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眠くなる短編集  作者: 生丸八光
12/12

昨日の今日

競馬に行った日曜日をやり直す話。

 朝目覚めて憂鬱なのは、今日が月曜日だからだ・・布団から出たくない・・


『あぁ・・会社に行きたくない・・でも、行かなきゃ・・』


 重い体にムチを入れ、身支度を整える


「あら!今日は随分早いのね!」


 台所からの母親のかる~い声にイラっときた! 


「早くねぇし!急がねぇと会社に遅れるから!」


「何言ってんの?今日は日曜よ!休日出勤?」


「えっ、日曜日?そんなバカな・・」


半信半疑でテレビと新聞の日付で確認した俺・・


「ホントだ!今日は日曜だ!」


メチャメチャ得した気分で自分の部屋に戻ると、速攻で布団の中へ・・


『最高にハッピーな気分だな・・』


 気持ち良く2度寝し、昼の12時に目覚めた時、ふと考える・・


『今日が日曜日なら、昨日は何だったんだ?・・』


 昨日の自分の行動を思い起こしながら、冷蔵庫の扉を開いて牛乳を飲んだ・・


『そうだ!昨日も起きてすぐ牛乳を飲んだんだ・・昨日は、確かに日曜だったぞ!・・夢でも見てるのか・・』


 不思議な感覚で自分の記憶をたどり、なぞるように昨日と同じ行動をしていく・・


 俺は日曜日に電車で競馬場に行くのが毎週の楽しみで、競馬に集中するためスマホを持たずに今日も競馬場に向かう・・


『電車では、ドアの近くでポールに掴まり、立ったままでいるのが俺のスタイルなのだが、昨日は座ったんだ・・で、目の前を中年のおばさんが通りすぎる時、俺の足に(つまず)きパンツ丸出しでズッコケたんだけど、そのおばさんが履いていたパンツの柄が、おばさんソックリのブタの顔で思わず大笑いしたら、凄い顔で睨まれた・・』


 と思った時、おばさんが(つまず)き転んだ!


 ・・・俺は、おばさんに睨まれながら


『怖ぇ~・・やっぱり昨日と一緒だ!どういう事だ・・タイムリープしてるのか?・・』


 同じ日をもう一度繰り返す奇妙な状況に、恐怖を感じると同時に興奮してきた


『俺は今、競馬場に向かってんだ!昨日は、メインレースでガチガチの本命ラッキーバトルに10万円ブチ込んで外した・・今日はどうする!』


 電車を降りると、沸き上がる興奮を抑えつつも、足早に競馬場へ・・


 競馬新聞を片手に、いつもの場所に陣取った俺は、昨日のメインレースを思い出していた・・


 本命のラッキーバトルが第4コーナーを曲がって一気にトップに踊り出て、そのままゴールかと思ったら、ゴール手前で失速し結果は4着・・1着は16番人気のミソカツショウグンで馬券は大荒れ、三連単は3000万のお化け配当だった・・


『どうする!・・ミソカツショウグンを買うべきか・・本命のラッキーバトルを外すのか・・』


 俺は考えた・・10万円を握り締め、考えてに考えて悩んだ揚げ句、時間ギリギリで単勝一点買い!ラッキーバトルに10万をブチ込む・・ラッキーバトルには思い入れがあったし、本命を外して買う度胸が俺にはなかった・・


『昨日と同じとは限らない・・今回はラッキーバトルが来る!』


 ゲートが開き、一斉に16頭の馬が走り出すのを静かに眺め、レースの行方を見守っていたが、第4コーナーに差し掛かった所で力が入る!

 

『今だ、行け!ラッキーバトル~っ!』


 ぐんぐんスピードを上げ先頭に出たラッキーバトルは更にスピードを上げる!


『あと200メートル!ここからだぞ~!』


 祈るようにラッキーバトルを見つめ、騎手がムチを入れるのに合わせ、丸めた競馬新聞を手すりに叩きつける!


「行け!行け!行けーっ!」


 しかし残り100メートルの所でムチを入れてもスピードが落ち、ミソカツショウグンが迫って来る!


『ダ、ダメかぁ~・・』


 ゴール手前で3頭に抜かれるのを目を閉じ、大きく息を吸い込むとガックリ頭を下げ


『昨日と一緒か・・』


椅子に座り込んだ・・


『・・・俺はバカだ!・・結果を知ってたのに、なぜ買わなかった・・・三連単に100円でも買っとけば3000万が手に入ったのに・・飛んでもないチャンスを無駄にした・・大バカすぎる・・』


 悔やんでも悔やみ切れない後悔が()()掛かり、椅子から立ち上がれない・・


 目を閉じたまま、しばらく途方に暮れていた俺だったが、ある(ひらめ)きと共に目を開く!


『まだチャンスがあるかも・・俺は今、昨日と同じ状況にある・・この先、昨日と同じ行動をすれば、明日また今日をやり直せるかも・・』


 僅かな希望にすがる事にした・・昨日の自分を思い出して慎重に行動して行く・・


『俺は10万円を失い、落ち込みながらも喉の渇きを潤そうとジュースを1本買ったら、電車賃が無くなり、歩いて帰る事になったんだ・・』


 2時間は掛かる道のりを歩き出す・・のどかに流れる川の堤防を歩いて行くのだが、嫌な事を思い出した・・


『・・確か、この辺りで転んで、犬の(くそ)が顔にベットリくっ付くんだよな・・』


 地面を探すと、こんもりとホカホカの犬の糞が見える・・その糞を目掛けて倒れ込んだ!


「ウゲェッ!」


 顔にベットリと付いた犬の糞を手で(ぬぐ)い、川の水で顔と手を洗うため堤防を降りて行く・・


『チッキショォ~・・バカみてぇだな・・おまけにこの後、足を滑らせ、溺れて死にそうになるんだよな・・』


「ドッボーン!」


 泳げない俺が、死に物狂いで岸から這い上がり、ずぶ濡れで堤防の上に戻って来た・・


「ほ、本当に死ぬとこだった・・」


 俺は濡れたまま、再び堤防を歩いて行くと、正面からチンピラ2人が歩いて来るのが見える・・


『次は、コイツ等か・・』

何をすべきか分かっていた・・



「見てみろよアイツ!ずぶ濡れじゃねぇか!ナハハハッ笑える!頭おかしいんじゃねぇのか!」


「うるせぇー!こっち見んじゃねぇー!チンピラがぁ!」


「何だとぉ!このヤローッ!」


 怒った2人のチンピラが俺をブン殴ると、俺は直ぐに土下座して


「スミマセンでした・・どうか、お許し下さい、お願いします・・」


 おデコを地面に(こす)りつけ謝る・・


「けっ!ふざけやがって!腰抜けがぁ!」


 俺を蹴り上げ去って行った・・


『あぁ・・情けねぇ・・』


 力無く立ち上がった俺は、トボトボ歩き出す・・体力も精神も削られ、僅かな気力で歩き続け、家に帰ってシャワーを浴びると、夕食も食べずにベッドに倒れ込む・・・


『散々な1日だったな・・』


 目覚めると朝になっていた・・憂鬱な気分で起き上がる・・


『今日は、月曜か?』


 スマホで確認すると日曜日・・財布の中には10万円が戻ってる


『やったぞ!上手く行った!』


 俺は最高の気分で、もう一度眠りに付いた・・


 昼頃目覚めた俺は、まず冷蔵庫の牛乳を飲み、軽く食事を摂ると競馬場に向かう・・


 おばさんに睨まれても気にしない、と言うか嬉しかった・・


『さぁ!戻って来たぞ!』


 再びこの場所に戻って来た俺は、勝利を確信して余裕で椅子に腰掛ける・・


『結果はもう分かってんだ!何も考える必要ない!』


と思っていたが、一応、競馬新聞に目を通してみる・・予想は誰もがラッキーバトルで、好調と称賛の記事が並び、ミソカツショウグンの方は酷評が目立つ・・2着のハレルヤボーイと3着のウカレキックも不調で論外と言った感じ・・新聞を読めば読むほど不安になって来た・・


『う~ん・・ラッキーバトルが勝つとしか思えん・・いや!俺は今日と言う日を2回もやってんだ!ミソカツショウグンが1着だ!』


 そう自分に言い聞かせつつも、時間ギリギリまで悩んだ揚げ句に購入した馬券は、10万円単勝一点勝負ラッキーバトルだった・・


『俺はバカなのか・・なぜラッキーバトルにした・・』


 馬券を買った直後に後悔するが


『いや!今度こそラッキーバトルが勝つ!』


 自分に気合いを入れる!


 ゲートが開き、レースが始まると同時に俺の気合いが爆発!


「行けぇー!」


 大声を出して立ち上がり、競馬新聞を叩きつけていた!


『俺はラッキーバトルに勝って欲しい!全力で応援すれば結果は変わる!俺の気合いでラッキーバトルを勝たせて見せる!気合いで未来を切り開けぇーっ!』


 気合いを入れて応援し、第4コーナーを抜け、ラッキーバトルが先頭に出ると


「来た!来た!来たぁー!行け!行け!行けぇー!」


 ラッキーバトルが更に加速し、俺の気分も盛り上がる!


「そこだぁー!行けぇー!」


 しかし、あと100メートルの所でラッキーバトルのスピードが落ちる!


「まだまだぁ!ここからだぁー!粘れ!粘れー!負けるなー!行けぇー!」


 俺の気合いも全開!バンバン新聞を叩きつける!


 が、ゴール手前で次々と抜かれて4着でゴールした・・


『・・やっぱりダメか・・気合いじゃ変えれねぇのか・・』


 ガックリ椅子に腰掛けると、現実の波が押し寄せてくる・・


『俺はバカだ・・結果は分かってたのになぜ買わなかった・・バカヤロ~っ・・三連単に10万をブッ込めば億万長者になってたのに・・』


 落ち込む中で、俺は再び決意する!


『もう一度やるしかねぇ!』


 俺はジュースを飲んで、もう一度犬の糞に顔を引っ込み、溺れてチンピラに殴られヘトヘトになって家に帰る・・


 憂鬱な気分で目覚めた朝・・財布の中には10万円・・


『よし!今度こそ、やってやる!』


 億万長者を夢みて眠りに付く・・再び目覚めた俺は、牛乳を飲み食事を済ますと、いざ出発だ!


 おばさんのパンツに大笑いして、睨まれても笑えて来る・・


 競馬場に来た俺、もう何も考えない!競馬新聞を買っても読まずに馬券を買いに行く!


 1着ミソカツショウグン、2着ハレルヤボーイ、3着ウカレキックの三連単に10万円をブッ込んだ!


『これで俺に億の金が入って来る!』


 勝利を確信して椅子に座り、腕を組み、目を閉じて静かにレースが始まるのを待つ・・



 ゲートが開きレースが始まっても、俺は微動だにせず、遠くから聞こえてくる実況に耳を澄ました・・


【さぁ、各馬一斉にスタートしました!いいスタートです!注目のラッキーバトルは後方3番手から!ややスローペースのレース展開です!】


 『展開は今までと一緒だ!』


【さぁ!縦長の馬群が第3コーナー手前で詰まって来ました!ラッキーバトルも徐々にペースを上げて来ているぞー!】


『ここからだ!』


【出た!ラッキーバトルが第4コーナー手前で先頭に出て、一気にスピードを上げる!ぐんぐん後続を引き離して行くぞぉー!】


 俺の拳に力が入る!


【あっ、どうした!ラッキーバトルの脚がとまって伸びない!スピードが落ちたぞー!後方からは、ミソカツショウグンが迫って来るー!】


 俺は興奮を抑えつつも

『行けっ!そこだ!』


【おぉ!ラッキーバトルを(とら)えるかーっ!】


『来た!来た!来たぁー!』


【並んだ!並んだぁ!並んだが粘る!ラッキーバトルが粘っているぞー!】


 実況も興奮気し、俺にも力が入る!


【出たぁー!先にミソカツショウグン!おっ!再びラッキーバトルが出る!伸びるぞー!どっちが先にゴールだぁー!】


 俺は我慢しきれずゴールに目を向ける!


【先にゴールしたのはラッキーバトル!ラッキーバトルが差し返しましたぁー!】


 椅子から転げ落ちた・・


【これがラッキーバトルの底力です!単勝オッズ1.1倍は伊達じゃない!】


 俺の力は抜け、床に横たわって思った・・


『ここは俺の馬券を外す世界線だ・・』



 俺は電車で帰ったが、クタクタに疲れていた・・シャワーも浴びず眠りに付く・・



 憂鬱な気分で目覚めた朝・・


『今日は月曜だ・・』


 財布の中は空っぽ・・


『今日は会社を休もう・・』



(終わり)



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