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魔導の果てを見よ  作者: Tom & Wood
第4章 毒花の叫び
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第5話

お待たせしました。

次の幕間をもって第4章は終了となります。


「行くぞ、魔導使い!」


マンドレイクが両腕を振るうと、10本の(つる)の鞭が京子に迫った。

鞭はそれぞれが指の如く自由に動き、回避が困難なそれは少女の体を削り取っていく。


「まだまだ、こんなものでは終わらないわよ!」


怪人は出し惜しみせず全力で敵を葬る為、さらに蔓を魔導使いの両腕に(から)みつかせた。

少女は振り払おうとしたが(とげ)が腕に食い込み、身動きが取れない。


「滅多刺しにしてやるわ!」


動けない京子に近づいた怪人は背中に生えた4対の枝を連続で突き出す。

少女は咄嗟(とっさ)に急所にのみ砂の防壁を展開した。

なぜなら面積と厚みを考えると、他の部位は捨てざるを得なかったからだ。

槍のように尖った先端が無防備な箇所に襲い掛かり、穴を穿(うが)っていく。

手足からはとめどなく血が流れ、地面に深紅(しんく)の水たまりが出来上がる。


「ぐっ・・・」


波のように押し寄せる苦痛に顔を歪めながらも少女は耐えて反撃の糸口を探す。

だが、マンドレイクは(とど)めと言わんばかりに京子の眼前に迫まると、防壁に口を寄せ、(おぞ)ましい金切り声を上げた。

砂の防壁が耐え切れずに分解され、顔面に衝撃が走る。


京子の世界から音が消えた。


バイザーが砕け、鼓膜(こまく)は破れ、目鼻口から血が噴き出て全身が痙攣(けいれん)する。


「いいざまね・・・」


愉悦(ゆえつ)(ひた)った怪人は力なく(こうべ)を垂れた少女をゴミのように放り投げる。

うつ伏せで血だまりに沈む京子だったが、目だけはその闘志を失っていなかった。

それがマンドレイクにはたまらなく不愉快であった。


「その目を(えぐ)り取ってやる!」


怒りのあまり不用意に近づいた怪人に対し、少女は左大腿(だいたい)のポーチからアメジストクラスターを取り出して顔面に投げつけた。

紫色の群晶は京子の魔力に反応して爆発四散する。

白煙の中から現れたのは片腕を吹き飛ばされたマンドレイクであり、その断面は植物の(くき)と同じであった。


「起死回生の一発だった?

でも残念、この通りよ」


怪人は見る間に腕を再生させて無駄な攻撃だと嘲笑(ちょうしょう)する。

だが、京子も地面に伝わる振動を感じて笑みを浮かべた。

その顔を挑発と受け取ったマンドレイクは少女を根の足で踏みつける。


「このままお前の体液を吸い尽くしてやるわ!」


怪人が足を上げて根を突き刺そうとした時、背後の隔壁(かくへき)が急速に開く音がした。

その先から2台の大型トラックが現れ、ハイビームでマンドレイクの目を(くら)ませる。


「なんだ・・・どぉ!?」


言い終わらぬうちに怪人は100kgを優に超えるサイボーグ兵士のタックルを受けて吹き飛んでいた。


「手ひどくやられたな、少尉」


大薙(おおなぎ)が京子に話しかけるが、鼓膜が破れている彼女には聞こえない。

少女は読唇術も習得しているが、ヘルメットで表情が見えない大薙に体内通信で呼びかけた。


(すみません大尉、鼓膜をやられているので体内通信でお願いします)


(むっ、そうか。 

見ての通り、お望みのものは用意したぞ)


大薙は薄紅色の岩塩を満載に積んだトラックを指差した。


「き・・・貴様らぁ!!

あと一歩のところを邪魔しやがって!」


怒りの形相(ぎょうそう)で立ち上がったマンドレイクを前にして、サイボーグ兵士たちが対物ライフルを構える。


(立てるか、少尉?)


大薙が手を貸そうとしたが、京子はそれを断る。

全身は血だらけで魔装も半壊しているが、少女は自力で立ち上がった。

そして両手を合わせ、瞳を閉じて集中する。


トラックに積まれている岩塩群が浮き上がり、砕ける。

塩は魔導使いの背後で無数の手を形成していく。


それはまるで千手観音の様であった。


京子の異様な姿に驚愕(きょうがく)した怪人は声が出ない。

少女は瞳をゆっくりと開け、マンドレイクに聞こえるよう()えて声に出した。


「大尉、始めましょう」


「了解、射撃開始!」


兵士たちが対物ライフルをマンドレイクに斉射する。

命中した部位が吹き飛ぶが、再生に自信がある怪人は余裕を崩さない。

だがそこに薄紅色の千手の突きが襲い掛かった。


「こんなもの!」


すかさず(つる)で塩の腕を迎撃するが、両断したところで瞬時に復元してしまう。

それだけならまだ防ぎきれたが、絶え間ない銃撃が怪人の体勢を崩す。

その隙を狙って塩の突きがマンドレイクの傷口を貫いた。


「ん・・・・?」


しかし、痛みも衝撃も感じない。

あるのは少々の違和感だけ。

だが気にするほどのものではない。


「ただのコケおどしのようね!」


マンドレイクはブラフと判断し、銃撃を続ける兵士たちを先に始末すると決めた。

息を吸い込み、金切り声で全滅させるつもりである。

だが口から出たのは通常の半分にも満たない叫び声だった。


「声が・・・出ない!?」


気が付くと(のど)が、体がひどく(かわ)きを訴えていた。

また塩の突きが傷口に刺さる。


「うっ!」


怪人は違和感の正体を確信した。

塩の突きが傷口を貫くと同時に周辺の水分が奪われていたのだ。


それは「浸透圧(しんとうあつ)」を利用した攻撃だった。


生物の細胞は細胞膜という半透膜で(おお)われており、内側と外側は体液で満たされている。

傷口の表面についた体液中の水分が塩と溶けて濃い食塩水ができるため、細胞の内側と外側が同じ濃度にしようと、内側から水分が出てくる。

通常なら浸透には時間を要するが、マンドレイクは再生速度を上げるために細胞を活性化させていたので急激な脱水が発生したのだ。


そしてマンドレイクもこの理屈に気付いた。

だが再生をやめれば肉体が銃撃で粉砕され、維持すれば塩の手に水分を奪われる。

渇きは眩暈(めまい)に、眩暈は頭痛に、頭痛は吐き気に変わる。


「チクショウがぁぁぁぁぁぁあああ!!!」


完全に()んだことを悟り、怪人は()えるしかなかった。


防人が全弾を撃ち尽くした頃には、地面に倒れ伏した怪人がいた。

深緑だった皮膚は枯葉(かれは)色に変色し、肉体も骨ばって老人のように変わり果てていた。

合掌を解いた京子は冷徹な眼でマンドレイクを見下ろし、大薙に指示した。


(大尉、仕上げをお願いします)


(うなず)いた大薙は火炎放射器を背負った隊員に命令する。


「焼き払え」


火線がまっすぐ怪人に伸び、その身を包む。

乾燥した枯葉はよく燃えた。


「があああああああああああああああ!!」


肉体を焼かれる痛み、臭い、音、マンドレイクは断末魔の叫びを上げる。

その時、沈黙を保っていた骸の薔薇(スカルローズ)が動いた。

車体は京子たちを見回すように大きく旋回し、怪人の目の前で止まる。

そして髑髏(どくろ)から発せられた声はあの男のものだった。


「(マンドレイク、敗北したか。

お前は僕の傑作(けっさく)だったけど、まぁ相手が悪かったよね)」


声の主は京子に聞こえるよう体内通信にまで割り込んできた。


「あぁ・・・は・・か・・せ・・・」


全身が炭化して呼吸もままならないのに、女は愛しい男の名を呼ぶ。


「(お前はよくやった。

魔導使いをここまで追い込んだんだ、(あるじ)として誇らしいよ。

だからもう休んでいいんだよ)」


その声は子供に語り掛けるように優しい。


「は・・か・・せ・・・・ぁ・・い・・し・・て・・ま・・す」


「(僕も愛してるよ、マンドレイク、おやすみなさい)」


()れ果てた体から、瞳から、一筋の光が流れ落ちた。


「お・・や・・・す・・・・み・・・・・な・・・・・・さ・・・・・・・ぃ」


そして輝きは永遠に失われ、怪人は灰へ(かえ)った。

しばしの沈黙が流れ、骸の薔薇(スカルローズ)が京子たちに車体を向けた。


「(魔導使い殿、今回も楽しませてもらったよ。

君は僕の予想をいつも上回ってくれるね! 実に素晴らしい!!)」


男は何事もなかったのように少女を称賛(しょうさん)する。

(つと)めて明るく振舞っているのではなく、心の底から楽しそうに語るのだ。


「この異常者が・・・」


大薙は侮蔑(ぶべつ)の視線を向けたが、博士の眼中には京子しか映ってなかった。

だから狂人は構わず話し続ける。


「(さて、名残惜しいがそろそろお別れだ。

なんせ僕は多忙なんでね!

あぁ骸の薔薇(スカルローズ)のことなら心配しなくていいよ。

マンドレイクが死ねば自壊するように設定しているからね)」


博士の言葉通り、骸の薔薇(スカルローズ)の表面が見る間に赤錆(あかさび)で覆われていく。

まるで数十年が()ったかのように。


「(さらばだ、魔導使い殿!

次の戦場でまた会おう!)」


博士の通信が終わると骸の薔薇(スカルローズ)(さび)(かたまり)と成り果て、髑髏(どくろ)は崩れ去った。


「(対象の排除を確認、作戦は成功です)」


立花の勝利宣言で緊張の糸が切れた京子は前のめりに倒れようとするが、大薙が素早く支える。


(少尉、よくやった。 我々の勝ちだ)


意識が朦朧(もうろう)としている京子は軍人ではなく少女として大薙に(たず)ねる。


(大薙さん、父は今の私を誇りに思うでしょうか?)


大薙は迷うことなく答える。


(ああ、軍人としての京介(きょうすけ)なら誇りに思うだろうな。

だが・・・)


(だが?)


(国防の為とはいえ、自分の娘が毎度深手を負うのは心配でたまらんだろうな)


(この戦い方を教えてくれたのは大薙さんですよ?)


(だからだよ。 あの世で京介に会ったらまず殴られるだろうな)


生身の父がサイボーグ兵士を殴り飛ばしている所を想像すると自然と笑いが出た。

安心すると急激な睡魔(すいま)に襲われ、少女はそのまま目を閉じた。


(ナノマシンによる生命維持システムが働いたか・・・)


京子が眠りについたことを確認すると、大薙は少女を抱えて立花に通信を入れる。


(立花、救護班を寄越(よこ)してくれ)


(既に手配済みです。 後3分で到着します)


大薙はどこまでも続く先の見えないトンネルを見ながら呟いた。


(なぁ立花、この()の行く先は明るいと思うか?)


バイザーに映った立花は一瞬迷った素振りを見せたが、すぐに強い意志を持った目で彼を見た。


(京子さんの選んだ道は修羅の道です。

その道は決して平坦(へいたん)ではなく、奈落に通じているかもしれません。

ですが、どこに向かおうと道を踏み外さないように支えるのが私の役目です)


(そうか・・・俺も最低限、街灯程度には道を照らせるようにならんとな)


少女の戦士としての師であり、父の友である男は新たな目標を胸に刻んだ。


この日、警察関係者を含めて死者82人、重軽傷者257人の被害が確認された。

県庁を爆破し、多くの死傷者を出したこの出来事は、怪人が主導した最大のテロ事件として後々まで語られ、怪人対策法の転換点となった。


マンドレイク 第二形態 イメージ


挿絵(By みてみん)


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