第三十二話「姉弟」
目前に華爛の一隊が見えてきた。相変わらず華爛軍の軍備は魔国とは比べ物にならない。大分近くまで来ているので、鬨の一声が今にでも聞こえるかというような一触即発の様を呈していた。
「とうとう華爛軍が来たな。」
剣が僕の耳元でそう言ったのがはっきり聞き取れた。
「何か策はあるのか?」
剣が僕に問うてくる。ここで、僕が正直に策はない、と言ってしまうと全体の士気に影響してしまうからとても本当のことはいえない。
「守るだけじゃそのうち看破されるな。」
僕は曖昧な返答しかできなかった。しかし、剣はそれを察して、
「俺にいい案がある。」
と、僕の耳元で囁いた。
(お前、天才!!!)僕は心の中でそう思った。
一方、華爛軍では。
「どうやら魔国では奢統威が奢州候の職を辞したようです。」
鎧に顔を埋めた男が言った。
「それは、私達にとっては朗報ね。」
緊張した陣中の雰囲気とは懸け離れた能天気な声の少女が言った。
「華爛の恐ろしさを知らないで一戦交えようなんて。」
「如何致しましょうか。」
鎧男の横の覆面男が言った。
「簡単なことよ。これまで何故魔国が華爛を攻めてこなかったと思う?それは、華爛は魔国御三家全てと血縁関係を持つほどの深い間柄だからなのよ。私の父は黒衣琳で、つい最近まで魔国に住んでたのよ。魔国の奴らのやり方なんて百も承知の上でのこの戦いよ。私達が負ける可能性なんてある?」
奇しくも、華爛軍を統率する大将の名前は、黒衣澪。彼女は黒衣優、聖の実の姉に当たる人物なのである。
「で、敵の大将は誰?まさか荊園とかじゃないでしょうね。」
「荊園は黒衣聖に倒されたそうです。」
「黒法師家での内輪揉め?」
実は、彼女が驚いていたのはそんなことではない。聖が荊園を倒した、つまり聖は相当な強敵として自分の前に立ちはだかっている存在だという事実を思いがけない形で知ることになったからだ。