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眠くなる短編集  作者: 生丸八光
7/12

もう1つの世界

人類滅亡の危機に立ち向かう男の話

 嫌な感覚と共に覚めた朝・・


『今日から期末テストか・・』


 憂鬱な気分で起きあがると、体の中を風が吹き抜ける感覚にブルッと寒さを感じ、頭痛に襲われた・・


『・・っ!』


 朝からの体調不良に見舞われ、悪い胸騒ぎを感じて学校を休みたいところだが、テストと言うこともあり、無理して登校すれば1限目から数学・・頭痛が(ひど)くなり、キーンっと耳鳴りまでして来た・・


『こりゃあ、ダメだな・・』


 問題を解くのを諦め、顔を上げると恐ろしい光景に目を疑う・・なんと黒板の前に見たことのない連中がウジャウジャと居るのだ!


 そいつらは天井に頭が届くほど背が高く、恐ろしい顔をした怪物揃いで、手には剣、鎧を身に付けゴチャゴチャ話し合っていた。


 他の生徒は何も気付かず夢中でテスト問題を解いていて、教師も怪物に囲まれ呑気に本を読んでいる・・


『どうなってんだ?俺だけが見えているのか・・』


そう思った時に奴らの会話が聞こえ、震え上がった・・


「3秒後に皆殺しにするぞ!」

「おぉう!」


『マ・マジかよ・・』と思った3秒後、教師と前列に座っていた生徒の首が宙に舞う!


 悲鳴が上がり教室は一気にパニック状態だが、なぜ首が飛んだのか誰も分かっていない・・俺だけが襲ってくる怪物が見える悪夢のような状態だった・・


「みんな!逃げろ!」


恐怖の中で叫び、床に伏せ、四つん這いで教室の後ろの戸から必死で廊下に逃げ出す。


 他の者は、何が起きているのか分からない状態で立ち上がる事もなく、俺だけが廊下に出ると、怪物も廊下に雪崩れ込んで来た・・


『チッキショーめ~っ!』


もうヤケクソで怪物を睨み付けると先頭の奴が


「あいつだ!見付けたぞ・・」

ニタ~っと嫌味な笑顔を見せる・・


『お・・俺を狙ってる?』


ゾクッと寒気を感じた刹那(せつな)、襲い掛かって来た!


恐ろしい表情で迫って来るのを見て、慌てて逃げ出そうとするが、恐怖から焦ってアタフタするだけ・・もがいている間に剣が振り下ろされ、死を覚悟したその時!


脇から黒い影が横切り、一筋の閃光(せんこう)と共に怪物を真っ二つに切り裂く!


 目の前には、背丈が俺の半分程しかないが、ガッチリとした背中の男が怪物と対峙し、俺を守るように立っている・・


「た・助かった・・『チビったけど・・』」


ボソッっと呟くと、背中の男は


「助けに来ましたが・・助かるかは、分かりませんよ・・」


余裕のない様子・・怪物がジリジリ間合いを詰めて来ると少しずつ後退りして


「逃げましょう!」


素早く俺を担ぎ上げ、走り出す!


 俺は、恐怖の中で自分より小柄な男に担がれ、申し訳なささを感じつつも、助けてくれるこの恩人に身を(ゆだ)ねた・・


 廊下を猛スピードで走り、階段を下りようとしたが、下からも怪物が来る気配に上へと駆け上がって行く。


 屋上に出て扉に(かんぬき)代わりにモップを噛ますと、俺を降ろして一息付いた・・が、怪物共は秒で扉を破壊し屋上に出て来る!


 逃げ場のない屋上・・追い詰められる恐怖に震え上がったが、目の前の勇ましい背中が希望を(あた)えてくれた・・


 何者か分からないが、突然現れ助けてくれた男・・命の恩人のガッチリと頼りになる背中が俺を守ってくれてると感じた時


「ここは、私が食い止めます!あなたは、そこから飛び降り、逃げて下さい」


と言った・・


「え?いや・・ここ5階だから・・飛び降りたら死んじゃうし・・生きてても大ケガしてるから・・」


俺の情けない声にガッカリしたのか、呆れ顔で溜め息を付き、再び俺を担ぎ上げると屋上から飛び降りる!


「ドスンッ!」っと大きな音を立て着地すると猛スピードで走り出した!


 学校から、かなりの距離まで逃げ、怪物も追い掛けて来ない事を確認すると俺を降ろしてくれる。


 俺は目の前にある自販機で、助けてくれた恩人に缶コーヒーでも飲んで貰おうとポケットに手を突っ込む・・1本分の小銭しかなかったが、コーヒーを買って差し出すと


「私は結構ですので、あなたがお飲み下さい」


なんとも遠慮深い男である・・俺の喉がカラカラなのを察してくれたのか、(ゆず)ってくれた・・


 コーヒーを飲みながら、教室で起きた事を思い返すと、恐怖の後に悲しさが込み上がり、暗い表情で空を見上げると


「どうしました?助かったのに悲しそうですね・・」

男が話しかけると


「う・うん・・クラスの奴等が気になって・・みんな死んだのかなぁ・・って」

スマホを握り、確認すべきか迷う・・


「死んだと思って間違いないでしょう・・まぁ、元気を出して下さい、その悲しみもすぐ忘れますから」


恩人とは言え、クラスメイトが殺されたのに、淡白と言うか素っ気ない言葉を掛けられ


「案外、冷たい人なんですね・・」

と応えると、男は冷たい視線を向け


「この先、この世界は破壊と殺戮(さつりく)に溢れ、人類が滅亡してしまうからです・・先程の事など、ほんの些細な事に思えますよ・・」


恐ろしい言葉を補足した・・


「人類が滅亡って・・あの怪物にですか!」

「そうです」


「チッキショ~・・何なんだよ、あいつら・・何処から来たんだ・・」

残りのコーヒーを一気に飲み干し、缶をゴミ箱に突っ込むと、スマホで検索しようとしたが、使えない・・


「ん?何で・・」

「彼等の仕業ですよ・・彼等は今、世界中で暴れ回り、破壊と殺戮を繰り返しています・・既に大統領や首相、各国の指導者達は殺されている事でしょう・・見えない敵に軍や警察も役に立たない・・このまま人類は滅びますよ・・」


「そんな・・何とか出来ねぇのかよ・・」

無力さに嘆き、力無く地ベタにしゃがみ込んだ・・それを目にした男は


「本来なら、あなたが立ち上がり、立ち向かう筈だった・・」


「立ち向かうって、俺が戦うって事?」

「そうです」


「そんな・・ビビりで弱っちぃ俺が・・」


「そうですね・・でもこれは、あくまで想定であって、実際は、そうならなかったって事です・・別にあなたが悪い訳ではなく、あなたのお父様の責任です・・」


「お父様って、飲んだくれのクソ親父(おやじ)の事?」


「・・・・」

男は眉間にシワを寄せ、厳しい表情を見せると


「今から、お父様の所へ参りましょう」


「は・はぁ・・」


 何となく承諾したが俺の親父(おやじ)は、体はゴツいが仕事もせずに朝から酔っぱらって寝ている・・そんな親父(おやじ)に会ってどうするのかと思ったが、家が近かったので、とりあえず歩き出した・・


 古い木造の家の前で足を止めると


「この家だけど・・本当に会うつもり?」


「えぇ、会います!」

と言って、土足でズカズカ家の中に入って行く・・


 親父(おやじ)は、いつものように茶の間の畳の上で寝そべり、何が起きているのかも知らずに、一升瓶を抱えて寝ていた・・


 親父の傍に男が膝間付き


「レクター様・・お目覚め下さい、レクター様・・」


耳元で囁くと、親父は片目を開き


「ガスパーか・・久しぶりだな・・」


「レクター様!彼等が動き出しました・・」

深刻な顔でガスパーが言ったのにレクターは


「そうか・・」


気にする事なく目を閉じる・・


「レクター様!このままで、よろしいのですか!見て見ぬ振りをしろと!ご子息も狙われたのですぞ!」


ガスパーの訴えにレクターは、目を閉じたまま面倒臭そうに


「俺の知ったこっちゃねぇ・・」


「でっでは、このまま人類を見棄てると!」


「そうだな・・」


 俺は2人の会話を聞いていて、夢の中に居るのかと思った・・だって親父(おやじ)の名前は達郎だし、レクター様って・・訳わかんねぇんだけど・・


「おぉ・・レクター様・・何と(ひど)い・・あなたは、息子を後継者として育てる事もせず、ご自身も指導者としての力を発揮しない・・我々に人類が滅びるのをただ黙って見ていろと言うのですか・・」


「人類は滅べばいい!昔と比べて悪くなる一方だ!ろくな奴が育たねぇ・・滅び行く種族だな・・」


「・・・」

唖然としたガスパーが静かに溜め息を付いたのを見て、俺は


親父(おやじ)!なに偉そうな事言ってんだよー!てめぇーは、仕事もしねぇで飲んだくれてるだけ、人類が滅亡の危機になっても知らん顔!どうしようもないクズだな!ガスパーさんは俺の命を助けてくれたんだぞ!礼ぐらい言えねぇのかよ!何も出来ないクソヤローめ!」


「バカヤロー鉄夫!てめぇーの命ぐらい自分で守れねぇでどうする!戦えない奴は黙ってろ!」


「戦えないんじゃなくて戦わないんだよ!やる気になれば俺だって出来んだ!」


鉄夫は、親父にだけは強気だった・・なぜなら、この家の生活は鉄夫のバイト代で(まかな)っていたからだ


レクターは、そんな強気の鉄夫を鼻で笑い飛ばし


「そうか・・やれば出来るのか・・じゃあ鉄夫、てめぇーに俺の地位と権限を譲ってやるから、滅亡するのを防いで見ろ!」


「へ?いや俺は、親父(おやじ)が戦って人類を救え!って話をしてんだ・・親父(おやじ)はレクターって言う奴なんだろ・・強そうな名前だし・・」


「何言ってんだ!てめぇー出来ねぇんだろ!てめぇーは、いつも適当に言い訳して逃げ出すんだ!」


「何ぃー!」

鉄夫は頭に来て親父を睨み付けると


「ガスパーさん!こんな奴ほっといて行こう!俺に地位も権限も譲って何もする気がねぇんだ!相手にするだけ無駄さ!俺達で良い方法を考えよう!」


ガスパーを連れて外に出た・・


外に出ると、俺は直ぐにガスパーに向かって


「で、親父(おやじ)って何者?俺は、どんな地位と権限を譲られた訳?」

聞いてみた・・


「レクター様は、この世界と、もう1つの世界との往来を見張る番人なのです!」


「番人・・もう1つの世界って何?」


「この地上には、もう1つの世界が存在しているのです・・その世界に住んでいる者達は、自由にこちらに来ることが出き、昔はよく往来していましたが、レクター様の一族がそれを禁じたのです」


「なぜ?」


「彼等は気まぐれで、人の心を(もてあそ)び、人を不幸にしたり幸福にしたりするからです。それが気にくわなかったのでしょう・・」


「その彼等って何者?」


「彼等は皆、こちらの世界では神として崇められています」


「え?じゃあ、あの怪物って・・神様なの?」

「はい、そうです!」


「ええええぇ~っ!じゃあ、神様が破壊と殺戮をしまくってるって事?」

「はい」


「何でだよ!」

「人間が愚かだからです。彼等の怒りを勝ったのです・・」


「じ、じゃあ、俺が譲られた権限って何?」


「神を殺す権限です」


「はぁ~っ!無理!無理!絶対に無理!俺に神を殺すなんて出来る訳ないじゃん!」


「逃げるんですか!受け継いだ地位と権限から」


「受け継ぐも何も神様と戦う気なんて無いから!」


「彼等は、この世界では神として崇められていますが、もう1つの世界では、彼等もただの住人に過ぎません。そして今、人類を滅亡しようとしている。あなたは、人類の為になすべき事をしなければならない!逃げれば、そこで終わりですよ!」


俺は考えた・・よーく考えたが、やっぱり神とは戦えない・・けれど、ガスパーが怖い顔で睨み付けているので


「俺に何をさせたい訳?弱いよ~俺は・・」


俺の気持ちを察して貰おうとした・・


「あなたが直接戦う必要はありません!大事なのは、戦う意志です。あなたには、もう1つの世界に来てもらい、そこでレクターを継承したことを宣言し、この世界に来た者達を討伐する発令を出せば良いのです」


「それだけ・・本当にそれだけなの?」


「はい!後は私共が人類を救いに参りますので」


「へぇ~そう・・それなら俺でも出来そうだ」


「そうと決まれば早く参りましょう!こうしてる間にも大勢の人が殺されてます」


ガスパーはそう言うと、両手で空間をこじ開け、もう1つの世界への入口を作った。


「さぁ!参りましょう」


言われるままに中へ入ると、そこには大理石の床が広がり、辺りを見回すと果てしない空・・どうやら、ここは高台になっているようで、俺は下の様子を見ようと端まで歩く・・


 上から下の景色を見下ろすと、大理石が敷き詰められた床が延々と広がる景色・・


「この世界は、一体何なんですか?」


「ここは、あなた達人類の第二の故郷・・名前はアナザースカイです」


「ここが・・俺の・アナザースカイ・・何か、聞いたことあるフレーズだな・・」


「さあ!呼び掛けるのです!ここに(つど)う、戦士達に!」


「ど、どうやって呼び掛けたらいいわけ?」


「レクターの名を叫ぶのです!自分がレクターを引き継いだ事を宣言し、禁を破った者達を討伐するよう命じるのですよ!さぁ!」


「そ・そう・・」

俺は果てしなく広がる大理石の床に向かって


「俺は、レクターだ!」

「違う!もっと、思いっきり叫ぶのです!」


「う、うん・・」


俺は、胸に大きく息を吸い込んで、腹に力を込めると、おもいっきり叫ぶ!


「俺は!レクターだぁー!」


すると、今まで果てしなく続く大理石の床の上が、一瞬で鎧を身に付け、剣を手にした戦士達で埋め尽くされた!


「さぁ!宣言と討伐命令を!」


ガスパーの言葉に(うなづ)き、もう一度大きく息を吸い込むと


「俺はレクター!親父(おやじ)から受け継いだ!今、ここにいる戦士達よ!このアナザースカイを出て、人類を滅ぼそうとしている者達を討伐しに行ってくれ!」


俺は、右手を高々と上げ、力を込めて振り下ろす!


「行けぇーっ!」




「コラッ!鉄夫!お前、テスト中にバカでかい声出してんじゃねぇ!」


担任教師の声・・


「・・・・」


俺は、教室の中にいた・・周りを見渡すと、みんな必死でテスト問題を解いていて、俺がテスト用紙に目をやると白紙状態・・


「ゆ、夢を見てたの?」


と思った時、チャイムの音が鳴り響いた・・・


結局、この日のテストは散々だった・・


『こんな事なら休んだ方が良かったな・・』


 落ち込む中で家に帰ると、相変わらず親父(おやじ)は酒を抱え寝ている・・俺がバイト支度をして出掛けようとした時


「おい鉄夫!お前、世界を救ったじゃねぇか!」


「え?」


驚きの中で親父(おやじ)に目を向けると


「たくっ、余計な事をしやがって・・」


酒を抱え、寝言を呟いていた・・・



(終わり)



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