第十七話「黒衣荊園」
聖は比較的六道家や神奈備家に対して懐柔政策をとろうとしているが、荊園はそうではなかった。荊園は徹底的な御三家対立論者であり、聖に対してあまり好印象を持っていなかった。
「聖殿。」
「なんだ、荊園。」
「六道家や神奈備家が裏切る可能性というのも充分に考えられるのでございますよ。そこら辺のご事情は察しておられるのですか?」
「わかっている。そのことについては優に書簡を送った。数日以内に返事が返ってくるだろう。」
「しかし、優様もまだご幼少でございます故に過ちを侵さないとは限りません。」
「そんなことは今心配してもどうしようもできない。」
「そうでございますか。」荊園は、心中で激昂していた。
(小癪な餓鬼どもめ・・・)と怒っていると、荊園は使者を暗殺する計画を思いついた。
(使者を殺してその責任を聖殿に擦り付ければ、聖殿は当主や六道家・神奈備家から除者にされ失墜するだろう。)と考えたのである。早速部下の兵を集めて、
「六道家と神奈備家の使者を屠ったものには褒美を進ぜる。」と言って、部下たちの士気を高めた。しかし、普段から暴君であった荊園のことだ。部下は心から服しておらず、一人の兵が聖に密告した。
「荊園がそのようなことを・・・。今すぐ荊園を城に呼んでくれないか。」
「畏まりました。」
兵はすぐさま荊園のもとに行き、
「荊園様。聖様が至急登城せよとの思し召しでございます。」
「そうか。」荊園はその兵の前ではそう振舞ったが
(感付かれたか。)と腸を煮え繰り返していた。
僕はそんなこととはつゆ知らず、黒法師領に帰って来た。僕は、聖に、
「六道家と神奈備家の使者が見えたのか。」
「ああ。あとそれと、荊園が使者を殺そうとしている。」
「そうか。僕が止めに言ってくる。流石に当主には反抗出来ないだろう。」
「気をつけろよ。」聖はそう言い残すと、自分の部屋に戻っていった。僕は父の死以降の荊園の暴政は目に余るものがあると前々から思っていた。何とかして、荊園の勢力を封じなければならない。そんなことを考えていると、荊園の方から、
「これはこれは、優様。お帰りに為られましたか。」僕は、精一杯の形相で、
「お、おい。荊園。お前が六道家と神奈備家の使者を屠ろうという計画を立てているのは知っているのだぞ。いい加減にしろ。」
「聞こえが悪いですな、優様。使者を屠る計画は立てておりますが、その使者は国交を結ぶなどと言って、黒法師家の滅亡を望んでいる不届きな輩です。始末するのになんの躊躇がありましょうか。」
「それは、本当か?」僕は端から荊園の言を信用するつもりはないが、一応訊いてみた。
「左様でございます。」これでは、埒が明かないと思い、僕は、
「嘘も大概にしろ。僕は数週間前に六道領に行って来たばかりで、そこで六道家の当主に会っているのだぞ。そして、六道家の当主は黒法師家と友好関係を結ぼうという意思をはっきりと僕に示した。」
「それは、六道家の当主が優様を欺いたのです。」
「それが嘘だとしても、僅か三週間でそんな使者を遣わすか?そうするということは、敵意がないときかそれとも六道家が考えなしの愚人ということだ。敵意がない人間を殺せば、こちら側が悪人の汚名を着せられるし、もし敵意があってもその程度の愚人ならすぐにでも滅ぼせるだろう。」僕は、言いたいことを思い切り荊園に言ってやった。
「そうでございますか。しかし、時既に遅しでございます。もう兵を向かわせました。」これには僕も驚いた。僕は急いで使者が泊まっている宿に向かった。
宿に着いた僕は、宿の周囲を兵が取り巻いているのを目にした。
「これは、どういうことだ。」
「荊園様のご命令で六道家と神奈備家の使者を殺せと。」
「では、今度は黒法師家当主からの命令だ。全軍を撤退させろ。」
「ですが、荊園様が。」
「荊園には既に話してある。だから撤退してくれ。」僕がそういうと、三々五々と兵達は帰っていった。宿の中にはいると、
「優殿か。ご無沙汰しておりました。」と、手向さんにが出迎えてくれた。
「手向さん、この度はうちの兵がご迷惑をお掛けした。」と詫びてその場を去ろうとした時、
「お待ちください。畝傍様も参られております。」
「畝傍さんか。挨拶だけしておくか。」手向さんに案内されて入った部屋には、畝傍さんともう一人女性が座っていた。
「わざわざこっちまで出向いてくれたんですか。明日登城するつもりでしたのに。」
「で、こちらの方は。」
「魔国府で参議を務めております高円と申します。」
「魔国府?」
「六道家と神奈備家はすでに手を組んでおりまして、それぞれの機関も統合され魔国府という機関になっております。」
「そうだったのか。黒法師家もすぐに国交を結ぶつもりだ。」
「そうですか。では、その旨を伝えて本国に帰りたいと思います。」そう言って、宿を出た僕の前に荊園が立っていた。
「優様、六道家と神奈備家と国交を結んだらしいですね。何をバカなことを。」
「何か問題でもあるのか?」
「ですからあの使者は全て・・・」
「分かったからもう帰れ。お前の話は聞き飽きた。」荊園は何も言い返す言葉がなく去っていった。城に帰った僕は、
「聖も魔術局に戻りたいだろ。だが、荊園にはこの国を任せることはできないな。」
「荊園に国を任せるくらいなら、僕はここに残る。」
「悪いな。」
「黒法師家の為だ。」
「もし嫌なら僕が残るが。」
「別にそこまでしなくても。」
「でも、御饌津山を越えたらすぐ闇の都だから、此処からでも通えるんじゃない?」
「そうだな。そうするか。」ということで、僕と聖の黒法師領と闇の国を行き来する生活が始まった。