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眠くなる短編集  作者: 生丸八光
10/13

ラーメン戦争

ラーメン屋に入った男と店主の話

「ちょっと、ラーメンでも食って行くか!」


と昼食や酒を飲んだシメにラーメン屋に入った人も多いだろう。


 ラーメンは、日本人にとって馴染み深く、気軽に食べれる国民食の1つと言ってもいい。しかし、店側は決して気軽に提供している訳では無く、乱立する店舗との競争で生き残るのは必死、常に試行錯誤を繰り返し、味やサービスを研究して、進化しなければ淘汰される厳しい世界なのだ・・


 今、私の目の前に一軒のラーメン屋が見える。店の名前は『天下統一!』まだオープンして3日目で、3日間はラーメン1杯300円で食べれるとチラシに書いてあった。


 ラーメン好きの私としては、行かない訳には行かない・・・時間は午後3時、丁度小腹の空いた頃だった・・


 店に入ると「へい!らっしゃい!」と威勢のいい掛け声!


 カウンターに腰掛け、ピカピカの店内を見渡すと客は私だけ・・そこに店員が愛想よく「ご注文は?」と聞いたので


「300円のラーメンを1杯貰えますか?」


と尋ねると店員は「分かりました!ラーメンいっちょ!」威勢のいい声が響いたが、店員は1人だけ・・どうやら、この男が店主で1人で切り盛りしているようだ・・


 数分後、目の前に出されたラーメンはボリュームがあって、立ち上がる湯気のいい匂いが鼻先を刺激する・・


『旨そうだ!これが300円で食べれるなんて、ラッキーだな!』


早速食べようと思ったが、(はし)がない・・周りにも割り箸が置いてある様子が無かった・・


「あの、すみません。箸が無いんですけど・・」


すると店主は愛想よく


「うちのラーメンは箸を使わず、手で頂いてもらってるんです」


「はぁ?手って・・熱々のラーメンを手で食べるの?」


「そうです!手で食べるのが最高に美味しいので!」


「いやいや、旨い不味いじゃなくて、火傷するでしょう・・」


「大丈夫です!コップの水で指先を冷やして、お召し上がり下さい!」


「そう言われても・・」


 私は、コップの中の氷を指先で混ぜながら店主に


「ラーメンを手で食べるなんて聞いた事無いし、初めてだ・・何でこんな食べ方を?」


「手で食べた方が旨いからですよ!寿司は手で食べるから旨いんです!あっしは、寿司屋で20年修行して来たんで、その辺は、よーく分かってるんです!」


『じゃあ寿司屋を出せ・・なぜラーメン?・・』


と私が思った事が店主に伝わったのか


「最初は寿司屋にしようと思ってたんですが、ラーメンを手で掴んで食べるアイデアを思い付いたんです。いいアイデアでしょ!他の店には無いですから!」


『いいアイデアって・・誰もやらねぇよ・・』


 と思ったが店主は


「ガシッっと掴んでカブり付く、人間の本能を刺激して旨さ倍増なんですから!そして、汁の付いた指を最後に舐め回す!もう最高でしょ!」


 満面の笑みを私に向ける・・


『本能を刺激して旨さ倍増か・・』


 店主の自信に満ちた笑顔と言葉が、私の食欲を掻き立てた・・


『大昔、まだ人類の文明が発展してなかった頃は、何でも手掴みで食べてただろう・・ワイルドに口の中へ詰め込み満腹感を味わう・・この店は、それを体感する為に考え出された進化と逆行した新しいサービスを提供しているのかも・・』


 そう思った私は、この店主のバカなアイデアに本気で向き合う事にした・・


 店主が笑顔を向ける中で、3日振りの食事のようにラーメンを見つめ、気持ちを高めると一気に手を突っ込む!


 麺を握り潰すようにガッシリ掴んだ瞬間、脳天を突き抜ける激痛!


「熱っ!」


思わず麺を床に叩き付け、手を冷やそうとコップに突っ込んだが、指先しか入らない!慌てて、中の水を手にブッかけ氷を握って冷す!


「何やってんだよ!このやろー!」


床にブチまけられた麺と水に店主がブチ切れた!

 

「せっかく作ったヤツを!てめぇ、カスハラか?カスハラしに来たのか!」


「いえ・・すみません・・余りにも熱過ぎたので・・」


「ばかヤローッ・・最初は2、3本ずつ摘まむんだよ!火傷するだろ!今度やったら、ただじゃおかねぇからな・・ちっきしょー・・面倒かけやがって・・」


 店主がブツブツ文句を言いながら床の水と麺を掃除し、その間に私は、スマホでこの店の評判を検索してみた・・


『変な店・・』

『なぜ手で食わすんだよ!』

『不味いラーメン・・』

『不味いって言ったら殺されそう・・』

『いつか殺るな!』

『やべぇ店・・』

『あんな店二度と行かねぇ!』

『行かねぇ!』

『店長すぐブチ切れる!』

『店員みんな辞めた・・』

『俺、火傷した!』

『絶対潰れる!』

『すぐ潰れろ!』

『残すとブチ切れる!』

『やべぇ店長・・』

『絶対、変な組織に入ってる・・』

『悪の組織・・』

   ・

   ・

   ・

「客が居ない訳だな・・」


 私が麺を2、3本つまみ、食べ始めると店主が目の前に来た・・


「味は、どうだ?旨ぇだろ!」


「はい!とても美味しいです!」


私の感想に店主の顔に笑顔が戻る!


「そうか!実は、この店を全国に出そうと思ってんだ!」


「いいじゃないですか!応援してます!頑張って下さい!」


「おぉう!そうか!」


私の心にもない言葉を真に受け、店主は上機嫌になって行く・・


「お前、見所があるな!気に入ったから俺の店で働け!」


「えっ!いや・・私には勿体ない話です・・私は包丁も握った事の無い男ですから・・」


「そんなの気にするな!俺のラーメン道をお前に叩き込んでやるから!」


『困ったなぁ・・このラーメン不味いんだけど・・』


 更に店主は、カウンターの上に飛び乗り、遠くに目を輝かせ勢いよく指差すと! 


「いいか!俺達は、北は北海道から南の沖縄まで、グルっと全国制覇した暁には天下統一を目指すんだ!」


「天下統一?」


「おぅよ!各店舗を拠点にその辺一帯を支配し、日本を手に入れる!俺が、天下人になるのさ!」


「はぁ・・」

『このオッサン・・マジで言ってんの・・』


店主は、怪訝な表情の私を『キッ』っと睨み付け


「その顔、何バカな事言ってんだって顔だな・・いいか、俺がその気になれば、今すぐにでも東京をパニックに落とし、思い通りにできるんだぞ!」


「いったい・・どうやって?」


 店主は『ポン!』っとカウンターから飛び降りると、店の奥へ走り、何かリモコンのようなものを2つ持って来た・・


「何ですか、それは?」


「こいつは、爆弾のスイッチだ!」


「ば、爆弾・・!」


 店主の不適な笑みに、もう気軽にラーメンを食べれる雰囲気じゃ無くなってきた・・


 店主は、私にギラギラした目を寄せると小声で


「スカイツリーと都庁に小型で強力な爆弾が仕掛けてある・・このリモコンのスイッチを押せば『ボン!』って訳だ!」


『マ・マジでヤバい奴だな・・』


 私は話相手にならないように、どんぶりに口を付け麺を掻き込む・・


「お前、信じてねぇな!」


店主が睨み付けるが、私は熱さを我慢して食べ続けた・・


「そうか、よ~し!見せてやる!」


店主は、2つのリモコンを見比べ


「どっちがスカイツリーだったっけ?」

と少し悩んでいたが

「こっちだ!間違いねぇ、スカイって書いてある!」


そう言うと、遠くに見えるスカイツリーを指差し


「あのスカイツリーが『ポキッ』って折れるのを見とけ!」


私が横目でスカイツリーに目を向けると


『ポチ』っとボタンを押した!


が、スカイツリーに何の変化もない・・


「あれ?何故だ・・チッ!そうか、電池が切れてんだ!」


急いで電池を交換した店主は、直ぐにスイッチを押す!


「それ!いけ~っ!」


しかし、爆発しなかった・・

「な・・何故だ・・?」


 頭を悩ませる店主に私は


「爆弾は、既に撤去されているからですよ」

と言った。


「そ、そんなバカな・・ん?・・何故お前に分かる・・?」


「私は公安ですから、あなたは要注意人物になってます。20年前からスパイ活動している事も知ってますよ!」


「なっ何ぃー!ばれてたのか!」


「私が、今日ここに来たのはラーメンを食べる為じゃなく、あなたを逮捕する為ですから、野放しにすれば戦争になる・・あなたは、世界が戦争する事を望んでいるのでしょ?」


そう言って、外で待機している仲間に突入の合図を出すと、一気になだれ込み、あっという間に店主を確保した・・


「こっこのヤロー!裏切りやがって・・」


睨み付ける店主に、溜め息を付き


「あなたには、幾つもの容疑が掛けられていますから、覚悟しといて下さい・・」


 店主が連れられて行く背中を眺めながら、私は、どんぶりの底に残っている細かい麺をかき集め、口の中へ掻き込むと、最後に汁の付いた指を舐める・・


「なるほど・・この指が最高に旨いな!」



(終わり)




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