幕間
西暦2051年 4月12日 12時05分 帝都女学院
勝土騎 京子と坂東 麗華は昼休みに入ると足早に屋上に向かう。
長身で体格が良く目を引く京子と学園一の美貌を持つ麗華の組み合わせは見る者を圧倒し、自然と道を開けてしまう風格があった。
本人たちは一刻も早く人目を避けたいと思っていたが、深刻な表情と相まって更に注目を浴びてしまう。
京子の要求により、教員から借りた鍵で普段は出入りできない屋上に出て施錠する。
2人は視線から解放された安堵感から息を吐いた。
事の発端は3日前に遡る。
京子の治療が終了して学院に登校した朝、今まで以上の視線を彼女は周囲から感じた。
敵意ではないようだが、身に覚えがないので不思議に思いながら教室の扉を開く。
そこにはクラスメイトに取り囲まれ、質問攻めにあっている麗華がいた。
彼女たちは京子の姿を見ると麗華から離れ、目を輝かせながら京子に群がった。
聞けば“京子が暴漢から麗華を身を呈して守り、負傷して学院を休んでいた”という噂だった。
京子は適当に話をはぐらかしてその場をやり過ごしたが、噂は学院中に広まっているようで、真偽を確かめる為に所構わず話しかけられる有様だった。
それは麗華も同様で、食堂すら安息の場ではなくなった2人は、せめて昼休みだけでも追求を逃れようと屋上に直行したのだ。
「はぁ、やっと静かになりましたわね。
一体どうなっているのでしょうか?」
ため息をつく麗華に京子は申し訳なさそうに話す。
「おそらくこれは軍が流したカバーストーリーです。
私達があの事件後、2人揃って学院を休んだので、関連付けられる前に
偽の情報を流したのでしょう」
京子の推測に麗華はまだ納得がいかないようだ。
「確かに暴漢に襲われて助けられたという事実は間違っていませんわ。
でもそれなら事故で扱った方が関りを持たれないのでは?」
「人が負傷するような事故なら第3者による目撃情報が必要になり、出所を探られる可能性があります。
事件であれば、捜査に支障が出るという大義名分で情報を意図的に制限することができます。
それにあの事件は『怪獣』の駆除という結果を報道させているのであって、過程の『怪人』は伏せられています。
だから暴漢と怪獣を結び付ける人はいないと思います」
麗華はようやく得心がいったようだ。
「なるほど、理解できました。
京子さんはこの噂を軍が流したと何故分かったんですか?」
「表面的な情報を流して真実を隠す方法はプロパガンダでよく用いられる手法です。
すみません、私のせいで貴女に迷惑をかけてしまいました」
頭を下げる京子に麗華は慌てて否定する。
「そんなことはありませんわ!
元はと言えば私が貴女の後を付いていったのが原因です。
本来なら護衛が殺された後、私は攫われていたでしょう。
だから京子さんがあの場にいてくれたお陰で私は難を逃れたのです。
ご迷惑をおかけしたのは私の方ですわ!」
京子の両手を持ちながら力説する麗華に彼女は押され、返答に困ったので話題を逸らす為にとりあえず昼食を済ませようと提案する。
目的を完全に忘れて白熱していた麗華は赤面し、小さく「はい」と答えると、2人は近くのベンチに腰掛けた。
麗華は風呂敷から螺鈿と蒔絵があしらわれた黒漆の弁当箱を取り出し、蓋を開く。
中身は彩り豊かな季節の食材が使われ、入れ物に引けを取らない品目となっていた。
一方、京子がビニール袋から取り出したのはブロックタイプのバランス栄養食であった。
麗華が目を見開くのを横目に京子は封を開けて栄養食を口に入れようとするが、寸前で麗華がそれを制した。
「あの京子さん・・・もしかして貴女のお昼はそれだけですの?」
信じられないと言わんばかりの口調で尋ねた麗華に京子は平然と答える。
「そうですよ、私は単純な料理しかできないので学食がなければこんなものです。
麗華さんのお弁当は素敵ですね、ご自身で作られたのですか?」
「これは使用人に作っていただいて・・・いえ、そんなことよりも!
京子さんはそれで満足できるんですか?」
京子は麗華の言っている意味が分からず、不思議そうに答える。
「必要なカロリーは摂取できているので問題ないと思いますが・・・」
そういう意味ではないと麗華は声を大にして言いたかったが、京子が不満を抱いてない以上、ケチをつけることはできない。
だが、国の英雄である京子が身分相応の物を食べていないということに麗華は我慢できなかった。
完全なエゴだが、憧れの人には良い食生活を送ってもらいたいのだ。
明晰な頭脳を回転させた麗華は京子にある提案をした。
「京子さん、1つ提案があるのですが・・・。
この騒動が収まるまで貴女の昼食を私に用意させていただけませんか?」
京子は当然固辞しようとするが、麗華は逃げ道を塞いでいく。
「京子さん、貴女が私を許しても、私は自分を許すことができません。
勝手ですが、私に償いをさせてもらいたいのです。
どうか私の為だと思って召し上がってください」
京子はしばらく黙っていたが、麗華の強い意志を酌んだ。
「分かりました。
麗華さんの負担のない範囲でお願いします」
京子の承諾を得た麗華は早速とばかりに弁当箱の中からだし巻き卵を1つ箸でつまみ、京子に差し出した。
京子は口元に差し出された箸に戸惑った。
「・・・・明日からではないのですか?」
「いいえ、今から償いは始まっているのです。
それに使用人に味の好みを伝えなければいけません。
さぁ、どうぞお食べ下さい」
気持ちを酌んだ以上、断ることは失礼だと思った京子は観念して口を開いた。
麗華は内心、喜々として京子の口に出し巻き卵を運ぶ。
ゆっくりと咀嚼し、飲み込む様子を彼女はうっとりと見つめた。
「とても美味しいです。
任務上、全国各地の基地で食事をすることもありますが、こんなに美味しい卵焼きは初めて食べました」
普段の微笑みとは違う無邪気な顔で笑う京子に麗華は胸を打たれた。
そして自分が食べることも忘れ、京子におかずを差し出し続けた。
食事が終わり、一息ついたところで、麗華が京子に尋ねた。
「京子さん、貴女はなぜそんなに痛い思いをしてまで頑張れるのですか?
愛国心からでしょうか?」
京子は空を見上げて語りだした。
「私には亡き父から託された言葉があります。
それは『昨日までの自分を超える』ことです。
だから怪人や怪獣と戦い続け、いずれは魔女を超えることが私の夢なのです」
麗華は京子の夢の大きさに圧倒されつつも、少しでも手伝うことができたらと思った。
「京子さんらしい夢ですね。
私もバンドウ・メディカルケアの一員としてだけでなく、
1人の友人として貴女の夢のサポートをさせていただきますわ」
2人が見上げた先には雲一つない空が広がっていた。