第十二話「六道領」
天神山は、それほど大きな山ではない。しかし、黒法師領と六道領の境界に位置する軍事的な要衝なので常に国境の衛兵で賑わっている。先代までの数百年間、一般人の往来を固く禁止していた為、この山の麓には衛兵の宿舎しかない。
「ご当主殿、そちらより先は六道領となっております。よろしければ、護衛の兵をおつけいたしますが。」ここの衛兵の飛梅と太宰の二人が僕に忠告した。
「戦争をしにいく訳ではない。物々しくやってくるほうが、逆に相手を勘違いさせてしまう。」二人はそれ以上何も言わなかった。
「あれだけのことがあった後でも、まだ領内では黒法師家の権力は強いんだな。」音羽隊正が驚きながら言った。
「子供二人しか生き残っていないと分かったら、どこで謀叛や叛乱が起こるかわかりませんけどね。内政を強化するのは必要不可欠ですよ。」
「ここから先が六道領か。心の準備はいいか、優。」
「はい。」天神山の峠を越えると、眼下に六道領が見えてきた。六道家の城まではここからまだ十数里(一里≒4㎞)ある。
「一日で辿りつけるんでしょうか。」
「ここから先は、俺も知らない。まず、魔国に来るのは今日が始めてだ。あまり、俺を頼らないほうがいい。」
「黒法師領と同じく結構寂れてしまっていると思ったら、そうでもないみたいですね。」
「六道家は逸早く内政の充実に着手しただけのことだ。まだ、俺達には気付いていないみたいだから、少し急いだ方がいい。」数十里の道といえど、平地なので速いペースで六道家の城に近づいていった。
「この調子なら夕方くらいには着きそうですね。」
予想通り、日暮れ前に六道家の城門前まで来れた。
「早速、中に忍び込みますか。」
「待て。堂々としていた方が相手に敵意を与えない。別にこの城を攻めに来たわけじゃないだろう。」僕達は、城門の門番に言った。
「闇の国の魔術局の者だが…」音羽隊正が門番に話しかけた。
「亜弥子様のお迎えでございますか。」
「ああ。」
「このことに関しては我々一介の門番が入城を許すわけには参りませぬ。畝傍朝臣殿にお尋ねして参りますのでしばしお待ち下され。」といって、門番は駈けて行った。
―――――六道家城内では。
「畝傍朝臣殿。」
「なんだ、手向。私に用があるのか。」
「闇の魔術局から二名の使者が参りまして、亜弥子様をお迎えに来たらしいのでございます。」手向という門番が早口に報告した。
「そんなことは、亜弥子様本人にお尋ねしなければわからないだろう。すぐに、亜弥子様の所へ行きなさい。」
「何?どうしたの、畝傍に手向?」亜弥子が奥の自室から出てきた。
「闇の魔術局からの使者がお見えになられました。」
「手向、使者は何人でその人達の特徴は?」
「二人組みの男で、一人は二十歳ぐらい、もう一人は亜弥子様ほどの年齢です。」
(音羽隊正と優か。。。)
「城中に迎え入れられますか?」
「・・・・・」亜弥子は悩んだ。確かに自分自身は彼らを信じている。しかし、優は黒法師家の当主。裏切られても妥当な立場だ。でも、優はそんな人じゃない。心の中では、もう一度闇の魔術局に戻りたいという気持ちが強かった。しかし、桃子の言ったことを思い出す。
(「私は亜弥子ちゃんがみすみす死んでいくようなところは絶対に見たくない!」)どちらにしても、私のことを案じてくれている誰かを裏切ることになる。誰も傷つけたくはない。一体どうすれば、、、
「畝傍。どうすればいいと思う?」
「どんな状況でも自分に嘘をついてはいけません。亜弥子様は優柔不断になっておられます。どちらにもリスクがついてくるのを始めから分かっているのです。そこでは逃げてはなりません。」
「畝傍…」亜弥子が少しの間を置いてから、
「決めた。」
「どうなされますか?」
「私は、もう一度闇の魔術局へ行く。桃子ちゃんには悪いけど、私の信念は変わらない。音羽隊正と優には私の口から伝える。手向、二人を城中に迎え入れて。」手向は城門まですっ飛んでいった。