ラーメン戦争
ラーメン屋に入った男と店主の話
「ちょっと、ラーメンでも食って行くか!」
と昼食や酒を飲んだシメにラーメン屋に入った人も多いだろう。
ラーメンは、日本人にとって馴染み深く、気軽に食べれる国民食の1つと言ってもいい。しかし、店側は決して気軽に提供している訳では無く、乱立する店舗との競争で生き残るのは必死、常に試行錯誤を繰り返し、味やサービスを研究して、進化しなければ淘汰される厳しい世界なのだ・・
今、私の目の前に一軒のラーメン屋が見える。店の名前は『天下統一!』まだオープンして3日目で、3日間はラーメン1杯300円で食べれるとチラシに書いてあった。
ラーメン好きの私としては、行かない訳には行かない・・・時間は午後3時、丁度小腹の空いた頃だった・・
店に入ると「へい!らっしゃい!」と威勢のいい掛け声!
カウンターに腰掛け、ピカピカの店内を見渡すと客は私だけ・・そこに店員が愛想よく「ご注文は?」と聞いたので
「300円のラーメンを1杯貰えますか?」
と尋ねると店員は「分かりました!ラーメンいっちょ!」威勢のいい声が響いたが、店員は1人だけ・・どうやら、この男が店主で1人で切り盛りしているようだ・・
数分後、目の前に出されたラーメンはボリュームがあって、立ち上がる湯気のいい匂いが鼻先を刺激する・・
『旨そうだ!これが300円で食べれるなんて、ラッキーだな!』
早速食べようと思ったが、箸がない・・周りにも割り箸が置いてある様子が無かった・・
「あの、すみません。箸が無いんですけど・・」
すると店主は愛想よく
「うちのラーメンは箸を使わず、手で頂いてもらってるんです」
「はぁ?手って・・熱々のラーメンを手で食べるの?」
「そうです!手で食べるのが最高に美味しいので!」
「いやいや、旨い不味いじゃなくて、火傷するでしょう・・」
「大丈夫です!コップの水で指先を冷やして、お召し上がり下さい!」
「そう言われても・・」
私は、コップの中の氷を指先で混ぜながら店主に
「ラーメンを手で食べるなんて聞いた事無いし、初めてだ・・何でこんな食べ方を?」
「手で食べた方が旨いからですよ!寿司は手で食べるから旨いんです!あっしは、寿司屋で20年修行して来たんで、その辺は、よーく分かってるんです!」
『じゃあ寿司屋を出せ・・なぜラーメン?・・』
と私が思った事が店主に伝わったのか
「最初は寿司屋にしようと思ってたんですが、ラーメンを手で掴んで食べるアイデアを思い付いたんです。いいアイデアでしょ!他の店には無いですから!」
『いいアイデアって・・誰もやらねぇよ・・』
と思ったが店主は
「ガシッっと掴んでカブり付く、人間の本能を刺激して旨さ倍増なんですから!そして、汁の付いた指を最後に舐め回す!もう最高でしょ!」
満面の笑みを私に向ける・・
『本能を刺激して旨さ倍増か・・』
店主の自信に満ちた笑顔と言葉が、私の食欲を掻き立てた・・
『大昔、まだ人類の文明が発展してなかった頃は、何でも手掴みで食べてただろう・・ワイルドに口の中へ詰め込み満腹感を味わう・・この店は、それを体感する為に考え出された進化と逆行した新しいサービスを提供しているのかも・・』
そう思った私は、この店主のバカなアイデアに本気で向き合う事にした・・
店主が笑顔を向ける中で、3日振りの食事のようにラーメンを見つめ、気持ちを高めると一気に手を突っ込む!
麺を握り潰すようにガッシリ掴んだ瞬間、脳天を突き抜ける激痛!
「熱っ!」
思わず麺を床に叩き付け、手を冷やそうとコップに突っ込んだが、指先しか入らない!慌てて、中の水を手にブッかけ氷を握って冷す!
「何やってんだよ!このやろー!」
床にブチまけられた麺と水に店主がブチ切れた!
「せっかく作ったヤツを!てめぇ、カスハラか?カスハラしに来たのか!」
「いえ・・すみません・・余りにも熱過ぎたので・・」
「ばかヤローッ・・最初は2、3本ずつ摘まむんだよ!火傷するだろ!今度やったら、ただじゃおかねぇからな・・ちっきしょー・・面倒かけやがって・・」
店主がブツブツ文句を言いながら床の水と麺を掃除し、その間に私は、スマホでこの店の評判を検索してみた・・
『変な店・・』
『なぜ手で食わすんだよ!』
『不味いラーメン・・』
『不味いって言ったら殺されそう・・』
『いつか殺るな!』
『やべぇ店・・』
『あんな店二度と行かねぇ!』
『行かねぇ!』
『店長すぐブチ切れる!』
『店員みんな辞めた・・』
『俺、火傷した!』
『絶対潰れる!』
『すぐ潰れろ!』
『残すとブチ切れる!』
『やべぇ店長・・』
『絶対、変な組織に入ってる・・』
『悪の組織・・』
・
・
・
「客が居ない訳だな・・」
私が麺を2、3本つまみ、食べ始めると店主が目の前に来た・・
「味は、どうだ?旨ぇだろ!」
「はい!とても美味しいです!」
私の感想に店主の顔に笑顔が戻る!
「そうか!実は、この店を全国に出そうと思ってんだ!」
「いいじゃないですか!応援してます!頑張って下さい!」
「おぉう!そうか!」
私の心にもない言葉を真に受け、店主は上機嫌になって行く・・
「お前、見所があるな!気に入ったから俺の店で働け!」
「えっ!いや・・私には勿体ない話です・・私は包丁も握った事の無い男ですから・・」
「そんなの気にするな!俺のラーメン道をお前に叩き込んでやるから!」
『困ったなぁ・・このラーメン不味いんだけど・・』
更に店主は、カウンターの上に飛び乗り、遠くに目を輝かせ勢いよく指差すと!
「いいか!俺達は、北は北海道から南の沖縄まで、グルっと全国制覇した暁には天下統一を目指すんだ!」
「天下統一?」
「おぅよ!各店舗を拠点にその辺一帯を支配し、日本を手に入れる!俺が、天下人になるのさ!」
「はぁ・・」
『このオッサン・・マジで言ってんの・・』
店主は、怪訝な表情の私を『キッ』っと睨み付け
「その顔、何バカな事言ってんだって顔だな・・いいか、俺がその気になれば、今すぐにでも東京をパニックに落とし、思い通りにできるんだぞ!」
「いったい・・どうやって?」
店主は『ポン!』っとカウンターから飛び降りると、店の奥へ走り、何かリモコンのようなものを2つ持って来た・・
「何ですか、それは?」
「こいつは、爆弾のスイッチだ!」
「ば、爆弾・・!」
店主の不適な笑みに、もう気軽にラーメンを食べれる雰囲気じゃ無くなってきた・・
店主は、私にギラギラした目を寄せると小声で
「スカイツリーと都庁に小型で強力な爆弾が仕掛けてある・・このリモコンのスイッチを押せば『ボン!』って訳だ!」
『マ・マジでヤバい奴だな・・』
私は話相手にならないように、どんぶりに口を付け麺を掻き込む・・
「お前、信じてねぇな!」
店主が睨み付けるが、私は熱さを我慢して食べ続けた・・
「そうか、よ~し!見せてやる!」
店主は、2つのリモコンを見比べ
「どっちがスカイツリーだったっけ?」
と少し悩んでいたが
「こっちだ!間違いねぇ、スカイって書いてある!」
そう言うと、遠くに見えるスカイツリーを指差し
「あのスカイツリーが『ポキッ』って折れるのを見とけ!」
私が横目でスカイツリーに目を向けると
『ポチ』っとボタンを押した!
が、スカイツリーに何の変化もない・・
「あれ?何故だ・・チッ!そうか、電池が切れてんだ!」
急いで電池を交換した店主は、直ぐにスイッチを押す!
「それ!いけ~っ!」
しかし、爆発しなかった・・
「な・・何故だ・・?」
頭を悩ませる店主に私は
「爆弾は、既に撤去されているからですよ」
と言った。
「そ、そんなバカな・・ん?・・何故お前に分かる・・?」
「私は公安ですから、あなたは要注意人物になってます。20年前からスパイ活動している事も知ってますよ!」
「なっ何ぃー!ばれてたのか!」
「私が、今日ここに来たのはラーメンを食べる為じゃなく、あなたを逮捕する為ですから、野放しにすれば戦争になる・・あなたは、世界が戦争する事を望んでいるのでしょ?」
そう言って、外で待機している仲間に突入の合図を出すと、一気になだれ込み、あっという間に店主を確保した・・
「こっこのヤロー!裏切りやがって・・」
睨み付ける店主に、溜め息を付き
「あなたには、幾つもの容疑が掛けられていますから、覚悟しといて下さい・・」
店主が連れられて行く背中を眺めながら、私は、どんぶりの底に残っている細かい麺をかき集め、口の中へ掻き込むと、最後に汁の付いた指を舐める・・
「なるほど・・この指が最高に旨いな!」
(終わり)