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短編

キリストみたいに許せない

 選択を間違えた。


 僕らは、じゃない。

 僕が、選択を間違えてしまったんだ。


 それでも彼女を許さないといけないのは僕のほうだというのが、やるせなかった。

 タイムマシーンがあるのなら、やり直させてくれ。



 君は、ひどいひとだった。



 君と出会えたことが、僕はすごく嬉しかったんだ。

 なのに……



 僕は赤いスツールに座っていた。

 爆発のような電子音けたたましい中で。

 976Gハマっていた。

 パチスロ台を殴りたくてしょうがなくなった頃、

 僕の隣に君がいることに気づいた。


 君はシャラシャラとコインの音を鳴らしていた。

 パチスロ台を赤く光らせて

 黒縁メガネをかけた白い顔をクールに赤く染まらせて。


 僕は思わず話しかけていた。


「そっちの台、よく噴きますね。高設定かな?」


 そんなことほんとうはどうでもよかった。

 ただ彼女に話しかけたかっただけ。


 君はクールな顔に少し得意そうな表情を浮かべて、こっちを向いたね。

 そして僕の打ってる台の履歴を見上げて、言った。


「そんな低設定丸出しの台、なんで打ち続けてるんですか?」


 その通りだった。

 僕は何をムキになっていたんだろう。

 彼女が気づかせてくれた。


 お礼に彼女にファミレスで夕食を奢った。

 お金はパチスロで大勝ちした彼女持ちだった。

 ごめん。奢られたのは、僕だね。


「へえ、ミュージシャンやってるんだ?」

 煙草の煙をくゆらせながら、君は興味深そうに、僕を見た。


「売れてないけどね」

 僕も煙草の煙をくゆらせながら、顔は赤かったと思う。

「でもアワーチューブに俺のバンドのMVいっぱいあるよ。スマホで観る?」


「興味ない」

 その正直なキツさが神々しかった。

「再生回数はどれぐらいなの?」


「一番多いやつで15万回ちょっと」

「凄いじゃん!」

「観る?」

「観ないけど」

「俺、ピアノボーカルやってるんだ」

「あー、流行りの感じね」

「ちげーよ! 流行りとか関係なく、新しいことやってんだよ」

「ふふふ。ムキになった顔かわいい」


 僕が煙草の煙で天使の輪を作る。

 それ見て君も真似しようとして、でもできなかった。

 ふにゃけたお餅みたいな煙を次々吐いて、「どうやるの?」って僕に聞いたね。

 教えたけど、どうしてもうまくできなくて、

 ムキになった君がかわいかった。




 だんだん僕は君に夢中になっていった。

 君は綺麗で、僕よりひとつ年上で、僕にいろんなことを教えてくれた。

 女神だった。


「あんた、ツラいいし。絶対イケるって」


 君の言葉に僕は揺れた。


 ファッションモデルに転向することは、ミュージシャンを諦めることだと思えたから。

 それでも彼女を信じた。

 彼女が紹介してくれたモデル事務所に所属した。


 それが成功するなんて、自分では絶対に選ぶことのなかった道を、示してくれた。

 ほんとうに君は女神だったね。




 それでもミュージシャンはやめなかった。

 だってそれが僕の夢だったから。

 モデルの肩書きがバンドの売りになればとも思ってた。


 練習帰りにギターのカツヒロが言った。

「お! あれ、デロリアンじゃね?」


 外車専門の中古車ショップの駐車場に、シルバーのスポーツカーが置いてあったんだ。

 映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に出てくるあの車だ。

 映画の中では車の形をしたタイムマシンだったけど。


「これがタイムマシンだったら、どの時代に行きてぇ?」

 ベースのザビヌルが聞く。


 僕は答えた。

「どこにも行きたくないよ。今が一番さ」


 だって、君は、今、僕の側にいてくれてたからね。





 ある夜、僕の中古ワゴンRをサービスエリアの駐車場に停めて、君と踊った。

 ずらりと並んで駐車しているトラックドライバーさん達がギャラリーだった。


 君は星の煌めく夜の下、楽しそうに笑った。


「ちょっと、みんな見てるよ? 恥ずかしい」


 僕は君の手を握り、スローなダンスを続けながら、言った。


「君と一緒なら、僕はどんなことも恥ずかしくはないよ。なんでもできる」


 無敵だった。


 彼女を駅弁みたいに抱き上げて、踊りながらキスをした。


 水銀灯と、煌めく星の下で。


 映画みたいだった。





 僕はモデルの仕事をやりながら、指がウズウズして仕方なかったんだ。

 ポーズを決めながら、指は鍵盤を叩きたがっていた。足がビートを刻みたがっていた。


 僕がやっぱり音楽の道を進みたいと言って、君と喧嘩になった。

 君は君の敷いたレールに僕を乗せたがっていたのかな。

 狭いワンルームの部屋で、怒った君に何度も蹴られた。

 座ったまま、綺麗な足で、アルマジロみたいな僕を、君は何度も何度も、蹴った。

 それでも僕は選択を変えなかった。



 君は、ひどいひとだ。


 僕の気持ちを、わかってくれなかった。


 君の次に音楽が好きだった。





 でも、悪かったのは僕なんだ。


 君よりも音楽を選んでしまったんだ。





 今、テレビ画面に君が映る。

 僕の側にもういない君が、テレビ画面に映ってる。

 モデル事務所に僕を紹介してくれた君は、芸能事務所にもコネがあった。

 女優になって、ヒット作で主演を務めて、あっという間に遠いひとになってしまった。


 僕と別れてよかったって、思ってるのかな。



 ひどいよ。


 でも間違えたのは、僕だ。



 今、デロリアンに乗りたい。

 あそこへ帰りたい。

 パラレルワールドに突撃したい。

 色んな糸を手繰り寄せて、君と一番幸せになる未来を捕まえたい。




 画面の中で、君が笑う。

 僕じゃないやつと、僕の目の前でキスをする。





 君は、僕の、女神だった。




breimen『You were my muse』の歌詞の個人解釈をストーリーにしてみました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いいストーリーですなぁ~。 スロットのところがやけにリアル! ( ゜ロ゜)!!
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