第5話
西暦2051年 4月6日 17時50分 東京都台東区
京子が攻撃態勢に入る前にサラマンダーは先制攻撃を加えようと前傾姿勢になり、突撃の一歩を踏み出す。
だがそれより先に砂の塊が眼前に現れ、そして爆ぜた。
視界を奪われ混乱した瞬間、腹部に衝撃が走る。
魔導使いの拳が怪人の腹にめり込んでおり、口から酸素が無理やり押し出された。
“ぐぼぉ“と苦悶の声が漏れる。
さらに京子は体をくの字に曲げた男の頭を両手で掴み、顔面に膝蹴りを打ち込んだ。
鼻血をまき散らしながらも、サラマンダーは舌で京子の右腕を絡め取り、引き寄せようとする。
しかし魔導使いは動かなかった。
少女が左手で舌を掴み、すさまじい膂力で引くと逆に怪人は引き寄せられてしまう。
そしてたたらを踏むサラマンダーの喉元に右腕を舌もろとも直撃させると、男は宙を1回転して地面に叩きつけられた。
追い打ちで顔面を踏みつけようとするが、怪人は何かに引きずられたかのように倒れたまま移動して回避する。
不自然な挙動に眉をひそめた京子は攻撃を中断して敵の出方を待った。
仰向けから跳ね起きたサラマンダーは鋭利な爪を伸ばしながら狂暴な笑みを浮かべる。
「やってくれるじゃねえか。
ズタズタにしてやるよ!」
怪人は少女を引き裂こうと駆け出すと、京子は迎撃態勢を取る。
だが、不意に死角から打撃を受けてよろめいた。
その隙を狙ってサラマンダーは切りつける。
回避は間に合わないと判断し籠手で防御すると、金属音が響き魔装に傷が入った。
怪人は笑みを深めると、更なる攻撃を繰り出す。
一見、劣勢に追い込まれているようだが京子は冷静だった。
なぜなら、敵の動きの法則に気付いていたからだ。
少女が牽制を捌いて反撃しようとする瞬間、死角から見えない横槍が入って体勢を崩す、怪人はそこに本命の一撃を加える。
不可視の存在は肉眼では見えず、バイザーに備わる赤外線可視化装置を使っても捉えることができない。
「こいつで終わりだぁ!」
サラマンダーは勝利を疑うことなく、京子の心臓を手刀で貫こうとする。
対して、魔導使いは自身の半径1mに砂嵐を発生させた。
先ほどの目つぶしならもう通用しないと怪人は嘲笑するが、目の前の光景に絶句する。
京子の背後から攻撃を仕掛けようとしている不可視の仲間が、砂によってその輪郭を露わにしてしまったからだ。
少女は背後に裏拳を打ち込むと、よろめく襲撃者を盾にして手刀を防いだ。
サラマンダーの手刀は仲間の胸元を貫通し、辺りに鮮血が迸る。
「カ・・・カメレオン!」
サラマンダーにそう呼ばれた男は姿を現してその場に崩れ落ちる。
ショートモヒカンで爬虫類のような目をしており、頭部には「06」の入れ墨があった。
京子は倒れたカメレオンを無表情で見つめた後、無言でサラマンダーに向かって前進する。
「く・・・来るな!」
混乱と恐怖が頂点に達した結果、男が取った行動は口から炎を吐き出す攻撃だった。
本来切り札に取っておいたものだが、正常な判断ができない怪人はただ少女を拒絶する為だけに使ってしまう。
炎に包まれたかのように見えた京子だが、実際は砂の防壁を展開して完全に無効化していた。
「名前の割には大したことない炎だな」
切り札すら全く通用しない。
サラマンダーの心は折れ、その場に力なく座り込んで死刑を待つだけの存在となった。
とどめを刺そうと近寄る京子だったが、立花からの通信が回復して足を止める。
「少尉、やっと通信が繋がりましたね。
その怪人は軍が身柄を拘束するので排除は中止してください」
顔を上げると、通りから重装備の兵士たちがこちらに歩いて来るのが見えた。
「少尉、待たせたな。
そいつの手下がジャミング装置を起動させていた。
加勢は・・・必要なさそうだな」
先頭のフルフェイスのヘルメットを着用した全身機械義肢の兵士が魔導使いに声をかけた。
『大薙 武雄』(おおなぎ たけお)、軍特殊部隊『防人』の隊長であり、京子に戦闘技術を叩きこんだ男である。
機械義肢は常人よりも遥かに優れた身体能力を発揮するが、悪用されると甚大な被害をもたらす危険性がある。
よって民間は医療目的、軍は厳しい選抜を突破した者しか換装できないと法で定められている。
大薙もその1人であり、多くの兵士から尊敬と畏怖の念を集めている。
「大尉、通信の復旧感謝致します。
怪人は2体ですが、1つは瀕死なので使い物にはならないでしょう。
それと民間人の保護をお願いします」
直立不動で無駄のない報告を行う京子の姿は正しく軍人であった。
「了解だ。
先ずは民間人を安全な場所に避難させる」
大薙が部下の1人に指示すると兵士は麗華に向かって動き出す。
民間人を保護し、怪人を拘束して終わりという筋書きだったが、倒れていたカメレオンの頭が痙攣し始めたことで事態は変わる。
怪人の痙攣が収まると、男の見た目からは絶対に出せない子供の声で口が開かれた。
「だから言ったじゃないかサラマンダー、魔導少女には手を出すなって。
お前程度の実力では足元にも及ばなかっただろう?」
呆れた口調でサラマンダーを諭す声は次に京子に声をかけた。
「初めまして、魔導使い殿。
国の英雄と話せてとても光栄だよ。
僕の名前は・・・親しい人からは博士と呼ばれているかな。
どうぞ、よろしく」
京子は情報を引き出す為、博士と呼ばれる男との会話に乗ることにした。
「初めまして、博士。
サラマンダーやカメレオンは貴方が創ったのですか?」
男は己の成果を誇示するように返答する。
「そうだよ、怪人作成は僕の研究の一部だ。
依頼があれば怪獣も作っちゃうよ。
でも最近は物足りなくなってきたから別の分野に手を出してるんだ」
今まで点であった存在が線で繋がった。
全員に衝撃が走るが、京子は努めて冷静に会話を続ける。
「博士は多才なのですね。
その分野の研究は捗っているのですか?」
男は京子の返答に気を良くしたのか、さらに重大な真実を告げる。
「う~ん、出来は悪くは無かったんだけどね。
鬼のような肉体と機械を組み合わせた新しい生物『鬼械兵』っていうのを創ったんだけど、君にはやっぱり及ばないなぁ。
でもおかげで次回作のインスピレーションは浮かんだよ!」
興奮を隠し切れない口調で話す博士だが、それ以上語るつもりはなくサラマンダーに話を移す。
「さてサラマンダー、お前には2つの未来がある。
1つ目はこのまま軍に拘束されて尋問からの研究対象になること。
2つ目は怪人の肉体を捨てて新たな可能性に賭けること。
さぁ選べ、時間はないぞ?」
男はサラマンダーの苦悩を楽しむように選択を急かす。
怪人はしばし沈黙するが、絞り出すように言葉を発した。
「博士、怪人を辞めれば俺は強くなれますかい?」
怪人の疑問に博士は食い気味に答える。
「なれる!
その代わり自我が消滅するかもしれないが、それはお前次第だよ。
成功すればお前の人格は残り、更なる高みへ上ることができるぞ!」
サラマンダーは博士ではなく相棒のカメレオンを見て“すまなかった”と呟く。
そしてサングラスを外し、覚悟を決めた眼で創造主に願った。
「博士、やってくれ」
少年の声は高らかに笑い、カメレオンは四つん這いになった。
異様な雰囲気を察した大薙がライフルを構える。
創造主はカメレオンに命じた。
「 融合だ 」
男は本物の爬虫類のように地面を這いながら疾走する。
大薙がライフルを発砲して命中させるが、カメレオンは怯まない。
瞬く間にサラマンダーの元に辿り着き、その首元に嚙みついたかに見えた。
だが違った。
カメレオンの体がサラマンダーの肉体に沈んでいき、一体化が進んでいく。
「お・・おレが・・きえテ・・いク!
ソれハ・・ダメだ!」
苦悶の表情を浮かべながらも、サマランダーは必死に自我を保とうとする。
その同じ口からわざとらしく励ます博士の声が聞こえる。
「頑張れサラマンダー! 心を強く持つんだ!
怪人を超えた存在にお前はなるんだよ!」
サラマンダーの体が膨張し、全身が赤い鱗で覆われる。
手足は丸太よりも太く、胴体は路地裏の横幅ほど巨大化し、尾は長く通りまではみ出していた。
そして頭部は爬虫類の如く三角に変形し、二対の眼球が京子たちの姿を捉えた。
「成功だ! 怪獣サラマンダーの誕生だぁ!!」
狂人の歓喜に呼応するように怪物は人を丸呑みできるほどの口から咆哮を上げる。
その産声は街を揺るがし、人々に恐怖を齎すには充分だった。