これも何かの縁
お金と縁のない男が自分の能力に気付き、縁が出来る話。
俺の名前は渋沢栄吉、かの有名な渋沢栄一とは一文字違いだが、親戚でも何でもなく、1万円札とも縁がない・・無職でダメな奴・・無気力で、ただ生きてるだけの男である・・しかし俺は、ものすごい能力がある事に気付いてしまった!
それは昨日の事・・ハローワークからの帰り道だった・・
職も決まらず落ち込み、人通りの少ない田舎道をトボトボ歩いていた時、横断歩道の途中で猛スピードの車が突っ込んで来た!
「おわっと!」
横っ飛びでギリギリ交わし、勢い余って地面に転がりホッと息を付いた俺だったが、道路の真ん中に老人が1人、倒れているのが見える・・
『・・どうやら轢かれたようだ・・』
車は、そのまま走り去り、救急車を呼んでやりたいが携帯を持ってない・・
『長い間、職に付けない俺は、スマホも持てないのだ!ハハハハハッハ!』
って、笑っている場合じゃない・・周りを見渡しても近くに人の気配がなった・・
面倒くさいのは嫌いだし、あまり人と関わりたくない俺は、気付かない素振りでその場を離れたいのだが・・
『・・救護義務違反で逮捕されるんだっけ?・・逮捕は嫌だなぁ・・』
仕方なく、老人の元へ近付いて行く・・
老人は70を過ぎた位で、片足は反対側に折れ曲がり、吐き出した血の上にうつ伏せに倒れている・・
『し・・死んでる・・』
そう思った時、僅かに呻き声が聞こえ、生きてる事が分かった・・
「だ・大丈夫ですか?」
どう見ても重傷だけど、大丈夫って応えてくれないかなぁ・・と希望を込めて尋ねてみた・・
「だ・大丈夫だ・・」
「そっ!そうですか!」
俺は、その言葉を聞けて、サッサとその場を離れようとしたが
「ま、待ってくれ・・動けない・・助けて欲しい・・」
『う~ん・・それを言われると、助けない訳には行かない・・』
老人は起き上がろうともがいていて、俺は仕方なく側にしゃがみ込むと
「動かない方がいいですよ・・足は折れてるし、内臓もヤられるみたいですから・・」
「う・ううっ・・」
老人の苦しそうな表情に俺も何とかしたいが・・
「救急車を呼びたいけど、携帯が無くて・・連絡できる所に行って来ますから、じっとしてて下さい」
と立ち上がろとすると
「ワ・ワシの携帯を使ってくれ・・胸ポケットに・・入ってる・・」
老人の体をそっと起こし、胸の内側のポケットからスマホを取り出しだが、壊れていた・・
「ダメみたいです・・」
老人は苦しい表情を見せながらも溜め息を漏らし、自分の折れた足を見て眉をひそめる・・
「俺・・救急車呼んで来ますんで」
「いや・・行かないでくれ・・ここにいて欲しい・・」
何かを悟ったのか、老人は力無く微笑み自分の足を指差して
「足・・足の向きを・・直してくれないか・・」
『えっ!・・嫌な事言ってくるなぁ・・』
と俺が戸惑っていると
「頼む・・」
俺は仕方なく、左腕で老人の背中を支えながら右手でそーっと足の向きを整えてやると
「ありがとう・・」
御礼の言葉を述べると、老人は咳き込み、血を吐いて苦しみ出した・・
『ま・・マジか・死ぬのかよぉ~!嫌だなぁ~・・ここで死なれたら、俺・トラウマになっちまうよぉ~!』
人が苦しんでいる姿を見るのは、気分のいいモンじゃない・・俺は、目の前で人が死んで行く恐怖に現実から目を背け『ギュッ』と目を閉じ
『死ぬな!死ぬな!治れ!治れ!頼むから元気になってくれぇ~!』
老人の背中にしがみ付き、呪文のように何度も繰り返した・・
しばらくすると、老人に動く気配も無く静かになったので、恐る恐る目を開けると、老人はキョトンした目で俺と目を合わせている・・
俺は、まだ老人が生きていた事に驚きと同時に、意外にも目から生気が見てとれホッとすると、老人は不思議そうに
「お前さんが治して下さったのかい?」
と尋ねた・・
「はぁ?」
何を言ってるのか分からず、老人を見つめていると、老人は折れた足を気にする事なく、すくっと立ち上がる!
「なっなっなっ治ってる~!」
ビックリした俺が、おったまげて腰を抜かすと、老人はニコやかに俺を見下ろし
「お前さんが治して下さったんじゃろ?」
「そ・そんな事、出来るわけない!」
「では、この奇跡は、いったい誰が・・」
老人は、しばらく考えを巡らせると空を見上げ・・
「そうですか・・」
と言って涙ぐんでいた・・・
俺は、この信じられない出来事のおかげで、その日の夜は混乱と興奮で眠れなかった・・
『・・血を吐いて死にかけてた人間が急に元気になるなんて・・足だって折れてたんだぞ・・信じられない・・神がやった?・・ホントに?・・俺はあの老人が治るように願った・・神が願いを聞いてくれたのか?・・いや、待て・・俺が治した?・・』
俺の頭は、他の事を考えられずに、眠りたくても眠れない・・
『思えば俺は、50年以上生きて来たが1度も病気をした事がない・・怪我をしても直ぐに治ってた・・もしかして、俺には怪我や病気を治す力があるのかも・・もしそうなら凄い事だぞ!もう職探しなんてする必要ない!これで金を稼げる!』
俺はこの時、初めて人生に希望を感じた
『大金持ちになれるぞ!いや、それ所じゃない・・神が持つ力だ!皆、この力を前にひれ伏すぞ!そうだ!信者を集めて教祖になろう!教祖になって今まで俺を見下していた奴等を見返してやる!バカにした奴等に復讐だ!』
頭の中でグルグルと昔の嫌な思い出が甦っていた・・
『待て、待て、待て!本当にそんな能力、俺にあるのか・・俺は就職も出来ないダメ人間だぞ!バカな妄想は止めろ・・いや、あるかも・・あって欲しい・・あるって信じよう・・金持ちになってやる!・・』
興奮と混乱で頭がグルグル妄想を繰り返し、じっとしてられず気も焦り出す・・
『あぁ・・ダメだ!頭がおかしくなって来た・・病院に行くか・・』
夜中の0時を過ぎていたが、病院へ行く事にした・・病院に行くと言っても診察を受ける為じゃなく、入院中の患者に会うためだ・・
『俺に力があるのか確かめる!』
俺は、警備員や看護婦に見られないように入院病棟に忍び込むと、寝ている患者の肩に手を当て
『治れ、治れ、治って元気になれ~っ!』
と真剣に祈って回り、最後の1人を終えた時に気付いた・・
『・・いったい俺は、何をやってんだ・・バカか・・』
ようやく、自分のおかしな行動に気付いた俺・・時計を見ると3時を過ぎている
『ったく、病気を治すなんて俺に出来る訳ねぇじゃん!』
混乱していた頭が冷静になっていた
『俺は、どうかしてた・・じいさんの足は、関節が外れてただけで、血を吐いたのも口の中を切ってただけだ・・奇跡なんか起きてねぇし!』
自分のバカさ加減を笑いながらボロアパートに帰り、速攻で布団の中へ・・
『俺は、どうしようもないバカだな・・』
しかし、体を動かした事で頭が整理されたのか、ぐっすり寝る事が出来て目を覚ますと昼の2時を過ぎていた。
俺は、いつものようにカップメンにお湯を注ぎ、ワイドショーを見ながら食べ始めたのだが、思わず麺を吐き飛ばす!
なんとワイドショーのレポーターが、昨夜、俺が忍び込んだ病院の前で中継していて、入院中の患者76人全員が急に元気になって家に帰ってしまった!と言う不思議な出来事を取材に来ているのだ・・どうやら、病院は大騒ぎだったらしい・・
『俺・・治してるじゃん・・』
病気を治す力があると分かり、頭の中で妄想が膨らみ、野望が実現できる高揚感が渦巻く
『すこい!すこいぞ!俺には神の力があるんだ!この力で教祖になって人生を逆転させてやる!』
俺は勢いよく立ち上がり、そのまま外へと駆け出し、レポーターがいる病院を目指し走った!
『全国に俺の力を宣伝し、俺の宗教に入信させるぞ!』
っと勢いよく走って行ったが、段々と勢いが弱まり、病院が見えた所で立ち止まってしまう・・
『・・やっぱり止めとこ・・テレビは影響力がありすぎる・・大勢が押し寄せて来ても困るし・・まだ宗教名も決まってないモンな・・』
トボトボ引き返した・・最もらしい言い訳のようだが、怖じ気づいてしまったのだ・・そう、彼はヘタれなのだ!ビビりでコミュニケーション能力ゼロ、いやマイナスと言ってもいい・・テレビカメラを前に喋れる自信がなかった・・口べたで気弱、教祖に成れるような男じゃないのだ・・
『う~ん・・俺はダメな男だ・・就職出来ないハズだな・・でも大丈夫、落ち込むな!俺には特別な力がある・・まずは小さく始めるんだ・・病気で苦しんでいる人を助けて金を巻き上げる・・じゃなくて信頼を得る!信者を増やすんだ!』
アパートに戻った俺は、カップメンの残りを食べると、押入れから段ボールの箱を取り出し、崩して板状にすると白い紙を貼り、マジックで『病気でお困りの方、貴方の病気を治します!』と書いた
『う~ん・・宗教名を考えないと・・病気を治して元気にするんだから、元気教でいいか・・・・』
元気教と書き入れると、それを手に外に出る・・
人の行き交う駅前に行き、段ボールで作った看板を持ってカモ・・じゃなくて病気で困っている人を待っていると、1分もしない内に中年男が声を掛けてきた・・
「君、貴方の病気を治しますって、どんな病気でも治せるの?」
「えっ、えぇまぁ・・多分、ですけど・・」
「医者?」
「いえ、医者じゃないですが・・特別な力がありまして・・」
「ほぅ・・で、金をとるの?」
「まぁ・・気持ち戴けると・・」
「気持ちっていくら?」
「1万円も貰えれば・・」
「はい!君、逮捕ね!」
中年男は、俺に手錠をはめた!
「え?」
突然の出来事が理解出来ない俺をニコやかに見つめる中年男・・
「私は公安警察です。医師免許のない者が治療で金を取るのは犯罪だから」
「そ・そうなんですか・・知らなかった・・あっ、でも俺、まだ何もしてませんから!」
「病気を治すって看板を出すだけでも違法なんで、署に来てもらいますよ!いろいろ聞きたい事もあるし・・」
「そうですか・・」
抵抗出来るはずもなく、素直に公安の取り調べ室に座らされた俺・・
『まぁ・・誰も被害を受けてないから・・大したことないはず・・』
と気楽に考えていたが・・取り調べ室にいる公安警察の2人は、気難し顔で俺を睨んでいた・・
「元気教ってのは、君が信仰している宗教なのか?」
「・・まぁ・・信仰と言うか、俺が教祖でして・・」
「君が教祖!・・う~ん・・まず、結論から言っとくが、君はもう一般社会に戻れないから」
「えぇ~っ!なんで?どう言う事ですか!」
「君の力だよ・・入院患者全員を治したろ、我々は防犯カメラから君を割り出し、監視していた・・君の力は世の中を混乱させるからね・・」
「そんな・・やっと自分の能力に気付いたのに・・人生、上手く行くと思ったのに・・」
「たまに現れるんだよ・・人智を超える者が、混乱を招く前に対処するのも我々の仕事でね・・」
そう言って、取り調べ官は小さく溜め息を付き、俺はガックリと項垂れた・・
「・・俺は、どうなるんです?」
恐る恐る尋ねたその時、ドアがノックされ男が顔を覗かせる・・公安の1人がドアへと向かいコソコソ耳打ちを受けて帰って来ると、もう1人の公安に険しい表情を見せ
「CIAがこの男を引き渡すように迫って来てるそうだ・・ どうする?」
「チッ、CIA め、もう嗅ぎ付けたか・・渡すわけにはいかない・・この男は公安で処理する・・」
『処理する・・俺、処理されるのか・・』
その言葉に恐怖しか感じない・・
「あの・・処理するって、殺すって事ですか?」
「それもあり得る・・君次第だよ・・」
まだ助かる余地が残ってて、少し安心した俺は
「公安は俺をどうするんですか?」
「死ぬまで隔離して、逃げようとすれば始末する・・」
「CIAは、どうするんでしょう・・ 」
「さぁ・・エージェントにする気かもな・・あっちは特別な能力を持った奴が好きだからな・・」
『俺がエージェント・・超カッコイーじゃん・・CIAがんばれ~・・ 』
と思った時、部屋の外が騒がしくなって、銃声が打ち乱れる!
「くそっ!」
公安の2人も銃を抜き、飛び出して行った・・
ドアには鍵が掛けられ、窓もない密室に残ったのは俺だけ・・激しく鳴り響く銃声の中で俺は考える・・
『・・公安は俺を隔離するつもりだし、CIAには頑張ってもらわないと・・上手く行けばCIAのエージェント、どの会社にも雇ってもらえなかった俺の就職先が決まる・・CIAに入れるなんて夢みたいだ! あぁ、なんだか緊張してきた・・会社の面接に来てる気分だ・・ 』
俺は、両手を握って膝の上に置き、姿勢を正して銃声が止むのを静かに待った・・
やがて銃声が止まり静かになると、俺の緊張が高まる!
『どっちが勝った!・・決まるのか!俺の就職先~っ!』
「ガチャ!」
鍵の音と共に姿を現したのは、公安の男だった・・
『ダメかぁ~・・』
ガッカリと肩の力が抜けた俺だったが、公安の男は銃を手に強張った表情を見せ、まだ警戒を解かない様子で近付いて来ると、突然、俺に銃口を向け引き金を引いた!
公安の男は続けざまに、もう1発の弾丸を放ち、2発の弾丸が俺の腹を貫通する!
『ま・まじかよ・・』
俺は、痛みと衝撃に体を捩らせ床に倒れ込んで行った・・
昨日までの俺なら、何の抵抗もせずに死を迎えていただろう・・しかし、今の俺は違う!望みがある・・生きて、やる事があるんだ!・・痛みに耐えながらも傷口を抑え
『治れ!治れ!治って元気になれーっ!』
と唱えながら床に倒れ込み、床に広がる血の上で、意識のあるかぎり治るよう唱えた・・
ドアが開き、もう1人の公安が戻って来ると俺の様子に驚き
「お前が殺ったのか・・」
「あぁ・・こいつが死ねば、CIAも諦めて手を引くだろう・・」
「そうか・・ちゃんと後始末しとけよ!」
と言って出て行く・・俺は2人の会話に虫ずが走った・・俺の就職を邪魔した上に、命を軽く扱う短絡的な思考・・踏みにじられた怒りと共に立ち上がる!
俺の傷は治り、元気になっていた!
気付いた公安の男は、透かさず銃口を俺の頭に向け金を引いたが『カツッ・・』
「チッ!玉切れか・・」
銃を放り投げると上着を脱ぎ始める・・
公安の男は、たんぱく質を豊富に取っているのか、俺より二回り程大きな体に鍛えた筋肉、格闘技にも精通しているのか、俺をブッ飛ばす気満々で構える・・
一方の俺は、カップ麺ばかりで貧相な体・・しかし、奴は知らない!
俺には、優れた反射神経と動体視力がある事を!かつてプロボクサーを目指し、ジムで死ぬ程トレーニングしてきた事を・・
ボクサーになるのは諦めたが、それは弱いからではなく、殴るのが嫌いだからだ・・相手を怪我させるのが怖かった・・だが今の俺に、そんな恐怖はない!そして俺は今、死の淵から甦り闘志に溢れている!
俺は公安の男の攻撃を避けまくり、掴み掛かって来るのをヒラリとかわすと、公安男のボディーに強烈な1発を入れた!まさか俺が強いなんて思いも寄らなかったろう・・ひるんだ所に猛攻撃を繰り出す!
顔や体に強烈なパンチをブチ込み、公安男をサンドバッグ状態で殴りまくった!
それはもう狂気と言っていい、今まで生きて来た恨み辛みを全て込めて、殴りまくったのだ!
公安男の顔はボコボコに腫れ上がり、意識朦朧で地面にひれ伏す・・
俺は倒れた公安男の顔を怒りに任せ蹴り上げると、グリグリ踏みつけた・・
「た・・助けてくれ・・」
その言葉に一瞬足が緩んだが、更に踏み込み
「助けて下さいだろぉ~!」
と言ってグリグリ踏み込んだ・・
「助けて・・下さい・・お願いしま・・」
足を下ろしてやった・・
俺は大きく深呼吸をして、虫の息の公安男を見下ろし、勝ち誇った気分を味わってから傷を治し、元気にしてやると俺の最初の信者となる・・
数年後・・
とある田舎の体育館にゾロゾロと人が集まり、超満員になっていた・・そこにマイクを持ったあの公安男がいた・・
「さぁ!皆さん、只今ここに元気教教祖、渋沢栄吉様がおいでになります!皆様どうか温かい拍手でお迎え下さい!」
盛大な拍手の中で渋沢栄吉が姿を現す・・
「元気ですかーっ!元気があれば何でも出来る!元気教教祖、渋沢栄吉でございます。私の名前は、かの有名な渋沢栄一と一文字違いでありますが、親戚でも何でもありません。しかし私は、渋沢栄一が大好きなのです!渋沢栄一に会いたい!1人で3人の渋沢栄一で良いのです!代わりに私は皆様を元気にします!私に多くの渋沢栄一と合わせて下さいお願いします!皆で元気になりましょう!それでは、皆様ご唱和下さい!」
俺は右手を大きく振りながら大声で
「い~ち、に~い・・」
拳を強く突き上げ!
「3万だぁ~っ!」
(終わり)




