第二十二話「二つの点は一つの線に」
約束通り、賢心氏は上官に交渉した。
「何とか黒咲鴉を解放できないのでしょうか。大体証拠不十分なのですし。」
「そういうわけにはいかないのだよ。」
「では、これを。」賢心氏は懐から小切手を上官に手渡した。
「今回は金では動けない。知っての通り、餓王廼刹を脱獄させたのは魔術局の責任だ。で、私は魔術局の長官だ。当然、世間からは批判を浴びるだろう。」
「それで、無実の人間を?」
「ならば、真犯人を見つけ出してこい。南闇都隊の連中は勝手に使ってもよいから。」
「それまでは、黒咲鴉の解放はないと?」
「あたりまえだ。それと、くれぐれも隠密に行え。」
「は。」賢心氏はこれ以上は無駄と悟り、南闇都隊の隊室に行った。
「残念ながら、すぐの解放は無理らしい。」
「そうでしたか。」聖は肩を落とした。
「交換条件として、真犯人を捕まえてくれば手を打とうとは言っていた。」
「それが、闇魔術局長官ともあろう人間がすることかよ!」剣が激昂して言った。
「ああ。それが、闇魔術局の問題点であるといえよう。私からも協力する。君達の手で真犯人を捕まえて来るのだよ。」と、賢心氏が述べた。
「でも、どうやって当てもなく真犯人を見つけ出すことが出来るんだよ?」現実的に考えればご最もである。まるで雲を掴むような捜査だ。何をすればいいかすらも思いつかない。
一月が終わり、二月がやってきた。その後、依然と捜査は難航していて、何の手がかりもないまま捜査開始一ヶ月が経とうとしていた。そんなある日、思わぬ来客が南闇都隊の隊室を訪れた。
「捜査は順調に進んでいるか?」
「完全に暗礁に乗り上げています。」
「こんな大変な時期にこういうのも何だが、うちの息子の泰臥の病が完治したそうで、四月からこの部隊に入ることになったんだ。足を引っ張ることも多いと思うが、私からも宜しく頼んだ。」
「実は、僕達からも言うことがあるんです。」不意に、幽羅が言った。
「僕達はあくまで六国の使者として来ているわけですから、明後日にも帰らなければなりません。」
「そうか。大変だな。何の別れの宴もできないが、元気でな。」幽羅達六国の使者が明後日にも帰らなければならないなんて、僕には初耳だった。どうやら、他の聖や亜弥子たちも同じ態度だった。
「鴉はどうするんだ?」
「そのことに関してなんだが、僕達で相談した結果、一旦は水の都に帰るが、捜査に進展があったのなら、いつでも呼んでくれ。」こうして、六国の使者達は闇の都を去って行った。
皮肉にも、捜査の手がかりとなるようなことが彼らが去った数日後に見つかった。どうやら、餓王廼刹は翳鬼と親交があったことが判明した。当然、この結果には南闇都隊一同が唖然とさせられた。
「翳鬼と繋がっていたのか。これじゃあ、犯人の目星はついても捕まえるのは困難極まりないだろうな。」良岑火長は、音羽隊正たちの死のことを思い出しながら呟いた。
「音羽ですら全く及ばなかった奴だ。俺達に出来ることって何かあるのか?」夜叉丸火長も困り果てていた。
「長期戦に縺れてもいいから、鴉を救出するべきなんじゃないですか?」亜弥子が僕達に助言をする。
「長期間に渡って、捜査をしても結局はいつかは翳鬼と戦うことになるんだぞ。」と、夜叉丸火長。
「では、いっそのこと餓王廼刹を狙いましょうか?」これは、発想の逆転だ。餓王廼刹が翳鬼に匿われているのなら、まず翳鬼を狙わなければならないというのが通常の考えだが、本来の狙いは餓王廼刹なので、直接狙ったほうが寧ろ上策なのではないか。
「そうかもしれないな。」僕も亜弥子に賛成した。早速、僕と亜弥子は桃源郷村に出向いた。あれ以降も数回翳鬼の部下達が出没したらしいが、翳鬼自身や廼刹は誰も見ていないという。
「恐らくは、桃源郷村の東の森林地帯に隠れているんだろ。」
「上空から探す?」
「そんなことをして敵に見つかったらどうするつもりだ?」
「我々をお探しのようだな。」フフフ、と微笑を浮かべた男が前から歩み寄ってきた。その男こそが餓王廼刹その人本人であった。
「自分自身から出向いてくるとはなかなかの度胸だな、廼刹。」
「貴様ら如きのガキ二人に何で出るのを惜しまなくちゃならねーんだ?」
「あんたのせいで無実の人間が一人獄中にいんのよ!」亜弥子は無謀にも自分よりも五十センチ程大きい廼刹につかみかかった。無謀なこととは亜弥子も分かっているのだろうが、自分を止められなかったのだろう。
「離せ、クソガキが。」今だ、廼刹の意識が亜弥子に集中している。僕は賺さず、
「雷巫雷砲三煌閃!」三条の光が僕の手から繰り出される。この術は、結構な威力があるので直接食らうと負傷することは粗間違いないだろう。しかし、大男の廼刹にとってはこんな術所詮児戯に等しく、片手で止められた。
「少しは、出す術を考えるのだな。」廼刹には少し余裕も感じられる。
「優。これを使って!」亜弥子が突然自分の胸元にある魔鉱石の首飾りを僕に投げ渡した。亜弥子は初めて出会った時から肌身離さずこの首飾りをかけ続けていた。案の定、その首飾りを僕がかけた途端、魔力が体中から湧き上がってきた。
「魔鉱石にこんな力があるとはな。」僕はつい声を出してしまった。
「それは、魔鉱石か。」廼刹の目の色が変わった。廼刹はきっとこれを狙っているに違いない。
「雷巫雷砲三煌閃!」もう一度、同じ術を発動した。しかし、さっきとは手ごたえが全然違う。僕の放った光は廼刹に直撃した。と同時に、次の瞬間廼刹は消えていた。