影の男
暗殺者として生きる筈だった男の話
『幼少期、私は親父に育てられた・・親父と言っても血のつながりもなく、その男が何者なのかも知らなかった・・
ガリガリに痩せていた私は、鍵のかかった薄暗い部屋に閉じ込められ、死なない程度に食事を与えられ、毎日殴られる・・常に痛みと恐怖・・空腹の中で育った・・
親父は、いつも家にいて、でかい図体でフテブテしく、よく私の目の前にナイフを放り投げると
「おい!俺を刺してみろよ!憎いだろ!分かってるぞ!」
そう言っても私がナイフを手にしないと、からかい笑いながら私を殴り付ける。私は、いつかナイフを手に取り、親父を刺してやろうと考えていた・・
ある日、酔っ払った親父が、いつもの様に私を殴るとナイフをそのまま残して部屋を出て行き、私は・・そのナイフを隠し持つ・・
それから2年程過ぎた12歳の時、初めて外出する事ができた。私は隙を見て逃げてやろうと考えたが、逃げなかった・・
外は天気もよく気分爽快で、親父に連れられ街の中を歩いたのだが、外での親父は驚くほど機嫌が良く、市場では飴や帽子を買ってくれたり、優しく教会の案内もしてくれた。
夕方頃、公園を見渡せる少し高台になったベンチに腰掛けると、親父は人々の様子をしみじみと眺め
「俺はなぁ・・お前が憎くて辛い思いをさせて来たんじゃないぞ・・できれば優しく接したかった・・」
こんな風に話す親父は初めてだった・・
私が戸惑っているのを横目に親父は、遠くを見つめ1人の男に視線を注ぐ
「あの男のせいだ!俺が優しく出来ないのは・・」
その言葉で、親父の視線の先に目を向けると、子供に飴を配る1人の老人が見える・・
「見えるだろ・・飴を配っている老人が・・あの男が生きている限り、俺は、お前を痛め付けなきゃならねぇ・・アイツが死んでくれればいいんだが、当分くたばりそうにないだろう・・殺そうにも護衛が常に見張ってて、俺みたいな柄の悪い男は近付けねぇ・・が、お前なら簡単に近付ける・・どうだ!殺ってくれねぇか?」
私は、直ぐに殺ると応えた・・すると、親父は口元をニヤリと緩め、懐からナイフを取り出す
「こいつを使え!」
と私に渡し
「奴を殺したら、教会に向かえ!後から俺も行く!」
私は静かに頷くと、ナイフを袖の内側に忍ばせ老人に近付いて行った・・
老人は60を過ぎた位の小柄な体格で、子供達に囲まれ笑顔で飴を配り、子供の頭を優しく撫でていて、とてもいい人そうに見えたが、どれだけいい人間でも関係ない・・
悪人は親父で、恨まれて殺されるのは親父の方だろうから、現に私は、親父を殺す為に毎日ナイフの腕を磨いてきたし、常に懐に忍ばせている。まだ親父を殺せる自信がなかっただけで、この老人を殺せば親父の恐怖から解放されると思ったからだ・・
飴を配っている列に並び、自分の番が来るまで、老人を殺す手順を何度も頭の中で繰り返した私は、逸る気持ちを押さえながら、その時を待っていた。そして、遂に老人の目の前に来る。
老人は、鞄から両手いっぱいに飴を掴み取り、笑顔で私が手を出すのを待ち、私は左手を広げ、老人を睨み付けると右の袖口からナイフを滑らせ握り締める。
老人は『ハッ!』っとした表情を見せたが、その時すでに私は、老人の腹部にナイフを突き刺していた。
老人の手からポロポロ飴がこぼれ落ち、私は突き刺したナイフで内臓を掻き回し、止めを刺そうと両手でナイフを強く握り締めた時、老人は私を包み込む様に抱き寄せ、優しい声で
「安心するんだ・・大丈夫だから・・」
と言って微笑んだ・・
私には、老人の反応が余りにも予想外で、気が動転したのか、足がガタガタと震え出し、とてつもない恐怖が体中を駆け巡り、訳も分からず咄嗟にその場から駆け出す・・
恐怖から逃れたい一心で走り、自分が何処に居るのか何処に行けばいいのかも分からず必死で逃げる中で、老人が言った
『安心するんだ・・大丈夫だから・・』
と言う言葉が頭の中でグルグル思い起こされ、更なる恐怖に襲われた私は、気持ちは勢いを増して走っていたが、足が付いてこず、バランスを崩し路肩に積んであるゴミ袋の山に頭から突っ込んだ。
ゴミに埋もれながら走って来た道を覗き込み、誰も追いかけて来ない事にホッとしたのか、ゴミ袋を掻き分け立ち上がると、トボトボ歩き出す・・
自分が今どこに居るのかも分からず、どの道を行けばいいのか考えた時に、丁度6時を知らせる教会の鐘が鳴り響き、それを頼りに足を進めたが、老人の言った言葉が頭から離れなかった・・
『なぜ、あの老人は、あんな事を言ったのだろう・・刺されたのに微笑んで・・』
私の脳裏に、老人の優しく包み込むような笑みが浮かび上がり
『実は、ナイフが刺さってなかったのかも・・』
とまで思い考えると
『もし、そうなら生きてる・・親父には殴られるけど、あの老人が生きてるなら、それでいいか・・』
と思い歩いて行ったが、教会の前で紙袋を手に立っている親父の笑顔を見て、背中に寒気が走ると同時に、あの老人が死んだ事が分かった・・・
大勢の警官が街中を右往左往している様子を尻目に家に帰ると、親父は上機嫌でテーブルから椅子を引き出し、私に座るように進めた。
いつもは、奥の部屋に閉じ込められて居たので、戸惑いながら椅子に腰掛けると、紙袋からケーキを取り出して
「このケーキは、うめぇぞ~!食べなっ!」
ケーキを進める親父の笑顔は気持ち悪いと言うか恐怖を感じ、毒でも入ってるんじゃないかと思わせケーキをじっと眺めていると
「遠慮せずに食べなっ、お前は飛んでもねぇ事を成し遂げたんだ!誰にも話す事はできねぇが、お前は英雄だ!」
親父は、あの老人が余程憎かったんだろう・・私が老人を殺して嬉しくてたまらないと言う感じだった・・そんな親父を見ていると、あの老人が本当にいい人だったんだなぁと思えた・・
「あの人は・・何者?」
私は気になって尋ねずにはいられない・・
「アイツはなぁ・・この国の王だ!」
親父は、そう応えながらワインの栓を開け、グラスに注ぎ入れる・・
「お・王様・・」
老人が王様だと知り、驚きにボソッと呟くと、親父はグラスを手に取りニコやかに
「そうさっ!お前は、誰も出来ない事をいとも簡単に成し遂げた!あのろくでなしの王、頑固で偏屈、時代遅れのカビ臭い王を殺して、新しい時代に変えてくれたのよぉ!」
と言い、グラスを高く持ち上げ
「新しい時代に乾杯だ!これで俺の運も開けるぞ!」
親父の満面の笑顔を見て私は、飛んでもない事をしたと怖くなっていた・・
それから本当に親父の運が開けたのか、よく外出する様になり、家を開ける事が多くなった。そんなある日、親父は私の部屋に来て
「俺は、いろいろと忙しくなったから、お前を預ける事にした。いい場所を見つけてやったから、明日からそこに行くんだ!」
次の日、私が連れられて行った場所は、山奥にある軍の秘密の施設だった・・
「ここは、軍の暗殺部隊を作る施設だ!お前には殺しの才能があるから、ここで技を磨いて国の為に働け!いいな!」
そう言って親父は私を置いて行き、その後、もう親父と会う事はなかった・・
軍での生活は地獄のように厳しかったが、腹一杯食べる事が出来たし、仲間とも楽しく過ごせ、私は国の為に頑張る覚悟を決めた。
5年も過ぎると体も大きくなり、以前とは見違える程たくましい男に育っていた・・そして、私は上官に呼ばれ、初めての任務を言い渡される・・
それは王の暗殺だった・・隣国の王が会談で来ているのだが、条約の締結を断った事で、私が密かに王の元へ行き、条約締結の確証を得るか、殺せと言う任務だった・・つまり、脅してダメなら殺せって事だ・・
私は夜の闇に紛れ、王の滞在しているホテルに忍び込み、寝ている王の首元にナイフを当てると、王は直ぐに目を覚まし、自分の状況を理解したのか慌てる事なく私を睨む・・私が近くのソファーに行くよう示すと素直に従った・・
王は40歳を少し過ぎた位で、まだまだ活力の漲る鋭い目をしていたが、私が条約締結を承諾しなければ殺さなければならない事を伝えると、王は何の迷いもなく「なら、私を殺すがいい!」と言った・・しかもそこには、気弱さや諦めの表情はなく、堂々とした高潔な態度で・・何か裏があるのかも?と思ったが、どうやら本心から言っているようだ・・
私には王という恵まれた環境で最高の地位にある者が自分の命を簡単に差し出せる事が信じられず
「いいですか・・この条約は互いの国の絆を強くするものです。あなたが命懸けで断る理由を知りたい・・」
と尋ねた・・王は、鋭さの中に誠実で穢れのない眼差しを向け
「条約には、互いの国の一方が他国から攻撃・侵略を受けた場合、自国への侵略と同等の措置を取り、積極的に行動する義務を有する。と記されている・・私は・・我が国を戦争に巻き込みたく無いのだよ・・」
「戦争に巻き込む・・抑止の為の条約では?」
「抑止と言うより、挑発だよ・・君の王は他国に対し、いろいろと軍事的挑発を繰り返し緊張を高めている。我が国との条約締結もその一つだろう・・」
と言って溜め息を漏らすと
「我が国は、中立でいたいのだよ・・それは、私が死んでも決して変わる事はない!」
と王は語気を強め、私を睨み付けたその時、扉の向こうから
「お父様!どうしたの?こんな夜中に・・誰か居らしてるの?」
隣の部屋で寝ていた王の娘が話し声に目を覚まし、扉を開けて顔を覗かせた・・
「あら、失礼しました!お客様が居らしてたのね!」
私と顔を合わせた娘がそう言うと、王は透かさず
「大事な話をしているんだ!部屋に戻ってなさい!」
不機嫌に声を荒げ、叱り付けると娘は、しょんぼりとした表情を見せ、静かに扉を閉めた・・私にとって些細な出来事であったが、王は明らかに動揺していた・・
先程まで死をも恐れぬ態度を見せていた王だったが、娘が顔を見せてからは、眉間にシワを寄せ、思い悩んでいるのか、時より深い溜め息を繰り返す・・
「いいお嬢様ですね・・美人だし気立ても良さそうだ・・」
沈黙を破って私がニコやかに話し掛けると、王はイラついた様子で
「いや・・アレには困ったものだ・・礼儀知らずで流行りのファッションしか興味のない娘でね・・」
と言って溜め息を漏らし、また沈黙していたが・・
「君が暗殺者で私を殺しに来た事は理解するが・・娘も殺す積もりかね・・」
ボソっと尋ね、私が何も応えず黙っていると
「・・私は、いかなる事になっても条約締結に合意する気はない・・それで私を殺すなら殺せばいい・・しかし、娘は見逃してやってくれ・・ただの小娘だ・・君も無駄に人を殺めるのは好みじゃないだろう?・・」
私の表情を伺う様に話した・・
「そうですね・・でも顔を見られて仕舞いましたので・・」
私は微笑みながらも冷たい視線を王に向けて更に
「お嬢様を生かしておけば、私への憎しみと恨みで生き続けるでしょう・・それは、とても不幸な事です・・ここで殺した方が、お嬢様には楽なのでは?」
と言った。
王は口元にギュッっと力を入れ、鼻から大きく息を吸い込み、暫く考えた後
「娘を見逃してくれれば、私は君に感謝する・・娘にも君に感謝する様に手紙を残しておこう・・そうすれば君が私を殺した後で、娘が君を恨む事も無いだろうから・・」
そう言って私の目をじっと見詰め、私が「まぁ・・そこまでするのでしたら、見逃しましょうか・・」と呟くと
「そうか!見逃してくれるか!」
王は大喜びして
「いゃーぁ!君が話の通じる男で良かった!心から感謝するよ!」
とテーブルの上に置いてある紙に調子よくスラスラとペンを走らせ、書き終わると私に満面の笑顔を向けて
「これで大丈夫だ!さぁ、私を殺してくれ!」
と両手を広げた・・まるで殺される事が嬉しいかのような王の振舞いに、私の調子がズレてくる・・
「貴方が死を恐れ無いのは分かりましたが、出来れば貴方も殺したくない・・条約締結に合意するとさえ言ってくれれば、殺さずに済むのですが・・」
「それは無理だ!君の王は信頼出来ない・・先代の王と違い攻撃的で協調性がないからね・・先代は穏やかで、平和を愛する立派な王だった・・今の王が王座を手にしたのも、先の王を殺して手に入れたと思ってる位だからね・・」
王は先代の事を思い、静かに目を閉じた・・
「それは、貴方の思い違いですよ・・」
当然、私には身に覚えがあったので、王に対する誤解を解くことにした・・
「王は、大人しい方なのです・・政治は軍が行っていますし、軍の言いなりなのです・・」
「軍が政治を・・それはもう破滅の始まりだよ、君・・だから私を殺そう等と考えるのか・・まぁ、こんな事を君に話しても仕方ない、君が悪い訳じゃないからね・・さぁ!君は、君の仕事を終わらせて、もう帰るんだ!」
王が優しく微笑み、目を閉じた姿に、私は6年前に殺した王・・あの老人の微笑みを思い出した・・
『私のせいか・・』
ナイフをしまい、私は静かに立ち上がる・・
「貴方を殺すのは、止めときます・・罪の意識に悩まされそうなので・・」
と言って出口に向かって歩き出し
「代わりの者が殺しに来ると思いますので、もっと護衛を増やすか、国に帰った方がいいですよ・・」
ホテルから出た私は、月を見上げ一息付くと、何処に行けばいいのか考える・・
『軍に戻る訳には行かないな・・』
そう思った私は、警察に行く事にした・・
警察署で私の対応をした2人の警官は、困った様子で頭を抱える・・
「軍の暗殺者って・・軍人が任務を放棄して、ここに来られても困るんですよね・・何を考えてる理由?」
私は、軍に帰ると殺されるので、警察で保護して欲しいと伝えたが
「いやいや無理でしょ・・我々は犯罪を取り締まるのが仕事で、貴方を保護して軍に睨まれたくないので帰って下さい」
早々に追い返そうとするので、つい私は
「私は犯罪者です!6年前に王を殺した犯人は、私です」
と言ってしまった・・私は長年、誰にも言えなかった事を口に出し、スッキリした気持ちになっていたが・・
「はぁ?王を殺した?何言ってんの?王は病気で亡くなったんだけど・・」
「そっそんな筈ない・・私がナイフで刺し殺したんだ!」
「はぁ・・あんたねぇ・・ちょっとイカれてんじゃないの?暗殺者だの、王を殺しただのと・・」
呆れてバカにし始めると、もう1人の警官が深刻な様子で
「待て・・王は心筋梗塞で亡くなった事になってるが、実際は殺されたって噂がある・・そして、今でも王室警護隊が密かに犯人を捜してるってな・・」
「ま・マジですか・・」
「あぁ・・俺達は、この男に関わらない方がいいかも・・さっさと王室警護隊に引き渡そう・・」
「そ・そうですね・・」
警官が王室警護隊に連絡すると直ぐに駆け付け、私はここに連れて来られた・・』
「・・と言う事です。」
狭い部屋で1人の王室警護隊とテーブルを挟んで対面で腰掛け、私は自分の幼少期から、ここに連れて来られる迄の経緯を話した。
私が話し終わると警護隊の男は、立ち上がって腕を組み片手で顎を撫でながら、ゆっくり部屋の端から端まで歩き出し、何かを考え、行ったり来たりを繰り返していたが、ピッタリと脚を止め
「軍の秘密の施設・・・もし貴方が警察に行かなかったら、永遠に分からず終いでしたよ・・しかし、なぜ自ら王を殺したと?」
と私の方を見た・・私もなぜ王を殺した事を口に出したのか考え、話し始める・・
「私は軍の厳しい訓練に耐え、暗殺者として国の為に働く覚悟でいました・・しかし、いざ任務に出てみると、国の為に働く事が正義とは思えなくて・・殺す相手が悪い人間と思えないし、暗殺で人の命を奪った所で信念は次の者に受け継がれ、残るのは悲しみと罪悪感だけ・・そう思っていたら、何だかヤル気が失せ、過去の罪を償いたくなったのかも・・」
「そうですか・・」
警護隊の男は、そう言って椅子に腰掛けると
「貴方が王を刺した時、私は直ぐ側で警護をしていて、王の元に駆け付けると同時に貴方は逃げて行った・・」
私を見つめ、当時の記憶を思い起こしながら話を続ける・・
「私が直ぐ様、逃げる貴方の背中に銃口を向けると、王は慌てて『待て!撃ってはならん!』と私の腕を掴んだのです・・私は王の優しさから、相手が子供だから見逃すのかと思いましたが、違ったのです・・何故だと思います?」
「さぁ・・」
私には分かる筈もなく、怪訝な面持ちを魅せると警護隊の男は
「なぜ王は、子供達に飴を配っていたと思います?」
と更に質問を投げ掛けた・・
「・・慈善活動でしょうか・・」
私がそう応えると、警護隊の男は口元を少し緩ませ、再び立ち上がって歩き出す・・
「王が子供に飴を配っていたのは、ある子供を捜す為だったのです・・その子は、まだ赤ん坊の時に行方知れずになり、その子の親は殺されていました・・王は、行方知れずの子供が生きていると信じ、見つける為に飴を配り始めたのです。なぜなら、その子供の手相は覇王線がくっきりと表れた珍しい手相だったからです。その僅かな手掛かりで貴方を捜す為に、王は毎日、飴を配っていたのですよ・・」
私は何気に両手を広げ、自分の手相を眺めると
「どれが覇王線ですか?」
「覇王線は運命線と太陽線、金運線の3本が手の中央で交わって1本となり、熊手のような形をなす線です」
確かに私の両手には、熊手のような形がくっきりと見える・・
「王は、それを見つけた瞬間刺されて仕舞いましたが・・逃げて行く貴方の背中を見詰め、私に『あの子の目を見たか・・父親にそっくりだった・・あの子を捕まえて保護するんだ・・そして王位を継がせろ!これは・・私が命じる最後の王命だ!』と言って力尽きたのです・・」
「お・王位を継ぐって・・なぜ私が・・」
「貴方は王族の一員なのです。殺された父は王太子で、先の王が祖父でした。貴方は王位を継ぐ者なのです!」
「しかし・・この国には既に王が居るじゃないですか・・」
「今の王は、先代の弟君で軍による策略によって王座を手に入れた為に、王権を奮う事も出来ずに只のお飾り、軍の操り人形となってしまった・・貴方が王位に就き正しき方向に国を導かなければ、この国は滅んで仕舞います・・」
「そんな事が私に出来るはずが・・私は王を殺したのですよ!」
私は思わず、両手をテーブルに叩き付けて立ち上がり、警護隊の男を睨み付けた時、ドアがノックされ、視線をドアに走らせる!
「まぁ、まぁ、落ち着いて・・」
その言葉で私が腰を降ろすと、警護隊の男がドアを開け、そこに立つ男から耳打ちを受けると「そうか・・分かった」と言って戻ってくる・・
ゆっくり椅子に腰掛け、テーブルに両肘を付け口の前で指を組み込んで、私と視線を合わせると
「全ては、軍の策略なのです」
警護隊の男は、全てが軍の策略だとキッパリ言い切った・・
「軍の策略・・そんな証拠が在るのですか?」
「王室警護隊で貴方の行方を捜すと共に、新たな王が即位した時、誰が得をしたのか徹底的に調べました。そこで浮かび上がった人物が1人・・6年前は只の軍人だった男が、今では大佐にまでなっている・・そして、その男は貴方が親父と呼んでいた人物なのですよ・・」
「お・親父・・」
私は、その言葉の響きに寒気を感じると同時にブルッと体が震えた・・
警護隊の男にも、私の感情の動きが読み取れたのか、私から視線をそらし
「我々は、5年前からその男を監視していましたが、貴方を見付ける事が出来なかった・・貴方がここで話してる間に、我々の仲間がその男を捕まえ、隣の部屋に連れて来てます・・どうです?貴方から直接聞いてみては・・」
私は、警護隊の話に迷わず
「いいでしょう!」
勢いよく立ち上がった!
私は廊下に出て、隣の部屋のドアを開けると、窓から射し込む光が、あのフテブテしい顔を照らし、浮かび上がっているのを見た瞬間、体の力が抜ける感覚に襲われたが、それを上回る怒りが沸き上がり、その怒りを押さえ込む様に大きく息を吸い込んだ・・
親父は、相変わらずのでかい図体で、足を机に投げ出し、ふんぞり返って座っていて私を見るや
「警護隊の若僧が俺に何用だ!」
私に気付いてない親父の様子を感じとった私は、静かに椅子に腰掛け
「大佐・・貴方には、重大な事件に関与した疑いが掛けられてます・・」
と言って、深刻な表情を見せると
「事件・・記憶に無いな・・でっち上げなら、ただじゃ済まねぇぞ!」
親父の威圧的な態度に私は冷静に親父を見つめ
「この事が明るみに出れば、大佐は終わりです・・我々は、これが組織的なのか個人の犯罪なのかを調べているのです・・」
と言った・・
「個人の犯罪?・・どんな事件か言って見ろ!」
「王の暗殺です・・」
「ほう・・」
親父は、そう声を発して、私がどんな人物なのか探る様に視線を動かした・・
「先の王は、心筋梗塞で亡くなった事になってますが、殺されたのです・・それも、たった12歳の子供に・・」
親父は、焦りも驚きもなく私の言葉を素直に聞き入れ、私が次に何を話すのか耳を澄ましている・・
「どうやら・・大佐は、この事をご存知だったようですね・・」
「知ってたら、関与した事になるのか!」
「いえいえ・・そうでは、ありません・・いろんな噂が飛び交っていましたので・・」
私は、親父の性分をよく知っていたので、感情的にならずに、親父の表情や仕草に気を配り、話を続ける・・
「我々王室警護隊は、王を殺した子供を何としても捕まえる為、あらゆる手を尽くしましたが、何の手掛かりも掴めなかった・・」
その時、親父の口元が、ほんの少しだけ緩んでいた・・
「しかし・・我々が諦め掛けたその時、有力な情報を軍から得る事が出来たのです・・それは、軍の秘密の施設に王を殺した子供が居ると・・我々は、直ぐにその施設を突き止め、向かいました・・」
私は椅子から立ち上がると、親父に背を向け歩き出し、少し暗がりになった所に身を置き、視界の端に親父を捉えて話を続けた・・
「そこは、山奥にある軍の暗殺部隊を育成する施設で、頑丈な塀に囲まれ、中は酷い環境・・我々がその子供を見付けた時には、ベッドに横たわり、ガリガリに痩せこけ身体は痣だらけ・・今にも死にそうな状態にありました・・少し酷ではありましたが、我々は、そんな状態の子供に、なぜ王を殺したのかと尋問すると・・その子は、涙ながらに謝り続け・・『殺らないと、親父に殴られるから・・』と言う言葉を最後に死んでしまったのです・・」
「まぁ・・あの施設で生き残れるのは、ほんの一握りだからな・・」
親父はそう言って、一瞬だけ口元をニヤリと緩ますと、また険しい表情で私を見た・・私は穏やかに
「我々は、この親父と呼ばれる人物が何者なのか捜し続け、今日やっと突き止める事が出来たのです・・それは貴方ですよね・・大佐・・」
「そうだ・・しかし、あのガキが死んだんじゃ、どうにもならねぇだろ!それで俺を捕まえる積もりか!」
親父が声を荒げたが、私は背を向けたまま
「大佐・・貴方が殺させたのですね・・」
穏やかに話を進めると親父も気を静める・・
「まぁ・・そう言いたい処だが・・全ては軍の作戦を遂行するためだ・・」
「軍の作戦・・」
「あぁ・・」
親父は、自分の記憶を手繰り寄せるように大きく息を吸い込み・・
「もう18年も前の作戦だ・・当時の王と王太子が協調や平和を言い出し、軍事費削減に舵を切った事で、軍の幹部が怒って反乱を企てた・・俺は一介の軍人に過ぎなかったが、軍への忠誠心から作戦行動の一員に選ばれていた・・作戦の内容は、王と王太子を殺害し、王の実弟を新たな王に擁立する。軍の威信を賭けた計画に俺の気持ちは、ヤル気と決意に高ぶっていた・・」
親父の目には当時の光景が見えているのか、宙を見つめ、記憶の中に身を委ねるように振り返る・・
「俺は、王太子を殺害する部隊に加わり、真夜中に王太子の屋敷に向かった・・
軍が屋敷の四方を取り囲み突入しようとした時、向こうも異変を感じ取ったのか、門の所で銃声が響き、警護隊と撃ち合いが始まる中で、俺は少佐達と共に屋敷に忍び込み、王太子を捜し回る・・
鍵の掛かった頑丈な扉を火薬で吹き飛ばし、煙と砂埃が充満する中で俺は、煙の向こうに王太子が居ると確信して軍刀を抜き、一番に突っ込んで行った・・煙の中で聞こえた銃声が頬をかすめ、煙を抜け視界が広がると、目の前に2人の警護隊が飛び込み、瞬時に2人を切り捨てる・・
俺に取って、この作戦は千載一遇のチャンス、王太子の首を取れば、軍での立場が約束される・・辺りを見回し王太子を捜すと、長椅子の後ろに身を隠す王太子と王太子妃、王太子妃は赤ん坊を抱え震えていた・・俺が軍刀を突き付け、近付いて行くと王太子が
『私の首はくれてやる!だが、妃と子供は助けてやって欲しい!』
と言ったが、俺は迷わず王太子妃の首に刀を突き刺した!『ゴ・ゴホッン!』」
私は思わず、咳払いをして親父の話を遮り
「大佐は・・王太子妃を殺す事に、少しの迷いもなかったのですか?」
と聞くと
「迷う訳ねぇだろ!迷えば失敗するだけだ!」
いいところで話を遮られ、苛ついた様子を見せたが、直ぐに話し続ける
「王太子妃の首から血が吹き出し、王太子が慌てて血を止めに掛かる瞬間、俺は王太子の心臓を突き刺した!俺が、王太子を仕留めたんだ!」
得意げな顔を見せる親父に、怒りが込み上がるのを感じたが、グッと堪えて話の続きを待った・・
「王太子が力無く床にへたり込むと赤ん坊がギャーギャーと泣き出し、俺は赤ん坊の頭を鷲掴みにして、首を切り落とそうとしたが、少佐から待ての声が掛かった・・
『王族の子だ!上手く飼い慣らせば、いずれ約に立つ!』
と言った時、軍の伝令が駆け込んで来る!
『少佐!作戦は失敗です!王に向かった部隊が全滅しました!』
『な・何んだとぉ!』
少佐は愕然と膝を付いた・・
王へ向かった部隊は、ここの3倍・・少将と中佐も討ち死にしたと・・
これは後で分かった話だが、王室警護隊の中に凄腕の奴が1人いて、殆どその男に殺られたと・・しかも、その男は軍の秘密施設の出身だったんだ・・笑えるだろ、軍が育てた男に全滅させられたんだからな・・
少佐は赤ん坊を俺に預け、部隊に解散命令を出し、この時の軍の計画は失敗に終わったんだ・・」
親父は、険しい顔で溜め息を漏らすと・・
「王は、反乱を企てた軍のトップを処刑し、大勢の幹部が投獄、弟を島に幽閉すると共に大幅な軍縮を進め、多くの軍人を待機軍人とした。待機軍人ってのは、小遣い程度の給料しか渡されず、他の仕事をしながら生活し、必要な時に呼び出される軍人で、俺もその1人となっていた・・おまけにガキの子守をしながらな・・」
「まぁ・・それだけの事をしたのですから・・」
「ちげぇーよ!運だ!あのガキが俺に悪運を運んで来ちまったんだ!あのガキの頭を掴んだ時からな!」
冗談なのか本気なのか、親父は笑いながらそう言ったが、ギロっと私を睨み付け
「あのガキは、運がねぇんだよ!王族の血筋に生まれながら親は殺され、殺した男の所に居るんだからな!自分が何者かも知らねぇんだぞ!・・俺は俺で、あのガキが居ると王室警護隊が乗り込んでくる恐怖に襲われる・・運のねぇ奴と一緒に居るから俺の運まで悪くなるのさ・・そんな中で王は呑気に飴を配ってやがんだ・・俺は、あのガキを殴らずには要られねぇさ・・」
睨み付けている親父の顔がニヤリと笑い・・
「ある日、俺は飴を配る王を見ていて最高の計画を思い付いた・・あのガキに王を殺させようってな・・傑作だろ!王が自分の孫に殺されるんだぜ!俺は、その為に更なる恐怖をガキに覚えさせ、ナイフも持たせてやった・・あいつは、俺を殺す為に必見になってナイフの腕を磨いてたよ・・」
ニヤける親父の顔に、私は大きく息を吸い込み怒りを抑えると、親父はまた得意げな顔を見せ
「ナイフの扱いが上手くなった頃を見て、外に連れ出してやった・・そして見事に王を殺したよ・・だが護衛から逃れて来やがった・・あのガキは本当に付いてねぇ・・護衛に殺されるか、俺が出したケーキを食ってりゃあ・・楽に死ねたのによ・・」
「ケーキ・・毒でも入れてた?」
「まぁな・・王を殺した奴を側に置いとけねぇし、俺を殺したがってんだ・・何度も殺そうと考えたが生かす事にした・・疫病神を軍の施設に入れると俺の運は急上昇だ!・・投獄されてた仲間を救いだし、幽閉されてた王の弟を新たな王に擁立すると軍の勢いは一気に盛り返し、政権を軍のものとした・・時間は掛かったが俺は、軍の作戦を遂行させたんだ・・分かったか・・」
王暗殺に関して全て話した親父は、帰ろうと立ち上がる・・私は親父の進行方向にスーっと体を寄せて道をふさぐと、陽の光が顔に射し込む・・
「つまり私の敵は、大佐個人ではなく、軍全体と言うことですね・・」
「敵?軍を敵にするって事は国家の敵だぞ・・てめぇ、王にでもなるつもりか!」
親父が私を睨み、私も睨み返して
「王か・・なれない事も無いよなぁ、親父・・」
親父と呼ばれムッとして、暫く私を睨み付けると、私に気が付いたのか目を大きく見開き
「きっ貴様~っ!」
私は、声を上げる親父の目の前にナイフを放り投げた・・ナイフは机の上を転がり、それを目にした親父は
「俺も舐められたもんだな・・」
と私に視線を向けた瞬間、ナイフを握り、私に襲い掛かる!私は瞬時にナイフを奪って、親父の両手もろとも机に突き刺した!
「ぐわぁ!このっくそガキィ~!」
「もうガキじゃねぇんだよーっ!」
親父の声を欠き消す声で私は怒鳴っていた・・
「てめぇ・・殺せる時に殺さねぇと後で後悔する事になるぞ!」
親父は、痛みに顔を歪めながらも私を睨み付ける・・
「殺そうと思えばいつでも殺せる・・親父に見せてやるよ!俺が王になる姿をなっ!裁くのはその後だ!」
私は親父に背を向け歩き出し
「もう親父の運は、つきてんだよ・・」
と言った・・
親父は、歯をくいしばって私の背中を睨んでいた・・私が部屋を出ると警護隊の男が待っていたので
「王になるには、どうすればいいですか?」
と尋ねた・・
「そうですね・・軍を掌握した後、王に退位して貰いましょう・・半日も在れば出来ますが、いかがなさいます?」
簡単に大それた事を話す警護隊の男を見て
「軍の秘密施設の出身者というのは、貴方でしたか・・」
「ええ、そうです・・かなり昔の事ですが・・」
私は同じ施設にいた警護隊の男を見つめ、尊敬と仲間意識を感じ
「本当に、私が王になっても良いのでしょうか?私は王を殺した男ですよ・・」
改めて尋ねると、警護隊の男は晴れやかな顔で
「私は、まだ赤ん坊の貴方を一度お見かけした事があります・・王太子妃の胸に抱かれた貴方の手相に気付いた先の王が
『なんと立派な覇王線だ!』と言って抱き上げ
『この子は、立派な王になる!』
と大喜びしていました・・」
そう言って、警護隊の男は私に優しく微笑みかけると
「人には、自分の命より大事な事や守りたい者がいるのです・・そして王には国に対する未来への思いが・・先の王は、貴方が王になる為なら喜んで自分の命を差し出すでしょう・・王とは、そういう者です・・・」
その時、私は昨夜に会った王を思い出すと同時に、私の胸に熱く込み上がる何かを感じ
『安心するんだ・・大丈夫だから・・』
と言う言葉が思い出された・・私に刺され微笑んでいた・・あの老人の言葉が・・
(おわり)