第2話
恐る恐る目を開けると巨大な鉄骨が目の前で静止しており、声の持ち主が払いのけるように手を振ると鉄骨が軽々と吹き飛んでいった。
その人は京子が今まで見た中で最も美しかった。
腰まで伸びた満月の如く輝く金色の髪、切れ長の蒼い瞳は端正な顔立ちと合わせると妖艶さを醸し出す。
ラピスラズリのような深い青色のドレスの裾には輝くビジューがあしらわれ、長身の彼女が身に纏うと1枚の絵画のようだった。
「立ちなさい」
有無を言わせない、魂に命令するような声が響いた。
京子は立ち上がろうとするが魔力切れのせいで上手く起き上がれない。
「あぁ、魔力欠乏してるのね。
それは失礼、これで立てるかしら?」
美女が少女の額に手をかざすと、京子の中に魔力が満たされ活力が生まれた。
すぐに立ち上がり、恩人にお礼を言う。
「礼儀を弁えてる子ね、気に入ったわ。
さて・・・・」
女性は柔らかい態度から一変し、真剣な表情で京子を見つめて語る。
「貴女は『土』をつかさどる者として選ばれました。
我々は貴女を歓迎し、祝福します」
掌を少女の頭にのせて世界に高らかに宣言する。
「これなる者は母に認められし正しき心を持つ者なり!
天よ、地よ、この者の生き様を御照覧あれ!
そして汝、神羅万象を学び、魔導の果てを見よ!」
京子は一言、「はい」と答え、強く頷いた。
美女は柔らかい表情に戻り、少女の目線までかがんだ。
「貴女が私達の領域に辿り着く日を待っているわ」
その時、美女は何かを感じ取ったのか、立ち上がり空を睨んだ。
「雛が産まれた記念すべき日に無粋な真似を」
不快げにつぶやくと美女はその場から去ろうとしたが、京子が名前を尋ねると振り向かずに答えた。
「古来より、人は私達を『魔女』と呼んで恐れていた。
そして私は仲間から『重力』という名で親しまれている。
だから『重力の魔女』と私は名乗っているわ」
魔女は音もなくその場から姿を消した。
この数分後、『魔女』達は三国から放たれた数百の核ミサイルを全て無力化し、世界の終焉を防いだ。
京子がそれを知るのはまだ先の話である。
西暦2051年 4月10日 20時25分 東京都新宿区
記録を読みながら、立花は『魔女』と呼ばれる人型生命体について考察していた。
これまでに3人の存在が確認されており、それぞれが『雷』、『常闇』、『重力』と名乗っている。
その名の通り、現代の技術では再現できない超常の能力を行使し、まるで物語の『魔法』のような光景を作り出す。
容姿はいずれも恐ろしいほどに整っており、実年齢は不明である。
出現条件も不明だが、核戦力が行使された時と『魔導使い』が誕生した時に姿が確認されている。
前者の場合、核戦力を無効化するだけでなく、発射施設まで破壊する行動を取り、対象の国に対し、敵対的な態度を示して警告を発する。
後者の場合、魔導使いに接触し、祝福を授けるという行動を取る。
『魔女』にとって下位互換に過ぎない『魔導使い』に対し、友好的な態度を崩さない点から何かしらの利益を見込んでの行為だと予想される。
その『魔導使い』だが、7人という数字と所属国家だけが国連に報告されている。
魔女の登場により核抑止力という構想は破綻し、保有すら疑問視されるようになった今、その代替となりうる戦力と有力視されたのが魔導使いである。
よって、個人と魔導使いを結び付ける情報を秘匿し、優位性を確保しようとした結果が人数と所属のみの開示となった。
内訳は日本に2人、米国に3人、欧州に2人。
例外は米国であり、魔導使いを治安維持や災害救助等に投入し、メディアを通して英雄的活動を宣伝している。
能力発現の共通点は、絶望的な状況下においても他者を思いやる心を失わない人格を保持していることである。
字面にすると陳腐な条件かもしれないが、人間の本性が最も出る瞬間は過酷な状況に陥った時だ。
普段聖人のように振舞っている人間が危機的状況では他人を押しのけて自分だけ助かろうと豹変することも珍しくない。
よって人格形成が未熟な子供が前述の条件を満たすのは奇跡と言えるだろう。
研究者の一部には『高潔な精神』や『勇者の証』を持つ者が選ばれるのだと唱える者もいる。
続いて開花した能力についてだが、今日の研究では拡大が可能と結論付けられた。
その証拠に京子は当初、コンクリートしか操作できなかったが、現在では土・岩・砂・鉱石の一部を操れるようになった。
各々が持つ属性についての理解を深め、訓練することで能力は拡大・強化できると判明し、魔導使いの保有国では能力開発が進められている。
その開発の1つに『魔装』という能力者の強化装備も含まれていた。
資料の作成を終えた立花は固まった体をほぐしつつ帰宅の準備をする。
既にこのフロアには彼女以外残っていないのでセキュリティロックをかけて立ち去った。
彼女が作成した資料の最後には以下の文章が記載されていた。
『現在、国際条約で魔導使いの戦争参加は禁止されているが、米国は平和維持活動の名目で海外派遣を検討中である。
派遣の常態化で条約の意味を失わせ、魔導使いの兵器としての有用性を示す狙いがあると考えられる。
同時に最大保有国としての軍事的優位性を示す意図も考えられる。
我が国がこの動きに追従すれば武力衝突に巻き込まれる懸念があり、従来の管理・運用を堅持することが望ましいと結論付ける。』
西暦2040年 3月 18日 15時30分 某共産国 沿岸基地司令部
俺は今、悪夢を見ている。
いや、現実から逃避してそう認識しようとしているだけだ。
そうでなければ目の前の光景に説明がつかないからだ。
本作戦は隣国2か国を含めた共産・社会主義連合軍による乾坤一擲の大勝負だった。
西側陣営の主要都市に先制攻撃を加え、核攻撃で反撃能力を失わせる。
そして上陸作戦を展開して速やかな占領が目的だった。
失敗すれば国際世論から外道と罵られ、人類史に汚点を残すことになる。
勝てばいい。
どのような手段であろうと勝てばいいのだ。
歴史は勝者が書き換え、それが正しい選択だったと後世に伝えられるのだ。
だが、これはなんだ?
なぜ核攻撃はすべて無力化され、1人の女に手も足も出ないのだ?
海上に浮かんでいる女の形をした何かは空母、戦艦、潜水艦を超常の力で宙に浮かせ、こちらに向かってきている。
迎撃に飛んだ戦闘機もあれの視界に入るとクモの糸で絡めとられたかのように静止している。
ミサイル?
そんなものあいつの指先ひとつで軌道を変えられて発射地点に戻ってくるから、とっくに止めさせたよ。
さっき言った通り、頼みのICBM(大陸間弾道ミサイル)もすべてやられてしまった。
あいつの掌から無数の球体がとんでもない速度で飛び出して、それが当たっちまうとブラックホールみたいに空間を歪ませて取り込んでしまうんだ。
これを悪夢と言わずに何と言う?
いや、ちょっと待て。
今あいつ、笑いやがった?
嫌な予感がする。
俺の勘は鋭い、そのおかげで多くの紛争を生き抜いてきたからだ。
だから今日の基地司令官という地位にある。
女は両手を前に出し、ゆっくりと合掌の形を作っていく。
同時に宙に浮く兵器群が両側から潰されていくのが見える。
まるで見えないプレス機に挟まっているみたいだ。
現実離れした光景だが、通信機から響く恐怖と悲鳴の声が俺を現実に引き戻す。
なぜなら人も同様にプレスされているからだ。
眼前の地獄で司令部は大混乱、とても戦闘どころではない。
それは前線も同じだろう。
ある兵士は狂ったように泣き叫び、ある兵士は蹲って許しを請いている。
俺もできるなら狂ってしまいたいが、司令官という重荷が正気を失うことを許さなかった。
あの女、次は何をするつもりだ?
あぁやめろ! その手をこちらに向けるな!
巨大な鉄の塊となった兵器群が女の指し示す方向、この司令部に飛んで来る。
副官が退避を全員に促すが、間に合うはずがない。
俺は祖国の未来を案じ、愚かな戦を喜々として提案した政治家を呪いながら目を閉じた。
祖国に栄光あれ! そして売国奴に死を!