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魔導の果てを見よ  作者: Tom & Wood
第2章 サラマンダーの覚悟
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第6話

西暦2051年 4月6日 18時40分 東京都台東区


巨獣の咆哮(ほうこう)を近距離で受けた麗華は腰が抜けてへたり込んでしまう。

こんな怪物に人間が敵うわけがない。 自分はもう終わりだ。

後ろ向きな感情が彼女を支配しつつあった時、京子の背中が麗華の眼前に立った。

怪物に一歩も引かない姿を彼女は生涯忘れないだろう。


「サラマンダー、これでお前にはまた選べる立場になったぞ。

1つ目は本能のままに街を破壊と混乱に(おとしい)れること。

2つ目は魔導使いに再戦を挑んで勝利を(つか)むことだ。

僕はどちらでも構わないよ」


もはや怪物のどこから声が出ているのか分からないが、博士の声が辺りに響く。


「ハカせ・・・オレは・・・やつニ・・勝チたい!」


サラマンダーの意思は揺るがない。


「そうかそうか!

本能より執念を優先するか・・・実に理性的で僕は嬉しいよ。

ならば行けサラマンダー、お前の望みを見届けてやろう!」


狂人は感動した口調で()めたたえ、怪物は窮屈(きゅうくつ)な壁を削りながら前進を始めた。

同時に少女も走り出し、両者の距離は一気に縮まる。

先に仕掛けたのは京子だ。

砂礫(されき)で硬質化した脚部を怪物の鼻先に叩きこむが、その巨体をわずかに揺らすだけであった。

怪獣は前足による横薙ぎを繰り出し、少女は回避して反撃に移ろうとする。


だがその避けた所にサラマンダーの頭突きが迫った。


咄嗟(とっさ)に腕を交差させて防御した瞬間、ダンプカーが追突したような衝撃が襲う。

京子は路地裏の最奥まで吹き飛ばされてビルの壁面に激突した。


コンクリートが砕け、人型のくぼみが出来上がる。

瓦礫(がれき)から抜け出しながら京子は敵がなぜ自分の動きを先読みできたか理解した。


それは眼だ。


一対はトカゲのような平面的な眼だが、もう一対はカメレオンのような突き出た眼であり、全方位が見渡せるようになっている。

加えて巨体からは想像できない反応速度が先の攻撃に繋がっていると予想できた。


「撃て!」


少しでも怪物の注意を()らそうと大薙たちが背後から銃撃を行うが、サラマンダーの肉体からは金属音が響くだけで効果は無かった。

怪獣はお返しとばかりに長い尾で兵士たちを薙ぎ払う。

京子が大薙に叫んだ。


「大尉、ライフルでは足止めにすらなりません!

それより重火器を持ってきてください!」


大薙は悔し気に同意を示し、負傷した兵士たちを引きずりながら後退していった。


「いいぞサラマンダー!

 もはやサイボーグもお前の敵ではない!」


博士の興奮が伝染したようにサラマンダーは高揚(こうよう)し、京子を焼き尽くそうと息を吸い込み始める。


「キえろ・・・魔ドウ使イ!」


怪人の時とは比較にならない火炎が怪獣の口から放射される。

それは路地裏を黒に染めるには充分な規模だった。

迫りくる業火に麗華は逃げることも出来ず、己の肉体が消失することを覚悟して目を閉じる。


だが、最期の時は訪れなかった。


目を開けると京子が麗華に覆いかぶさり、半球状に砂の防壁を形成して火炎を防いでいたからだ。

しかし、それは完璧ではなかった。

ありったけの砂礫をかき集めて作った結果、高温により赤く染まった砂はガラス状に溶け、雫となり京子の背中に次々と落ちてゆく。

少女の口から苦悶(くもん)の声が()れ、肉の焼ける音と臭いがした。

数秒後、炎は突如中断されたが、京子は(ひざ)をついて肩で息をしている。


勝土騎(かちどき)さん! 貴女・・・」


京子の背中は赤く(ただ)れて皮膚が溶け、筋肉が露出している部分があった。

それでも少女はクラスメイトに笑って答えた。


「言ったでしょう、貴女は絶対に守ると」


ゆっくりと立ち上がった先には(もだ)え苦しむ怪獣の姿があった。

博士が呆れた口調で注意する。


「馬鹿だなぁ、お前は怪獣としてまだ産まれたばかりなんだよ。

内臓器官が成熟してない状態で火炎を吐き続ければ、自分の体内を焼くに決まっているだろう?

完全に自己修復するまで・・・後3分は吐かないほうがいいぞ」


それを聞いた京子は立花に通信を入れる。


「立花さん、奴の言うことが本当なら私は後3分で敵を排除しなければならないようです」


オペレーターはブラフではと疑問を(てい)したが少女は否定する。


「博士にとってこれは余興であって、勝敗はさほど重要ではありません。

だからわざと手がかりを落として私がどう足掻(あが)くか楽しんでいるのです」


立花の見解も京子と一致しており、勝算はあるのかと尋ねる。


「手はあります・・・ですがまた無茶を通すことになります」


京子の無茶は今に始まったことではなく、止めても無駄だと知っている立花はため息をついて了承した。


「分かりました。

少尉の思うようにやってください。

ですが命だけは持ち帰ってきてください」


京子は(うなず)くと黒焦げになった自分の鞄に手をかざした。

すると中から白く輝く粒子が生き物のように飛び出し、宙をうねりながら泳ぐ。

そして魔導使いの両手に絡みついて結合し、竜のような堅牢(けんろう)魔爪(まそう)を形作った。

その煌めきは硬度10を誇る物質、『ダイヤモンド』である。

工業用として用いられる粉末の金剛石(ダイヤモンド)なら入手は容易い。

神々しさすら感じる光景に敵も味方も目を奪われたが、京子が走り出すと怪獣は我に返って叩き潰そうとする。

先と同じように回避させた場所に一撃を加えようと画策するが、大地に少女の姿は無かった。


なぜなら京子はビルの壁面を走っていたからだ。

『土』の能力でコンクリートに足裏を吸着させて重力に逆らっているのである。

人型の常識に未だ(とら)われていたサラマンダーはそのありえない挙動に戸惑った。

その隙に京子は怪獣の頭を通り越し、空中で体をひねってサラマンダーの胴体に着地し、手刀で首筋を切り裂く。

そしてわずかに切れ目が生じた部分に渾身(こんしん)の力で爪を突き立てた。


ライフル弾すら弾く堅牢な肉体から鮮血が飛び出す。

怪獣は振り落とそうとするが、狭い路地裏で京子を仕留めようとしたことが(あだ)になった。

胴体は壁面を削るだけで身動きが取れず、強靭な爪も頭上には届かない。

さらに京子の腕が己の首筋に沈んでいく光景を視界に捉え、死の恐怖で支配される。

後退して通りに出るという発想は怪物の頭にはもはや無かった。

悪あがきに長い尾で滅多打ちにするが、その程度で止まる京子ではない。

既に(ひじ)までが体内に侵入しており、魔爪は首の骨に到達して破壊を開始する。

怪獣も全力で尾を操るが、背後から強力な銃撃を受けて先端が千切れ飛んだ。


「少尉、遅くなった!」


大薙が大口径の対物ライフルを携え、的確に尾を削り取っていく。

怪獣は鮮血をまき散らしながら断末魔の雄叫びをあげるが、京子は容赦なく神経を切断し骨を粉砕した。


硬い物が砕ける音が響く。


怪物の首が直角に垂れ下がり、胴体は制御を失い地響きを立てて倒れた。

京子も体力が尽き、血の海となった地面に転がり落ちる。

絶命したサラマンダーから博士の称賛の声が聞こえた。


「さすが、魔導使い殿だ。

実に良い闘いを見せてもらったよ。

次回はちゃんとした強敵を創ってくるから楽しみにしておいてね。

さよなら、愛しの英雄、憎き宿敵」


狂人は別れを告げ、怪獣は物言わぬ(むくろ)に戻った。


「対象の排除を確認、人的被害は軽度、作戦は成功です」


淡々と事実を述べる立花に京子は安堵(あんど)し、いつもの疑問を投げかけようとする。

しかし、麗華が駆け寄り、抱き起こしたことでそれは中断された。


勝土騎(かちどき)さん・・・貴女はいつもこんな戦いをしているの?」


京子は苦笑いを浮かべて答えた。


「今日はまだマシな部類ですよ。

それより坂東さん、なぜ貴女は泣いているのですか?」


麗華の瞳からはとめどなく涙があふれ、抱きしめた京子の肩を()らしていた。

それは感謝、謝罪、安堵、後悔、様々な感情が混ざり合った結果だが本人が知ることはない。


「分かりません。

でもこれだけは言えますわ。

貴女のおかげで私は生きています。

だから・・・ありがとう」


京子は満足げな笑みを浮かべ、目を閉じる。

今日の闘いで昨日までの自分を超えたかは分からない。

だが守るべき人に己の存在意義を認められたことは素直に嬉しかった。

今はそれで充分だ。

サイレンと大薙の呼び声が聞こえる中、少女は意識を手放した。


サイボーグ 大薙 イメージ

挿絵(By みてみん)


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