が後部ドアを開けると、坂東 麗華が優雅に地面に降り立った。
令嬢は美しいシルエットの空色のワンピースに、素足にヒールのサンダルで大人っぽさを強調した服装だった。
自信に溢れた視線を前方に向けると、幼馴染の双葉が駆け寄って来るのが見える。
両者の護衛は見慣れた光景として動かなかった。
「いらっしゃい、麗華ちゃん!
今日も素敵な格好だね!」
自らにないものを全て持っている友人に対して、双葉は劣等感を抱く時期もあったが、今は尊敬の対象として心から称賛できる。
「ごきげんよう、双葉さん。
貴女もいつも以上に素敵ですわね」
微笑んで偽りない言葉を返すと双葉も嬉しそうな表情をする。
麗華は周りを見回すと双葉に尋ねた。
「ところで、京子さんはまだ来ていないのですか?」
「うん、まだ見てない・・・・あれ、違うかな?」
双葉が指差した先には足早にこちらに向かう人影があった。
それが京子だとはっきり分かった時、2人は目が奪われ声が出なかった。
少女は黒のジャケットに白いシャツ、青のスラっとしたデニムに黒いパンプスを履いている。
シンプルなそれは中性的な顔立ちと均整の取れたスタイルを最大限生かした服装だった。
「すみません、お待たせしましたか?」
京子が謝罪の言葉を口にすると、2人は正気に戻り、首を横に振る。
「いいえ、私も今来たところなのでちょうど良かったですわ。
そうですよね、双葉さん?」
「う、うん、そうだよ!」
2人の見る目がいつもと違うことを察した京子は恥ずかしそうに尋ねた。
「あの・・・私の格好、変でしょうか?
事実街中で何人かに声を掛けられて遅れてしまったわけですが・・・」
不安そうに語る少女の顔も良いなと思った2人だが、全力でその問いを否定する。
「そんなことありませんわ!
京子さんにとてもお似合いですよ!」
「そうです!
カッコよすぎて驚いちゃったんですよ!」
詰め寄る2人にのけ反る京子だったが、今日の服装を見繕ってくれた立花に心の中で感謝した。
「ありがとうございます。
御二人も素敵な装いですね。
麗華さん、大熊さん、今日はよろしくお願いします」
美しい角度のお辞儀で護衛たちの見る目も変わったが、双葉は気付くことなくかねてから秘めていた願望を伝える。
「あの勝土騎さん、これも何かの縁ですから、私のことはこれから双葉と呼んでもらえませんか?」
京子もクラスには当初より馴染んだが、長身で無口なことから意図せず威圧感を放ち、下の名前で呼ぶことが出来るのは未だ麗華だけであった。
よって、同年代との距離の詰め方が分からない少女にとって双葉の提案は渡りに船だった。
「分かりました双葉さん、では私のことも京子と呼んでください」
友達が1人増えたと内心喜んだ京子は自然と笑顔になって双葉に言葉を返した。
「はうっ!?」
微笑みと違う推しの本物の笑顔を食らった双葉は尊すぎてそれ以上何も言えなかった。
双葉の悪癖を知っている麗華はまた始まったなと呆れ、わざと咳払いをして彼女を現実に引き戻す。
「さて、揃ったところですし双葉さん、案内をお願いします」
「あっ、はい! こちらにどうぞ!」
美術館と言えば絵画や陶器を連想させるが、ここ大熊では木工、金工、武具、書物など幅広い分野の美術品が収蔵されている。
玉三郎が手当たり次第に骨董を収集した結果と言えばそれだけなのだが、おかげで今日の我々が偉大な先人たちの足跡を辿ることができるのだ。
よって、大熊美術館の方針は創始者に倣って、分野に囚われず希少品を展示することに重きを置いている。
そんな常設展を鑑賞しつつ、一行は特別展示室のある2階に向かった。
「・・・・・すごい」
誰が呟いたかは分からないが、階段の先は別世界だった。
そこには見たこともない希少な鉱石が彼女たちを出迎えた。
夏の夕暮れを閉じ込めたような『サンセットファイヤーオパール』、柱状の結晶がウニのように密集している『スコレス沸石』、光源の種類によって色が変わる『アレキサンドライト』、鮮やかな光彩や奇妙な形状を誇る鉱石の中で、京子が特に目を奪われたものがあった。
「こ・・・これは!」
それは煌びやかな鉱石の中ではあまりにも地味だった。
しかし比べ物にならないくらい希少だった。
『ロンズデーライト』またの名を『六方晶ダイヤモンド』
遥か彼方の星の欠片が地球に飛来し、それは隕石として大地に突き刺さる。
その衝突の熱と圧力で生み出されるのがダイヤモンドを超えた硬度、ロンズデーライトなのだ。
「隕石ですか・・・でもロンズデーライトはどこにあるか分かりませんね」
麗華は首を傾げながら呟くが無理もない。
その物質は顕微鏡でなければ肉眼で捉えられないのだ。
だが京子には明確にその存在が分かった。
なぜなら、マンドレイク戦の後から鉱石が辿ってきた歴史を断片的だが脳裏に再生できるようになったからだ。
―『何十億年も前、今日も宇宙で星々が生まれ、死んでいく。
これも惑星同士の衝突で発生したありふれた星屑だった。
星屑は他の星屑と衝突を繰り返して形を変え、進路を変える。
その長い旅路の果て、星屑は一筋の流れ星となって地球の一部となったのだ』―
「~~~さん! 京子さん!!」
麗華に揺さぶられて京子はハッと我に返った。
どうやら石の記憶に没入していたようだ。
心配そうにこちらを見る麗華になんでもないと返す。
「すみません、あまりに珍しくて見とれていました」
「麗華ちゃんから聞きましたが、京子さんは本当に鉱石がお好きなんですね」
呑気に笑う双葉に相槌を打って、京子はその場を後にする。
それからは麗華が貸し切ったレストランで食事を済ませ、解散の運びとなった。
麗華たちが車で送ると言ってくれたが、京子は適当な理由を付けて固辞した。
帰り道、少女は隕石の記憶を思い出していた。
張り詰めた顔をしていたせいか、今朝のようにモデルや芸能スカウトに声をかけられることはなかった。
―『昏い闇の世界を星屑は進んでいた。
突如、背後から光の球体が複数迫り、星屑を一瞬で追い越す。
それらは強大な力と叡智を感じさせ、星屑と同じ方向に飛んで行った』―
これは単なる石の記憶だ。
だが、京子は光の球体の1つが頭から離れない。
それは遠い昔、少女を厄災から救ったあの人と感覚が似ていたからだ。
ならば人類に『魔女』と恐れられる存在は、遥か彼方から地球に来訪したことになる。
・・・・・・・・・・だからどうしたのだ。
相手が人外なのはいつものことだ。
超えると決めた、倒すと決めた。
つまり今までと何も変わらない。
だから私は絶望しない。
それが私の夢だから。
京子は拳を握り締めて歩き出す。
揺るがない決意と希望を胸に秘めて。