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眠くなる短編集  作者: 生丸八光


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12/15

これも何かの縁

お金と縁のない男が自分の能力に気付き、縁が出来る話。

 俺の名前は渋沢栄吉(えいきち)、かの有名な渋沢栄一とは一文字違いだが、親戚でも何でもなく、1万円札とも縁がない・・無職でダメな奴・・無気力で、ただ生きてるだけの男である・・しかし俺は、ものすごい能力がある事に気付いてしまった!

 

 それは昨日の事・・ハローワークからの帰り道だった・・


 職も決まらず落ち込み、人通りの少ない田舎道をトボトボ歩いていた時、横断歩道の途中で猛スピードの車が突っ込んで来た!


「おわっと!」 


 横っ飛びでギリギリ交わし、勢い余って地面に転がりホッと息を付いた俺だったが、道路の真ん中に老人が1人、倒れているのが見える・・

 

『・・どうやら()かれたようだ・・』


 車は、そのまま走り去り、救急車を呼んでやりたいが携帯を持ってない・・


『長い間、職に付けない俺は、スマホも持てないのだ!ハハハハハッハ!』


って、笑っている場合じゃない・・周りを見渡しても近くに人の気配がなった・・


 面倒くさいのは(きら)いだし、あまり人と関わりたくない俺は、気付かない素振りでその場を離れたいのだが・・


『・・救護義務違反で逮捕されるんだっけ?・・逮捕は嫌だなぁ・・』


 仕方なく、老人の元へ近付いて行く・・


 老人は70を過ぎた位で、片足は反対側に折れ曲がり、吐き出した血の上にうつ伏せに倒れている・・


『し・・死んでる・・』


そう思った時、(わず)かに(うめ)き声が聞こえ、生きてる事が分かった・・


「だ・大丈夫ですか?」


 どう見ても重傷だけど、大丈夫って応えてくれないかなぁ・・と希望を込めて尋ねてみた・・


「だ・大丈夫だ・・」


「そっ!そうですか!」


 俺は、その言葉を聞けて、サッサとその場を離れようとしたが


「ま、待ってくれ・・動けない・・助けて欲しい・・」


『う~ん・・それを言われると、助けない訳には行かない・・』


 老人は起き上がろうともがいていて、俺は仕方なく(そば)にしゃがみ込むと


「動かない方がいいですよ・・足は折れてるし、内臓もヤられるみたいですから・・」


「う・ううっ・・」


 老人の苦しそうな表情に俺も何とかしたいが・・


「救急車を呼びたいけど、携帯が無くて・・連絡できる所に行って来ますから、じっとしてて下さい」


と立ち上がろとすると


「ワ・ワシの携帯を使ってくれ・・胸ポケットに・・入ってる・・」


 老人の体をそっと起こし、胸の内側のポケットからスマホを取り出しだが、(こわ)れていた・・


「ダメみたいです・・」


 老人は苦しい表情を見せながらも溜め息を漏らし、自分の折れた足を見て眉をひそめる・・


「俺・・救急車呼んで来ますんで」

「いや・・行かないでくれ・・ここにいて欲しい・・」


 何かを悟ったのか、老人は力無く微笑み自分の足を指差して


「足・・足の向きを・・直してくれないか・・」

『えっ!・・嫌な事言ってくるなぁ・・』


と俺が戸惑っていると


「頼む・・」


 俺は仕方なく、左腕で老人の背中を支えながら右手でそーっと足の向きを整えてやると


「ありがとう・・」


 御礼の言葉を述べると、老人は咳き込み、血を吐いて苦しみ出した・・


『ま・・マジか・死ぬのかよぉ~!嫌だなぁ~・・ここで死なれたら、俺・トラウマになっちまうよぉ~!』


 人が苦しんでいる姿を見るのは、気分のいいモンじゃない・・俺は、目の前で人が死んで行く恐怖に現実から目を背け『ギュッ』と目を閉じ


『死ぬな!死ぬな!治れ!治れ!頼むから元気になってくれぇ~!』


 老人の背中にしがみ付き、呪文のように何度も繰り返した・・


 しばらくすると、老人に動く気配も無く静かになったので、恐る恐る目を開けると、老人はキョトンした目で俺と目を合わせている・・


 俺は、まだ老人が生きていた事に驚きと同時に、意外にも目から生気が見てとれホッとすると、老人は不思議そうに


「お前さんが(なお)して下さったのかい?」


と尋ねた・・


「はぁ?」

 何を言ってるのか分からず、老人を見つめていると、老人は折れた足を気にする事なく、すくっと立ち上がる!


「なっなっなっ治ってる~!」


 ビックリした俺が、おったまげて腰を抜かすと、老人はニコやかに俺を見下ろし


「お前さんが治して下さったんじゃろ?」


「そ・そんな事、出来るわけない!」

「では、この奇跡は、いったい誰が・・」


 老人は、しばらく考えを巡らせると空を見上げ・・


「そうですか・・」


と言って涙ぐんでいた・・・


 俺は、この信じられない出来事のおかげで、その日の夜は混乱と興奮で眠れなかった・・


『・・血を吐いて死にかけてた人間が急に元気になるなんて・・足だって折れてたんだぞ・・信じられない・・神がやった?・・ホントに?・・俺はあの老人が治るように願った・・神が願いを聞いてくれたのか?・・いや、待て・・俺が治した?・・』


 俺の頭は、他の事を考えられずに、眠りたくても眠れない・・


『思えば俺は、50年以上生きて来たが1度も病気をした事がない・・怪我をしても直ぐに治ってた・・もしかして、俺には怪我や病気を治す力があるのかも・・もしそうなら凄い事だぞ!もう職探しなんてする必要ない!これで金を稼げる!』


 俺はこの時、初めて人生に希望を感じた


『大金持ちになれるぞ!いや、それ所じゃない・・神が持つ力だ!皆、この力を前にひれ伏すぞ!そうだ!信者を集めて教祖になろう!教祖になって今まで俺を見下していた奴等を見返してやる!バカにした奴等に復讐だ!』


 頭の中でグルグルと昔の嫌な思い出が甦っていた・・


『待て、待て、待て!本当にそんな能力、俺にあるのか・・俺は就職も出来ないダメ人間だぞ!バカな妄想は止めろ・・いや、あるかも・・あって欲しい・・あるって信じよう・・金持ちになってやる!・・』


 興奮と混乱で頭がグルグル妄想を繰り返し、じっとしてられず気も焦り出す・・


『あぁ・・ダメだ!頭がおかしくなって来た・・病院に行くか・・』


 夜中の0時を過ぎていたが、病院へ行く事にした・・病院に行くと言っても診察を受ける為じゃなく、入院中の患者に会うためだ・・


『俺に力があるのか確かめる!』


 俺は、警備員や看護婦に見られないように入院病棟に忍び込むと、寝ている患者の肩に手を当て


『治れ、治れ、治って元気になれ~っ!』


と真剣に祈って回り、最後の1人を終えた時に気付いた・・


『・・いったい俺は、何をやってんだ・・バカか・・』


 ようやく、自分のおかしな行動に気付いた俺・・時計を見ると3時を過ぎている


『ったく、病気を治すなんて俺に出来る訳ねぇじゃん!』


 混乱していた頭が冷静になっていた


『俺は、どうかしてた・・じいさんの足は、関節が外れてただけで、血を吐いたのも口の中を切ってただけだ・・奇跡なんか起きてねぇし!』


 自分のバカさ加減を笑いながらボロアパートに帰り、速攻で布団の中へ・・

 

『俺は、どうしようもないバカだな・・』


 しかし、体を動かした事で頭が整理されたのか、ぐっすり寝る事が出来て目を覚ますと昼の2時を過ぎていた。

 

 俺は、いつものようにカップメンにお湯を注ぎ、ワイドショーを見ながら食べ始めたのだが、思わず麺を吐き飛ばす!


 なんとワイドショーのレポーターが、昨夜、俺が忍び込んだ病院の前で中継していて、入院中の患者76人全員が急に元気になって家に帰ってしまった!と言う不思議な出来事を取材に来ているのだ・・どうやら、病院は大騒ぎだったらしい・・


『俺・・治してるじゃん・・』


 病気を治す力があると分かり、頭の中で妄想が膨らみ、野望が実現できる高揚感が渦巻く


『すこい!すこいぞ!俺には神の力があるんだ!この力で教祖になって人生を逆転させてやる!』


 俺は勢いよく立ち上がり、そのまま外へと駆け出し、レポーターがいる病院を目指し走った!


『全国に俺の力を宣伝し、俺の宗教に入信させるぞ!』


っと勢いよく走って行ったが、段々と勢いが弱まり、病院が見えた所で立ち止まってしまう・・


『・・やっぱり止めとこ・・テレビは影響力がありすぎる・・大勢が押し寄せて来ても困るし・・まだ宗教名も決まってないモンな・・』


 トボトボ引き返した・・(もっと)もらしい言い訳のようだが、怖じ気づいてしまったのだ・・そう、彼はヘタれなのだ!ビビりでコミュニケーション能力ゼロ、いやマイナスと言ってもいい・・テレビカメラを前に喋れる自信がなかった・・口べたで気弱、教祖に成れるような男じゃないのだ・・


『う~ん・・俺はダメな男だ・・就職出来ないハズだな・・でも大丈夫、落ち込むな!俺には特別な力がある・・まずは小さく始めるんだ・・病気で苦しんでいる人を助けて金を巻き上げる・・じゃなくて信頼を得る!信者を増やすんだ!』


 アパートに戻った俺は、カップメンの残りを食べると、押入れから段ボールの箱を取り出し、崩して板状にすると白い紙を貼り、マジックで『病気でお困りの方、貴方の病気を治します!』と書いた


『う~ん・・宗教名を考えないと・・病気を治して元気にするんだから、元気教でいいか・・・・』


 元気教と書き入れると、それを手に外に出る・・


 人の行き交う駅前に行き、段ボールで作った看板を持ってカモ・・じゃなくて病気で困っている人を待っていると、1分もしない内に中年男が声を掛けてきた・・


「君、貴方の病気を治しますって、どんな病気でも治せるの?」


「えっ、えぇまぁ・・多分、ですけど・・」

「医者?」

「いえ、医者じゃないですが・・特別な力がありまして・・」


「ほぅ・・で、金をとるの?」


「まぁ・・気持ち(いただ)けると・・」

「気持ちっていくら?」


「1万円も貰えれば・・」


「はい!君、逮捕ね!」


 中年男は、俺に手錠をはめた!

「え?」

 

 突然の出来事が理解出来ない俺をニコやかに見つめる中年男・・


「私は公安警察です。医師免許のない者が治療で金を取るのは犯罪だから」

 

「そ・そうなんですか・・知らなかった・・あっ、でも俺、まだ何もしてませんから!」


「病気を治すって看板を出すだけでも違法なんで、署に来てもらいますよ!いろいろ聞きたい事もあるし・・」


「そうですか・・」


 抵抗出来るはずもなく、素直に公安の取り調べ室に座らされた俺・・


『まぁ・・誰も被害を受けてないから・・大したことないはず・・』


と気楽に考えていたが・・取り調べ室にいる公安警察の2人は、気難し顔で俺を睨んでいた・・


「元気教ってのは、君が信仰している宗教なのか?」

「・・まぁ・・信仰と言うか、俺が教祖でして・・」


「君が教祖!・・う~ん・・まず、結論から言っとくが、君はもう一般社会に戻れないから」


「えぇ~っ!なんで?どう言う事ですか!」


「君の力だよ・・入院患者全員を治したろ、我々は防犯カメラから君を割り出し、監視していた・・君の力は世の中を混乱させるからね・・」


「そんな・・やっと自分の能力に気付いたのに・・人生、上手く行くと思ったのに・・」


「たまに現れるんだよ・・人智を超える者が、混乱を招く前に対処するのも我々の仕事でね・・」


そう言って、取り調べ官は小さく溜め息を付き、俺はガックリと項垂(うなだ)れた・・


「・・俺は、どうなるんです?」


 恐る恐る尋ねたその時、ドアがノックされ男が顔を覗かせる・・公安の1人がドアへと向かいコソコソ耳打ちを受けて帰って来ると、もう1人の公安に険しい表情を見せ


「CIAがこの男を引き渡すように迫って来てるそうだ・・ どうする?」


「チッ、CIA め、もう嗅ぎ付けたか・・渡すわけにはいかない・・この男は公安(こっち)で処理する・・」


『処理する・・俺、処理されるのか・・』


 その言葉に恐怖しか感じない・・


「あの・・処理するって、殺すって事ですか?」


「それもあり得る・・君次第だよ・・」


 まだ助かる余地が残ってて、少し安心した俺は

「公安は俺をどうするんですか?」


「死ぬまで隔離して、逃げようとすれば始末する・・」


「CIAは、どうするんでしょう・・ 」


「さぁ・・エージェントにする気かもな・・あっちは特別な能力を持った奴が好きだからな・・」


『俺がエージェント・・超カッコイーじゃん・・CIAがんばれ~・・ 』


と思った時、部屋の外が騒がしくなって、銃声が打ち乱れる!


「くそっ!」


 公安の2人も銃を抜き、飛び出して行った・・

 

 ドアには鍵が掛けられ、窓もない密室に残ったのは俺だけ・・激しく鳴り響く銃声の中で俺は考える・・


『・・公安は俺を隔離するつもりだし、CIAには頑張ってもらわないと・・上手く行けばCIAのエージェント、どの会社にも雇ってもらえなかった俺の就職先が決まる・・CIAに入れるなんて夢みたいだ! あぁ、なんだか緊張してきた・・会社の面接に来てる気分だ・・ 』


 俺は、両手を握って膝の上に置き、姿勢を正して銃声が止むのを静かに待った・・


 やがて銃声が止まり静かになると、俺の緊張が高まる!


『どっちが勝った!・・決まるのか!俺の就職先~っ!』


 「ガチャ!」


 (かぎ)の音と共に姿を現したのは、公安の男だった・・


『ダメかぁ~・・』


 ガッカリと肩の力が抜けた俺だったが、公安の男は銃を手に強張(こわば)った表情を見せ、まだ警戒を解かない様子で近付いて来ると、突然、俺に銃口を向け引き金を引いた!


 公安の男は続けざまに、もう1発の弾丸を放ち、2発の弾丸が俺の腹を貫通する!


『ま・まじかよ・・』


 俺は、痛みと衝撃に体を(よじ)らせ床に倒れ込んで行った・・


 昨日までの俺なら、何の抵抗もせずに死を迎えていただろう・・しかし、今の俺は違う!望みがある・・生きて、やる事があるんだ!・・痛みに耐えながらも傷口を抑え


『治れ!治れ!治って元気になれーっ!』


と唱えながら床に倒れ込み、床に広がる血の上で、意識のあるかぎり治るよう唱えた・・


 ドアが開き、もう1人の公安が戻って来ると俺の様子に驚き


「お前が殺ったのか・・」

「あぁ・・こいつが死ねば、CIAも(あきら)めて手を引くだろう・・」


「そうか・・ちゃんと後始末しとけよ!」


と言って出て行く・・俺は2人の会話に虫ずが走った・・俺の就職を邪魔した上に、命を軽く扱う短絡的な思考・・踏みにじられた怒りと共に立ち上がる!


 俺の傷は治り、元気になっていた!


 気付いた公安の男は、透かさず銃口を俺の頭に向け金を引いたが『カツッ・・』


「チッ!玉切れか・・」


 銃を放り投げると上着を脱ぎ始める・・


 公安の男は、たんぱく質を豊富に取っているのか、俺より二回り程大きな体に鍛えた筋肉、格闘技にも精通しているのか、俺をブッ飛ばす気満々で構える・・


 一方の俺は、カップ麺ばかりで貧相な体・・しかし、奴は知らない!


 俺には、優れた反射神経と動体視力がある事を!かつてプロボクサーを目指し、ジムで死ぬ程トレーニングしてきた事を・・


 ボクサーになるのは諦めたが、それは弱いからではなく、殴るのが嫌いだからだ・・相手を怪我させるのが怖かった・・だが今の俺に、そんな恐怖はない!そして俺は今、死の淵から甦り闘志に溢れている!


 俺は公安の男の攻撃を()けまくり、(つか)み掛かって来るのをヒラリとかわすと、公安男のボディーに強烈な1発を入れた!まさか俺が強いなんて思いも寄らなかったろう・・ひるんだ所に猛攻撃を繰り出す!


 顔や体に強烈なパンチをブチ込み、公安男をサンドバッグ状態で殴りまくった!


 それはもう狂気と言っていい、今まで生きて来た恨み辛みを全て込めて、殴りまくったのだ!


 公安男の顔はボコボコに腫れ上がり、意識朦朧で地面にひれ伏す・・


 俺は倒れた公安男の顔を怒りに任せ蹴り上げると、グリグリ踏みつけた・・


「た・・助けてくれ・・」


 その言葉に一瞬足が緩んだが、更に踏み込み

「助けて下さいだろぉ~!」

と言ってグリグリ踏み込んだ・・


「助けて・・下さい・・お願いしま・・」


足を下ろしてやった・・


 俺は大きく深呼吸をして、虫の息の公安男を見下ろし、勝ち誇った気分を味わってから傷を治し、元気にしてやると俺の最初の信者となる・・





 数年後・・


 とある田舎の体育館にゾロゾロと人が集まり、超満員になっていた・・そこにマイクを持ったあの公安男がいた・・


「さぁ!皆さん、只今ここに元気教教祖、渋沢栄吉(えいきち)様がおいでになります!皆様どうか温かい拍手でお迎え下さい!」


 盛大な拍手の中で渋沢栄吉が姿を現す・・


()()ですかーっ!元気があれば何でも出来る!元気教教祖、渋沢栄吉でございます。私の名前は、かの有名な渋沢栄一と一文字違いでありますが、親戚でも何でもありません。しかし私は、渋沢栄一が大好きなのです!渋沢栄一に会いたい!1人で3人の渋沢栄一で良いのです!代わりに私は皆様を元気にします!私に多くの渋沢栄一と合わせて下さいお願いします!皆で元気になりましょう!それでは、皆様ご唱和下さい!」


 俺は右手を大きく振りながら大声で


「い~ち、に~い・・」


 拳を強く突き上げ!

()()()()()()()



(終わり)



 



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