第十五話「無限の殺生」
翳鬼は僕に、先程亜弥子が投げた短剣を向ける。
「自分の剣で死ぬのか。」翳鬼は少し笑みを浮かべている。こいつにとっては一人殺すのなんて屁でもないのだろう。翳鬼は僕に刃を振り下ろす。
その時、音羽隊正が翳鬼に、
「金巫錬薙刃!」と翳鬼の油断を誘う。僕はその隙に翳鬼の手を掻い潜って抜け出した。
「一時の気休めだな、小童めが。余生をせめて愉しむがよい。」
「お前で祗園一族を殺すのは三人目か。」今度の標的は音羽隊正らしい。さっきは、ものの数秒で仙静旅帥を殺めた奴だ。音羽隊正もただでは済まされないだろう。
「優、亜弥子。裏口から逃げろ!俺と音羽は放っておいて。」神功旅帥が僕達に言った。
「私達も戦います。」亜弥子が言った。
仙静旅帥は、鬼のような面相で、
「逃げろ!」と一喝した。僕は自分が何の助けにもならなかったという不甲斐無さと仙静旅帥を自分の目の前で殺されてしまったときの罪悪感がこみ上げてきた。
命からがら逃げ延びた僕達は、その夜数里程離れた村の厩に隠れた。目を覚ますと昨晩とは打って変わって長閑な朝だった。
「そろそろ、夜も明けたしもう一度桃源郷村に戻ってみよう。」僕は、亜弥子に賺さず言った。
桃源郷村は昨日の火事と殺人の為、路頭に迷う人々で一杯だった。昨日の旅籠までの道のりが長く感じられた。旅籠の門扉を開けると、何ともいえない血の匂いが漂っていた。
「うっ!」さすがにこの匂いはきつい。それ以上にこの血の匂いが音羽隊正や神功旅帥のものでなければいいのだが。
しかし、嫌な予感が的中してそこにはぐったりとした音羽隊正と神功旅帥、そして仙静旅帥の姿があった。念のため、音羽隊正と神功旅帥の脈や瞳孔反射を確認してみたが、死んでいた。
「これが現実なの…」と呟いて、亜弥子はあまりのことに僕の横で気を失ってしまった。僕は、村の人達を寄せ集めて死体を棺桶に入れた。村の人達も項垂れていた。暫しの沈黙が流れたが、
「魔術師さん、都から四人の男達が見えましたが。」と一人の老婆が言った。案の定、その四人の男達は攝津夜叉丸火長と禰宜良岑火長、天将青龍火長、天将玄武火長だった。
「魔術局の仕事で戦争以外で死者が出るのはそうそうあることじゃない。これから闇の都に帰るが、準備はいいか?」良岑火長は息つく暇もなく言った。どうやら彼らの仕事は僕達を迎えにくることだった。
数日後、闇の都で殉職した三人の葬儀が厳かに行われた。雲月隊正は何も喋らずただ黙々と泣き続けている。厳粛とした雰囲気の中で、告別式や火葬も終わり、皆が解散しようとしていた。終始泣いていた雲月隊正も席を立ち、全員が家路につこうとしたところ、
「君が、黒衣優君だね。」背後から中年の男が僕に話しかけた。
「私は、音羽の父の祗園賢心だ。音羽の弟の泰臥のことで少し話したいことがあるんだ。」と告げた。