第二十一話「獄門の鴉」
六国からの和平使節が、闇の国に来て早速凶悪犯の逃亡に手を貸した疑いで捕まった事件の噂はその日の内に闇の魔術局中に広まった。今回は、頼りに出来そうな良岑火長たちも鴉のことを疑っているので、僕と聖と使者の残りの七人で解決するしかないようだ。
「六国の使者っていう大義名分の下でこんなに堂々とそんなことをするとはね。」朱雀火長も鴉のことを疑っているようだ。
「あなたたちの気持ちも分からないではないわよ。友達がこういうことになったら、私だって信じたくないから。」
「絶対にしてないはずです。」浄階が必死に反論した。
「でも、アリバイとかないわけでしょ。たとえ冤罪だったとしてもどう説明するわけ?」
「説明ってまさか・・・」最悪の予感が的中したようだ。
「立場的にも疑わしいから、間違いなく法廷で裁かれることになると思うわよ。」
「何とかならないんですか?」
「さあ。私は鴉って子のことを知らないから。でも、あなたたちも友達なら窮地に陥っている所を助けてあげるべきなんじゃない。功を奏すかどうかは別として。」朱雀火長は僕達に助言しつつも、心の底ではまだ鴉のことを信用出来ないらしい。
「亜弥子。」僕は亜弥子に話しかけた。
「鴉さんの潔白を証明するのを手伝って、でしょ。」
「そうだ、分かってたのか。」
「当たり前でしょ。協力してあげないこともないけど。」
「ありがとう亜弥子。で、どうすればいいと思う?」
「まず細かい事情を私達の方から鴉さんに聞いたほうがいいんじゃないの?」
「でも、鴉は留置場の中に・・・」
「男なら勇気出して入んなさい!」
「は、はい。」こういう所は亜弥子の方がずっと勇敢だ。尊敬に値すると思う。男としてか弱い要素がないのは残念だが。
「大丈夫なの?留置場なんかに忍び込んで。」
「大丈夫よ。そりゃ外に逃げる人に対する警備は厳しいかもしれないけど、中に自ら潜入するなんてまず考えないでしょ。」
亜弥子に連れられて、僕たち一行は留置場の前まで行った。
「一応、入っていいか確認したら?いいんなら別にこっそり忍び込む必要なんてないんだし。」
「じゃあ、聞いてこよ。」
「すいません。黒咲鴉に面会したいものですが。」
「魔術局か都警局か軍部の方以外の面会はお断りしております。」
「私達は、魔術局隊員よ。ほら。」亜弥子が身分証明書を見せた。
「では、私の方から案内させていただきます。」亜弥子がそっと僕に目配せした。僕も大体のことは察しがついている。いくら魔術局の隊員といえども、捜査上無関係の人間の入場許可なんてまずありえないだろう。それなのに、こうも簡単に入れようとは。この受付の係員こそ怪しいだろ。まず、受付を開けている時点で問題なのに。
「すいません。」僕は少し語気を強めて言った。
「なんでしょう?」受付の男は無愛想に言った。
「なんで、入場許可おろしたんですか?僕達は無関係なのに。」
「気付いていたか。」男の声が聞き覚えのある声になった。
「君達の鴉君に対する信頼は、良岑から聞いた。私からも協力する。」ここで、賢心氏に会うとは思ってもみなかった。
「じゃあ、良岑火長も・・・」
「ああ。本心では君達の事を信用している。あれは、職務上の芝居だろう。安心しなさい。これは、責任をとりたくない上官たちがやったことだ。鴉君は何もやっていない。」
「でも、相手が上官ならどうすればいいんですか?」
「打開策はある。このことは、まだ社会には公表していないから、上官を買収すればいくらでも事実を変えることが出来る。例えば、単独での犯行でした、とかにね。」流石賢心氏だ。ベテランだけあって、こんな時も冷静に対応している。
「では、私はここで一旦職務に戻るよ。君達の健闘を祈る。」そう言い残して、賢心氏は去っていった。
「運が良かったな、優。すんなりここに入れて。」聖が耳打ちする。
「ここだな。鴉の部屋は。」剣が部屋の扉を指差す。
コンコン、とノックをすると、すぐにノックが返ってきた。
「どちら様ですか?」紛れもなく鴉の声だ。
「俺達だ。」
「来てくれたのか。」
「勿論だ。」
「なんで、こんなことに巻き込まれたかは今さっき聞いた。」
「どうしてなんだ?」
「餓王廼刹の脱獄事件に関係していることは知ってるだろ。実は、外部から手を貸した者が捕まっていないから、一番怪しい立場の鴉をとりあえず逮捕して上官が面目を保ったわけだ。」
「それは闇の魔術局ではよくあることなのか?」
「わからない。でも、賢心氏は安心しろって言っていた。」
「なんで、安心しろって言えんの?」
「賄賂さえ払えばいいらしい。一応賢心氏も祗園一族の人間だから、金銭面には余裕があるだろう。」
「そんなことしたら悪いよ。仮にも、優は知ってても俺にっとっては赤の他人だよ。そんな人の為にお金を使わせるなんて。」
「大丈夫だ。そこら辺は賢心氏とも相談しておく。」
「わかった。看守が来ないうちに早く帰った方がいい。じゃあな。」
「それじゃ。」
「うまくいったか?」急に背後から声をかけられる。看守かと思い、振り向いたら、
「私だよ。驚かしてしまったようだな。」後ろにいたのは賢心氏だった。
「で、彼はなんと?」
「事実は伝えたんですが、どうも赤の他人にお金を借りるのは気が引けるそうです。」
「そうか。おい、鴉君。」賢心氏は扉越しに再び鴉を呼んだ。
「なんですか?」
「私が祗園賢心だ。」
「本当に賄賂を払ってくれるんですか?」
「当然だ。自慢じゃないが私も一応それなりの財産はある。君の為に少し切り崩すぐらいなんの躊躇いもないよ。それに、君は私にとって他人ではない。優の友達というだけで、私には充分知人であると言えよう。」これで、全てがうまくいったと思った。しかし、世の中はそう甘いことばかりではないのである。