第4話
西暦2051年 7月15日 16時27分 緊急走路空間
「立花さん、トンネル内の隔壁を閉鎖してください!
それと――――――」
敵の動揺を誘う為、斜路を下りながら京子はわざと怪人に聞こえるように叫び、重要な部分は体内通信で立花に伝えた。
(了解しました。
大尉にはそのように指示します)
斜路を下りきるとトンネル前後の厚い隔壁が閉鎖されつつあり、逃げ場は無くなった。
マンドレイクは逃走を諦め、骸の薔薇から降車する。
京子も韋駄天から降りて怪人に相対する。
「うまく私を追い込んだつもりかしら?
でも残念、こうなることは私も望んでいたことよ」
臆することなく発した言葉に嘘はない。
女は続ける。
「初めまして、魔導使い。
私の名はマンドレイク、あの御方に創られた者よ」
胸元の「02」の入れ墨を見てやはりそうかと京子は確信した。
「貴女は博士によって2番目に創られた怪人ということ?」
怪人は一瞬憎悪の目を向けてきたが、京子の質問に答える。
「お前ごとき小娘があの御方の名を呼ぶのは心底不愉快だが、間違いないわ」
マンドレイクは手に持つ鞭を投げ捨て、近接戦の構えを取った。
「私はお前を葬り去る機会をずっと待っていたの。
だからこんな玩具じゃなく、この手で直にお前の息の根を止めてやるわ。
あの御方の理想の為に死ね、魔導使い!」
常人なら姿が消えたと思うほどの速度で怪人は京子に殴りかかった。
だが少女にはその動きが鮮明に見えていた。
右ストレートに対し、半身で懐に入り敵の左手首を掴む。
その手首を伸ばして敵のバランスを崩し、足を踏み込みながら180度回ると敵の左肘が上がる状態となる。
そこに剣のように掴んだ両手を振り下ろすと敵の肘が可動の限界を超えて破壊される。
―「四方投げ」と呼ばれる武術の技だ―
しかし、怪人は咄嗟にバク宙をすることで投げの威力を無効化し、拘束を振り払った。
怪人の持つ驚異的な反応速度で強引に対応してみせたのだ。
「初撃から壊しに来るなんて本当に正義の味方なのかしら?
だが私をその辺の木っ端怪人と一緒にしないことね」
「そのようだな・・・」
怪人であっても人の姿なら投げによる関節破壊は有効な手段だ。
だが敵が異常な速度で対応できるなら話は変わってくる。
投げ技の動作中は防御ができず、仕掛け側が不利になるからだ。
よって京子は打撃を中心とする戦闘スタイルに切り替える。
魔導使いは能力で砂嵐を発生させて怪人の視界を塞ぐ。
そして音もなく敵の右横に移動し、脇腹に正拳突きを放った。
「甘い!」
だが突きが達する前に左手で受け止められ、マンドレイクの左ひざが京子の腹部に突き刺さる。
肺の酸素が追い出されて崩れ落ちそうになるが、気力で耐えて怪人の頭を掴み、頭突きを叩きこんだ。
「ぐっ! 小娘がぁ!」
マンドレイクは一瞬怯んだが、すぐに殴り返す。
京子は受け流して蹴りを見舞うが、怪人は腕で防ぐ。
風を切り裂き、重い打撃音が空間を震わせる。
後には痣が増え、鮮血が飛び散る。
この暴力の応酬は拮抗しているように見えたが、実際は京子が有利だった。
生まれ持った剛力を振り回す怪人に対して鍛えた技術と膂力で対抗する少女。
マンドレイクの拳や脚が1発当たると京子は3発当て返した。
強靭な肉体を持つ怪人でもダメージが積み重なれば疲弊する。
不利を悟った怪人は次なる手段として手刀で魔導使いを切り裂こうとする。
嫌な予感を覚えた京子は咄嗟に避けたが、完全に躱すことができず僅かに傷を負った。
途端に視界が歪み、足取りがおぼつかなくなる。
「少尉、気を確かに!」
立花の呼びかけに答える余裕が京子には無かった。
「ぐっ・・・毒か」
「そう、毒花の名を持つ私が体内で精製した神経毒よ。
直に呼吸困難になって死に至ることになる。
産まれてきたことを後悔しながら死になさい!」
迫りくる怪人に対し、京子が選択したのは防御、腕を交差し、身を屈める。
マンドレイクの苛烈な攻撃が始まった。
一方的に殴られ、蹴られ、まさにサンドバック状態だ。
それでも少女はひたすら耐える。
「これで終わりよ!」
腹部に前蹴りが入り、トンネルの壁面に京子は叩きつけられた。
全身打撲、あばらも数本折れ、満身創痍の状態だ。
だが少女は立ち上がり、怪人を激高させる。
「この死に損ないが!」
今度こそ息の根を止めてやろうと右腕を大きく振りかぶり、顔面を潰そうとする。
しかし拳が最高速度に達する前に京子が突如飛び出してその手を掴む。
「な・・・に・・・!?」
驚愕は一瞬だった。
なぜならマンドレイクの腹部に京子の右腕がめり込んでいたからだ。
予期せぬ一撃に後退を余儀なくされた怪人は呻きながら魔導使いに問う。
「なぜだ・・・なぜ効かない?
私の毒はナノマシンでも無効化できないはずだ!」
少女は俯きながら答える。
「確かに即効性の猛毒はナノマシンが解毒剤を生成する前に全身に回って死ぬ。
でも・・・・貴女は勘違いしている」
京子はゆっくりと顔をあげる。
「私はこの国に2人しかいない魔導使いの1人だ。
この程度の毒、耐えられるように訓練しているのは当然だろう?」
京子は今までの血反吐を吐くような訓練を思い出し、拳を強く握りしめる。
ナノマシンによるアドレナリンの興奮作用のせいか、強敵を前に滾っているのか、それは分からない。
確かなことは、魔導使いの口角は吊り上がっており、まるで悪鬼が笑っているようだった。
「私を舐めるな、怪人」
敵の恐ろしい表情にマンドレイクは全身に寒気が走ったが、それを認めるのは彼女にとって敗北を認めることと同義だった。
だから恐怖を殺意で無理やり塗りつぶして攻撃を仕掛ける。
「き、傷だらけで虚勢を張るのは止めろ!
今すぐ全身の骨を砕いてやる!」
怪人はがむしゃらに殴る、蹴る。
しかしその全てが捌かれ、躱される。
そして魔導使いが絶望の一言を告げる。
「貴女の攻撃はもう当たらない」
先ほど防御に徹していた時、京子はただ殴られていたわけではなかった。
怪人の一挙手一投足に注視し、攻撃の癖を見抜いていたのだ。
動揺したマンドレイクの動きが一瞬止まる。
その瞬間に少女は渾身の回し蹴りを敵の顔面に叩きこんだ。
「ぶ、ぐぅ!?」
マンドレイクはコマのように回転しながら吹き飛び、受け身を取れずに顔から地面に落下した。
敵はうつ伏せで動かないが、この程度で死ぬとは思っていない京子は構えを崩さない。
暫くすると怪人はゆらりと立ち上がった。
髪は解け、鼻と口から血を流している様は幽鬼のようであった。
「認めるわ、魔導使い・・・お前は強い。
あの御方が入れ込むのも無理はない。
だが!」
女の瞳に炎が宿る。
「それでも私は負けられない!
だから私は私の全てを賭けてお前を殺す!」
女の皮膚が深緑に染まる。
腰を中心に紫の花が咲き、下半身は葉で覆われ、脚は大樹の根のように広がっている。
指は棘付きの蔓と変化し、腕が鞭そのものとなる。
そして背中からは蜘蛛の足の如く4対の枝が突き出ていた。
それは正真正銘の化け物だった。
「この醜い姿を晒すのはお前が最初で最後よ。
行くぞ、魔導使い!」