第1話
新型コロナに感染したので大幅に投稿が遅れました。
申し訳ありません。
西暦2051年 4月10日 19時37分 東京都新宿区
『統合幕僚監部』、防衛省中枢に位置するオフィスで立花 綾子は3日後の報告会に向けて資料を作成していた。
その会合には陸海空の上級将校も参加しており、今回の議題は『怪人及び怪獣に対する国防計画について』である。
パソコンの画面には勝土騎 京子の戦歴が表示されており、立花はその最後に先日のサラマンダー及びカメレオン、融合怪獣との戦闘記録を付け加えた。
文面だけで見ると彼女は無敗、無敵と称されてもおかしくない結果を残している。
軍人たる京子の活躍は軍全体の評価、士気向上につながり、幕僚幹部からも絶大な支持を受けていた。
だが、立花はその輝かしい記録の陰で京子がどれほど傷つき、血を流していたか知っているので複雑な思いを抱いていた。
京子の経歴には『魔導使い』として彼女が目覚めた経緯も詳細に記載されている。
その中には第三次世界大戦を早期終結に導いたあの存在も記録されていた。
西暦2040年 3月 18日 14時22分 東京都墨田区
東京の空は雲一つない晴天であった。
特にスカイツリー周辺の賑わいは際立っており、親子連れも多く出歩いていた。
その群衆の中に1組の仲睦まじい親子の姿があった。
勝土騎 京介と妻 貴子、娘 京子である。
4歳の京子は両親と手をつなぎ、幸せな笑顔を浮かべていた。
家族は展望台の風景を楽しんだ後、水族館に向けて移動していた。
だが、幸福な時間は一瞬で奪われた。
大気を震わせる音が彼方から聞こえると、空に高速飛翔体が多数現れ、1つがスカイツリーの第一展望台に衝突した。
人々は最初、それが何を意味するかを理解してなかったが、降り注ぐ瓦礫が自らに襲いかかるとミサイル攻撃を受けたと悟った。
群衆は我先に逃げ惑い、押し潰されて動かない者もいた。
京子の父も妻と娘を庇いながらその場から離れようとするが、ミサイル攻撃は容赦なく続いた。
二発目が第二展望台に直撃し、爆発炎上する。
さらに直上のゲイン塔にも三発目のミサイルが命中し、支柱を損傷した137mの塔は自重に耐え切れずくの字に折れ曲がった。
そして鉄骨は破断し、500m下の地面に落下する。
京子たちは降り注ぐ瓦礫で身動きが取れなかった。
巨大な鉄の塔は隣接の水族館を叩き壊し、地面に倒れる。
衝撃波と瓦礫が恐るべき威力で広がり、一家は吹き飛ばれ、砂嵐が辺りを包んだ。
京子は怒号と悲鳴の中で目を覚ました。
衝撃で地面を転がったせいか体の節々が痛むが、目の前の光景はそれすら忘れさせる。
母が倒れていた。
後頭部は陥没しており、傍には血液の付着した鉄骨が転がっていた。
それが死因であり即死なのは明らかだった。
幼少期から聡い娘であった京子は母親が絶命していると理解してしまった。
父に伝えなければ。
涙を流しながら必死に京介を呼ぶ。
何度も何度も。
声が枯れるまで。
弱々しいが微かに呼びかけに応える声が聞こえた。
耳を澄ませ、声を頼りに瓦礫を駆け抜け、乗り越える。
その先のひと際大きい瓦礫の山に父は埋もれていた。
「お父さん!」
駆け寄ると京介は瓦礫に挟まれ、身動きが取れない状態だった。
彼は娘の無事を見ると安堵した表情を浮かべ、妻 貴子の安否を尋ねた。
京子は見たままを伝えようとしたが、腹部に鉄パイプが貫通しておびただしい血が流している父の姿を見て躊躇った。
もうお父さんも助からない。
本能的に死の気配を感じた京子は父をこれ以上苦しめたくないと思った。
だから生まれて初めて意味のある嘘をついた。
「だ・・大丈夫だよ! お母さんは怪我してるけど、ちゃんと元気だよ!」
「そうか・・・京子は優しいな」
京介は涙を流しながら笑って誤魔化す娘の表情から貴子の死を悟った。
だがそれを責めることはせず、京子の気遣いに感謝した。
京介は内心、激痛と絶望で発狂してしまいたい所だったが、こんな地獄の中でも他人を思いやる心を持つ娘を見て心救われた。
そして自らも父として、男として恥ずかしくない最期を迎えようと決意した。
「京子、お父さんと約束してくれないか?
とても大事なことなんだ」
京子は頷く。
父は唯一動く右手で娘の頭を撫でながら言葉を紡いだ。
「強く生きてくれ。
辛いことや悲しいことがあっても一歩前に進んでほしい。
昨日までの自分を超えるんだ」
視界が狭まってきた。
体温が急速に失われていくのが分かる。
もう長くない。
それでも口を懸命に動かして思いを伝える。
「そして他人を思いやる・・心を・・・忘れないでくれ。
約束・・・できるかな?」
京子は下唇を噛みしめながら首を強く縦に振った。
父は微笑んだ。
「京子・・・愛してるよ」
そして右手は力なく崩れ落ちた。
閉じた瞳は二度と開かない。
父の最期を見届けた京子の口から嗚咽が漏れる。
堰を切ったように涙があふれ、声を上げて泣き叫んだ。
だが別の泣き声を聞いて彼女は我に返った。
周囲を見回すと遠くで自分よりも幼い男の子が泣いている。
助けなければ。
父との約束を守るため、彼女は男の子に駆け寄ろうとする。
だが同時に空から巨大なコンクリートの塊が落ちてくるのが見えた。
少女の足では間に合わない。
助けられない。
だめだ。
そんな運命は受け入れない。
手が無意識にコンクリートに向けられる。
お願い止まって。
全身が沸騰したように熱い。
止まって。
巨礫が減速する。
止まれ。
思いが力になり輝きを放つ。
止まれ!
幼子の頭上1mの高さでコンクリートは静止した。
だが止めるだけであって横にずらすことはできない。
「早く・・・逃げて!」
か細い京子の声は届かない。
大質量を制御するには相応の魔力が必要だ。
少ない魔力はあっという間に底を尽き、コンクリートは落下を再開した。
だが、1人の男性が危険を顧みず飛び込み、間一髪少年は助けられた。
巨礫が轟音を立てて地面に突き刺さった。
彼は父親だったのだろう。
子供と男性は涙を流しながら抱擁を交わし、男性は子供を背負って走り去った。
結局、誰も京子の存在に気付くことはなかった。
振り返ると京介が埋もれていた瓦礫の山が燃えていた。
父の亡骸すら奪われた京子は無力感と魔力切れの疲労感で仰向けに倒れこんだ。
その時、スカイツリーが大きく軋み、鉄骨がばらまかれた。
降り注ぐ凶器の1つは京子に向かって落下し、少女に止める術は無かった。
恐怖と諦観が彼女の目を閉じさせ、終わりの時を待った。
もっと生きたかったなぁ・・・。
一言つぶやいた。
その願いに応える声が囁いた。
「そう、なら助けてあげる」
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