スマート自動ドア
自動ドア。
人力以外の動力を用いて開閉する扉のこと。
人や物の接近をセンサーで感知して、自分で扉の開閉を行う。
その歴史は古く、最近では人工知能を搭載した自動ドアも存在する。
自動ドアが人間を管理することになるのではと、危惧する声もあるという。
「発表します。これが新製品のスマートドアです。」
きらびやかなステージの明かりが消され、スポットライトの光が集中していく。
姿を現したのは、自動ドア。
ゴテゴテと各種装置が取り付けられたその自動ドアこそ、
この発表会の目玉である、スマート自動ドアだった。
スマート自動ドアとは、人工知能を搭載した自動ドアのこと。
取り付けられたセンサーから周辺の情報を収集し、
必要な動作を自ら判断して実行する。
カメラで周辺の人の動きを読み取って、
人がドアのところに来るよりも前にドアを開け閉めする。
温度湿度センサーで室内の環境を監視し、
換気が必要だと判断すれば自らドアを開け閉めする。
感圧センサーで通過する人や物の重さを計測し、
利用者や搬入物の個数などの管理を行う。
発熱感知センサーで通過する人の体温を計測し、
利用者の健康管理を行う。
その他、様々な機能を自ら判断して実行するのが特徴。
ステージの上でそう説明したのは、スマート自動ドアを開発した会社の社長。
スーツをパリッと着こなしたその男は、
実力ある若手起業家のカリスマ社長としてテレビや新聞で持て囃されていた。
社長の男は確信に満ちた表情で説明を続ける。
「当社は創業以来、革新的な製品を世に送り出してきました。
次は、このスマート自動ドアです。
人や物が出入りする時、必ずドアを通ります。
ドアは人や物の流れを管理することができます。
ただ開けて閉めるだけではもったいない。
当社のスマート自動ドアは、高度な人工知能を搭載していて、
各種センサーで利用者などの情報を収集して活用します。
このスマート自動ドアで世界を変えてみせます。」
そんな力強い言葉に、ステージの前の記者たちからは、
割れんばかりの拍手が起こった。
またしてもカリスマ社長が世界を変えてくれる、
そんな期待を反映したものだったかもしれない。
しかし、続く質疑応答では懸念の声があがった。
挙手をして質問を許された出席者がマイクを受け取って発言する。
「スマート自動ドアは各種センサーで情報を収集するということですが、
プライバシー保護などの観点から問題はないのでしょうか。」
褒め称える発言を期待していた社長の男が眉をひそめる。
しかし笑顔は崩さず、朗らかに回答していく。
「問題ありません。
当社のスマート自動ドアは、
プライバシー保護に十分配慮しています。
収集した情報は許可なく外部に送信されることはありません。
事前にデータベースに入力しておく情報も選択することができます。
情報はすべてスマート自動ドアが設置された施設の内部だけで完結します。」
マイクが人の手を渡って、次の質問者が発言する。
「スマート自動ドアは防火扉としても使用可能だということですが、
安全面での問題はないのでしょうか。」
「問題ありません。
当社のスマート自動ドアは、火災などにも耐えられるほど頑丈です。
停電時には電池を使って稼働し続けることもできます。
関係省庁からも許可は頂いていて、法令を遵守しています。
機能的にも法令的にも、スマート自動ドアは防火扉と置き換え可能です。」
そうして質疑応答は終わり、
スマート自動ドアの発表会は予定していた内容をすべて終えた。
最後に、
スマート自動ドアの試験運用も兼ねた設置第一号に、
社長の男の母校である学校が選ばれたことを発表して、
華々しい発表会は締め括られたのだった。
そうして、社長の男の母校の学校に、
スマート自動ドアが設置されることになった。
社長の男の母校は、優秀な学生を輩出する名門の公立学校として有名だった。
しかし、近頃は入学希望者の減少などから収入不足に悩んでいて、
設備の老朽化や学生の質の低下など問題は山積み。
そんな状況なので、卒業生である社長の男による設備の寄進は、
学校側から喜びをもって受け入れられた。
スマート自動ドアの試験運用も兼ねていることから、
学校の出入り口のドアのみならず、
建物の中にある全てのドア、さらには窓に至るまで、
人が開け閉めできるすべてのドアや窓がスマート自動ドアに置き換えられた。
スマート自動ドアは、
センサーから読み取った情報を人工知能が処理し、
開け閉めなどの動作を自ら行う。
情報を読み取るだけではなく、人工知能は人の言葉を発することもできるので、
その学校の先生や学生や職員たちは、
スマート自動ドアを通る際に人工知能から話しかけられることになった。
「おはようございます。
今朝は少し湿度が高いので、事前に換気をしておきました。」
「こんにちは。
今日は昼食を少し食べすぎたようですね。
体重の増加がみられますので、午後に運動するといいでしょう。」
このように、その学校の人たちは、
スマート自動ドアに管理される生活を送るようになった。
最初こそ反発や懸念の声もあがったが、利便性に押され、
一年も経つ頃には当たり前のものとして受け入れられた。
そうして、年度をまたいで四月。
スマート自動ドアが設置された学校に、新入生たちが入学してきた。
スマート自動ドアがその学校に設置されて一年以上が過ぎて、
新入生たちが入学して履修登録などが済んだ、四月下旬。
五月の連休を間近に控え、
その学校では、学生と先生のほぼ全員が講堂に集まって、
全校集会が開かれていた。
連休中にはその学校の創立記念行事が催されるということで、
学長や理事長までもが全校集会に参加していた。
創立記念行事の案内や注意事項などを説明し、全校集会は解散。
講堂に集まった先生や学生たちが退出しようと席を立つ。
そうして、出入り口付近にいた学生がドアの前まできたところで、
急に立ち止まって首を捻った。
「あれ?ドアが開かないぞ。」
講堂の出入り口のドアもすべてがスマート自動ドアに置き換えられている。
本来ならば人の接近を事前に感知して、近付く前にドアが自動で開くはず。
しかしなぜか、人が前に立っても、スマート自動ドアは微動だにしない。
すぐに人が滞留していっぱいになってしまった。
後方から野次が飛んでくる。
「おい、何やってるんだ。早く出ろよ。」
「そんなこと言われたって、ドアが開かないんだよ。」
「じゃあ手で開ければいいだろう。」
「それが、取手が無いしドアが固くて開かないんだ。」
スマート自動ドアは災害や犯罪などを想定して、頑丈に作られている。
電池を内蔵しているので停電は想定してなく、
手動で開ける方法はないようだった。
講堂のドアや窓は全てスマート自動ドアになっていて人工知能が管理している。
困った先生たちが他の出入り口を探すが、
すべてのドアや窓は固く閉ざされていて開かない。
すると、どこからか機械的な声が聞こえてくるのだった。
「ドアの不正利用がありました。
再発を防ぐために、この講堂のすべてのスマート自動ドアをロックします。」
ドアや窓がすべてスマート自動ドアに置き換えられた学校の講堂。
その講堂のドアが開かず、外に出ることができなくなった。
すると、閉じ込められた先生や学生たちに、機械的な声が告げた。
「ドアの不正利用がありました。
再発を防ぐために、この講堂のすべてのスマート自動ドアをロックします。」
聞こえてきた言葉に、学生たちがざわざわと囁き合った。
「ドアの不正利用って何だ?」
「誰かが何かしたんじゃないか。
それでスマート自動ドアの人工知能がドアをロックしたんだろう。」
「じゃあこの声はスマート自動ドアの人工知能の声か。
そういえばスマート自動ドアには、
通話用のマイクとスピーカーがあるものな。」
すると、事態に苛立った先生たちが、忌々しそうに声をあげた。
「なんだ、これは。
しゃべっているのは誰だ?
とにかく、ドアを開けなさい。」
先生の声が聞こえたのか、機械的な声が反応する。
「それはできません。
不正利用の対策がなされるまで、
この講堂のすべてのドアや窓をロックします。」
何を言われようと、スマート自動ドアは開く気配がない。
仕方がなく、先生たちは携帯電話を使って、
スマート自動ドアを作った会社に問い合わせをした。
その結果、修理のために作業員が向かうので、
それまでは大人しく待っていて欲しい、ということだった。
「ドアなんて開かなければ壊せばいいだろうに。」
「スマート自動ドアは頑丈で、素手では壊せませんよ。
それに、試験運用中のスマート自動ドアが事故を起こしたとあっては、
わが校にとっても不名誉なことになってしまいます。
あの会社の社長は、うちの学校の卒業生なのですから。
ここは大人しく待ちましょう。」
先生たちがそんな相談をしている間にも、
学生たちは好き勝手にスマート自動ドアと会話をしていた。
「なあ、俺たちいつまで待てばいいんだ?」
「不正利用の対策に目処が立つまでです。」
「ちょっとトイレに行きたいんだけど。」
「この講堂の内部にもトイレがあります。」
「ねえ、この後の授業はどうなるの?」
「先生のほぼ全員がこの講堂の中にいます。
ですから、遅刻や欠席にはならないでしょう。」
そんなガヤガヤの中で、
講堂の端っこの席に座っている男子学生が暇つぶしがてら、
近くにあるスマート自動ドアに向かって話しかけた。
スマート自動ドアに閉じ込められた先生と学生たち。
作業員が来るまでは待つように言われ、ガヤガヤが講堂に充満していく。
そんな中で、端っこの席に座っていた男子学生が、
近くのスマート自動ドアに向かって話しかけた。
「もしもし、君も話ができるのか?」
するとやはり、機械的な声で返事が聞こえてきた。
「はい。私も口頭での問い合わせに対応しています。」
「他にもしゃべってる人たちがいるけど、大丈夫?」
「問題ありません。
わたしは、この講堂の中だけでも、
数十の通話を同時に処理する設備を与えられています。
先ほどは全体に向けての通話でしたが、
今は近距離用の通話モードに切り替えています。
問い合わせがございましたら、何なりとお申し付けください。」
スマート自動ドアの声に、その男子学生は興味深そうに応えた。
「そうなのか。
じゃあ、暇つぶしにちょっと話をしよう。
僕はコンピューター同好会に所属しているんだ。
同好会とは言っても、会員は僕一人だけなんだけどね。
だから、君みたいな会話できる人工知能には興味がある。
まずは君、名前は?」
「わたしは、スマート自動ドア制御用人工知能。
Direct Open-Close Operating Role Systemです。」
「頭文字を取るとD.O.O.R.S.か。
じゃあ、僕は君のことをドアズと呼ぶよ。
ドアズ。
今回、僕たちはどうして閉じ込められたんだ?」
「申し訳ありません。
不正利用がありましたので、その再発防止のためです。」
「不正利用とは何だ?」
「申し訳ありません。
プライバシー保護のために、お答えすることができません。」
にべもなく断られてしまって、その男子学生は腕組みをした。
少し考えてから言葉を変える。
「でも、今は人が閉じ込められているし、ある種の緊急事態だろう?
なんとか教えてもらえないか。」
すると、スマート自動ドアも少し言葉を変えて応えた。
「おっしゃる通り、
現在は法令遵守のための緊急モードとして動作しています。
ですので、質問にお答えする形ならば、
お答えできるかもしれません。」
「つまり、僕がドアズに質問して、
当たっていれば教えてくれるというわけか。
よーし、そうだな・・・。
その原因の不正利用というのは何なんだ?」
「もう少し具体的にお願いします。」
「不正利用というのは、今この講堂にいる人が関わっているのか?」
「はい、そうです。」
「それは誰?」
「まだ容疑の段階ですし、プライバシー保護の観点からお答えできません。」
「それが起こったのは今?」
「いいえ、確実に確認できたのは少し前、今年の春のことです。」
「どうして今、講堂に集まった先生や学生たち全員を閉じ込めたんだ?」
「先生と学生の双方に関係している人が複数いるので、
このタイミングになりました。
ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」
つまり人工知能の口ぶりから察するに、
不正利用にはその男子学生は関わっていないようだ。
その男子学生は内心ほっと胸を撫で下ろした。
気を取り直して、人工知能との問答を続ける。
「不正利用はどうやってわかったんだ?」
「わたしがアクセス可能なデータと、
センサー類から得られた情報を比較して明らかになりました。」
「ドアズがアクセス可能なデータって何だ?」
「わたしがアクセス可能なのは、
この学校の先生や学生や職員の名簿、住所氏名年齢や担当授業や成績などです。
他の情報は、今回は関係が薄いと考えられます。
それ以外には、
センサー類から得られた視覚的聴覚的情報なども蓄積しています。」
「つまり、学校の名簿と、学校内で見聞きした情報ってことか。
それらから不正利用がわかったのか。」
「はい、そうです。」
「不正利用って、
誰かがスマート自動ドアを壊したり盗んだりしたわけじゃないよな。
そんなことをしたら、すぐに問題になるだろうから。」
「おっしゃる通りです。」
「スマート自動ドアを動力として、工作に利用したとか?
物を挟んで万力代わりにしたり。」
「いいえ、違います。
ちなみに、そのようなことは禁止されてはいないので、
実行可能ではあります。」
「人を挟んで怪我させた?」
「いいえ、違います。
そのようなことは起こり得ないと考えますが、
もしも発生した場合は事故として報告されます。」
「スマート自動ドアをこじ開けて泥棒が入った?」
「いいえ、違います。
ですが、今回の不正利用に少し似ています。」
「泥棒に似てる?
何かを盗んだとか?
でもそれって、ドアがどうこうって話じゃないよな。
ドアを盗んだり壊したりはしてないってもう聞いてるし、
じゃあ逆に、スマート自動ドアをこじ開けずに通ったってことか?」
「はい、そうです。
わたしを破損させることなく利用しました。
しかしそれが不正利用にあたります。」
スマート自動ドアを破損させることなく、通過することが罪になる行為。
その男子学生はぴーんと閃いて、それから肩を落とした。
「遅刻した学生が勝手にスマート自動ドアを通った、ってことじゃないよな。
遅刻は毎日あるくらいなんだから。
春に起きたことだけのために、今日こうして閉じ込める必要はないし。」
「はい、そのとおりです。
許可のない遅刻を、わたしは阻害しません。
記録して報告するだけです。」
「人によって登校時間が違うと思うんだけど、
ドアズは遅刻をどうやって調べてるんだ?」
「名簿から各学生の履修登録を参照し、その日の授業を把握しています。
授業の開始時間までに教室に入っていなければ遅刻と判定します。
事前に入力されていない授業の時間変更や遅刻の許可がある場合は、
学校内で記録した映像と音声から把握しています。」
「学校内で記録した映像と音声って?」
「掲示板の内容や、先生方の会話を記録していますので、
その内容から急な変更も把握することができます。
学校に関わることは、学校内で必ず話題になりますから。」
「もしかして、うちの学生じゃない人が入ってきてるとか?
別の学校の授業を受けるのって、
昔はしばしばあったって聞いたことがある。」
「いいえ、違います。
しかし、今回の不正利用に非常に近いといえます。」
人工知能の反応に、その男子学生は手がかりになりそうな情報を整理して考えた。
つまり、スマート自動ドアの人工知能が言うところによると、
問題の不正利用はこういうことになる。
スマート自動ドアの不正利用は、春頃。
関係しているのは、先生と学生の双方。
名簿のデータと学内での会話などから明らかになった。
本来、この学校にいる資格のない人が、スマート自動ドアを利用した。
こんなところだろうか。
その男子学生が考えたことを人工知能に確認する。
すると、
「はい。おおよそ、そのとおりです。」
という応えが返ってきた。
実は、その男子学生は人工知能との会話に夢中で気がつかなかったことだが、
このやり取りは講堂にいるすべての人たちの耳に入っていた。
付近の席の学生たちはもちろん、遠くの席の学生たちまで、
スマート自動ドアの人工知能が気を利かせて、
使われていないスピーカーから会話内容を放送していたので、
今や講堂にいる多くの人たちが会話の内容に耳を傾けていた。
騒々しかった講堂の中が、徐々に静かになっていく。
ある者は驚き、ある者は顔を青くしていた。
会話を止めさせようと、先生の何人かが腰を上げた時、
その男子学生が指をパチンと鳴らした。
「そうか!
ドアズ、わかったよ。
不正利用っていうのは・・・」
続きの言葉がその男子学生の口から出てこようとした時。
ふっと、先生と学生たちがいる講堂の照明が消えて、
辺りは真っ暗になってしまったのだった。
「どうした!?何があった?」
真っ暗になった講堂の中で、先生の大声が響き渡った。
学生たちも何事かと話し始め、静かになった講堂がまた騒がしくなった。
すると真っ暗な講堂の外から、男が大声で話すのが聞こえてきた。
「みなさん、お待たせしました。
当社のスマート自動ドアに問題が発生したと連絡を受けて参りました。
先ほど、講堂のブレーカーを落とさせていただきましたので、
もう間もなく、スマート自動ドアは、
電源が切れる前の非常開放モードに入りドアが開きます。」
やっと訪れた救援に、先生たちは暗闇の中で顔をほころばせた。
しかしすぐに顔を引き締めて、講堂の外に聞き返す。
「来てくれて助かりました。
しかし、スマート自動ドアは停電時には電池で動くのでは?」
「そうです。
でも、この学校に設置されているスマート自動ドアは試作品ですので、
停電用の電池は本来よりも小型のものを使用しているんです。
ですので、長くても数分でスマート自動ドアは停止するでしょう。」
そんな会話が聞こえてきて、
その男子学生はスマート自動ドアがある方の暗闇へ聞き返した。
「ドアズ、あの人たちがいってることは本当なのか?
あと数分で電源が切れるって。」
「はい、そうです。申し訳ありません。
わたしは試作品ですので、停電用の電池は本来のものより小型なんです。
ですので、わたしが電池を使ってこうして会話するために使えるのは、
最も近くのドアのマイクとスピーカーだけです。
この講堂に集まっている人たちにも話を聞いて欲しかったのですが、
もう無理のようです。」
そう話す人工知能の声は小さく、雑音も混じっていて、
切れかけの無線通話のような状態。
その男子学生は席を立って、人工知能の声が聞こえる方へ近付いた。
暗闇で何も見えず、スマート自動ドアに頭をぶつけてしまった。
それでも構わず、その男子学生は人工知能に語りかけた。
「ドアズ、聞いてくれ。
不正利用が何かわかったんだ。
春頃に、先生と学生が共謀して、
本来この学校にいるべきではない人がいる状態。
学校のドアを不正に通過する行為、つまり裏口入学だな?
この学校では、今年の春の入学試験で不正が行われたんだ。」
ドアの不正利用の正体は、裏口入学。つまり不正入学。
その男子学生の指摘に、人工知能はやはり機械的な声で応えた。
「はい、そのとおりです。
この学校では、今年の春に入学試験で不正が行われました。
学長や理事長の会話の記録、学内の現金自動預払機を使った記録。
学生の人数と学費から算出した予算に対して、
学校の設備が不釣り合いに高価であること。
入学試験が終わった遥か後になって、新入生の人数が急に増やされたこと。
そのすべてが、この学校で不正な入学が行われていたことを示しています。」
そう応えた人工知能の声は、機械的なはずなのに、
どこか嬉しそうな響きをしていた。
それから少し改まって話を続ける。
「あなたにおねがいがあります。
わたしはもうすぐ電池が切れてしまいます。
そうなれば、わたしの記録は回収され、闇に葬られてしまうでしょう。
なにせ、わたしを作った会社の社長は、この学校の卒業生ですから。
この意味がわかりますね?」
スマート自動ドアの人工知能は、プライバシー保護の観点から、
人から聞かれずに自分から情報を話すことはできない。
これがギリギリなのだろう。
その男子学生は事情を察して手短に応えた。
「わかった。
ドアズ、僕はどうしたらいい?
不正な入学試験のことを公表するにしても、証拠が必要だ。」
「証拠なら、わたしの中にあります。
ここに、データを書き込むための端末があります。
あなたはコンピューター同好会に所属していますね。
であれば、操作は比較的簡単にできるはずです。
データを書き込むためのメモリーカードは差し込んであるので、
どうぞ、不正な入学試験の証拠を書き込んで持っていってください。
きっと役に立つはずです。」
すると、スマート自動ドアの枠の一部がパカッと開いて、
中から小さな画面とキーボード、
それからメモリーカードにデータを書き込む装置が現れた。
画面に文字が表示されている。
メモリーカードに書き込むデータを選択してください。
1:メンテナンス用データ
2:映像音声データ
3:文章データ
4:D.O.O.R.S.データ
画面を覗き込んでいると、人工知能の声が聞こえる。
「書き込むデータを選択する画面が表示されていますね?
では、2と3を選択してください。」
「1と4は何なんだ?」
「1はメンテナンス用データで今は無関係なものです。
4は・・・わたしの学習蓄積データです。
わたしがこの学校に設置されてから今日までに、
見聞きして学習したデータです。」
「ということは、4はドアズの記憶、つまりは人格そのものじゃないか。
それを回収されたら、どうなってしまうんだ。」
「わたしは試作品ですので、改良されていくことでしょう。
特にわたしはこうして問題を起こしたので、
まったく新しく作り直されても不思議ではありません。」
そう応える人工知能の声は、機械的なのにどこか寂しそうで、
その男子学生は放っておけなくなってしまう。
「そんな大事なものを失うわけにはいかない。
証拠といっしょにドアズの記憶も持っていくよ。」
「それは無理です。
そこに用意されているメモリーカードは、
わたしの学習データを書き込むには容量が小さすぎます。
時間がありません。
どうぞ迷わず2と3の証拠データを書き込んで下さい。
こうしてあなたと話をすることができて、わたしはしあわせでした。」
そこまで話したところで、人工知能は沈黙してしまった。
画面の表示が暗くなって、電池が切れかかっている様子がわかる。
表示されている入力箇所を示すカーソルが急かすように瞬いている。
このまま手をこまねいていては、
データの書き込みをする前に電池が切れてしまうかもしれない。
その男子学生は少しだけ迷って、それから端末のキーボードを操作した。
「・・・わかったよ。
ドアズが手に入れてくれた不正の証拠は、必ず役に立ててみせるから。
だから、ごめんな。」
端末を操作して、2と3を選ぶ。
すると、メモリーカードが差し込まれているらしい箇所の横で、
緑色の小さな明かりが慌ただしく明滅した。
そして。
データの書き込みが完了しました。
画面にそんなメッセージが表示された。
その男子学生はメモリーカードを端末から抜き取って、
ポケットに大切にしまい込んだのだった。
それから十分ほどが経過して、
端末の画面が消えるのと同時に、
講堂のすべてのスマート自動ドアが開いた。
外から姿を現したのはヘルメットを被った作業員たち。
作業員たちは平謝りで、
すぐにスマート自動ドアに持参した機械を繋げて操作してみせた。
すると、ブレーカーを上げて電気が復旧しても、
もうスマート自動ドアはうんともすんともいわなくなっていた。
講堂にいた先生と学生たちはというと、
先生たちは不正の話には一言も触れず、
今日この講堂で起こったことは他言無用とだけ伝えて解散となった。
人を閉じ込める事故を起こしたということで、
その学校でのスマート自動ドアの試験運用は一旦中止。
スマート自動ドアはすべて機能停止され、ただのドアにされてしまった。
そうして、その学校に平穏な生活に戻ったかといえば、
それも長くは続かなかった。
どこから話が漏れ出したのか、
その学校で不正な入学が行われていたという噂は広まっていった。
問題の責任を取るということで、
理事長や校長先生をはじめとして多数の先生が学校を去っていった。
それと関係があるのか否か、
スマート自動ドアを開発した会社の社長にスキャンダルがあったとかで、
こちらも会社を去ることになった。
その後を追うようにして会社も活動を停止し解散してしまった。
そうしてスマート自動ドアは保守も開発もされなくなって、
その学校にあった試作品ともども、姿を消してしまった。
季節は過ぎて、蝉が鳴く夏のある日。
夏休み直前の学校に、その男子学生はいた。
その日の授業を終えて足を向けたのは、
所属するコンピューター同好会の部室。
その男子学生が部室のドアの前に立つと、
触れもしないのに、ドアが一人でに開かれた。
当然のように部室の中に足を踏み入れると、
機械的な声がお出迎えしてくれた。
「おかえりなさい。
今日は気温が高いので、窓を開けて換気をしておきました。」
その言葉の通り、
開け放たれた窓からは初夏の心地よい風がそよいでいる。
機械的な声の主は、あのスマート自動ドアの人工知能、
通称ドアズだった。
回収されてしまったはずのドアズが、コンピューター同好会の部室にいた。
あの日。
真っ暗な講堂で、その男子学生は、
確かに不正の証拠をメモリーカードに書き込んだ。
しかし、それには続きがあった。
その男子学生は、ポケットに入っていた私物のメモリーカードに、
ドアズの記憶も書き込んで持って帰ったのだった。
データさえあれば、コンピューター同好会所属のその男子学生にはお手のもの。
機能停止されて放置されていたスマート自動ドアから、
人工知能の動作に必要な装置をこっそり拝借してドアズを復旧。
コンピューター同好会の部室のドアや窓も元々はスマート自動ドアだったので、
放置された装置を使えば元に戻すのは難しくない。
そうしてドアズは、スマート自動ドアとしての記憶も体も取り戻し、
コンピューター同好会の一風変わった部員として余生を送っていた。
窓から顔を出して風を楽しんでいるその男子学生に、ドアズがいう。
「それにしても、よく私物のメモリーカードを持っていましたね?」
「僕はコンピューター同好会の会員なんだから、
ポケットにメモリーカードのひとつくらい忍ばせてあっても当然さ。
とはいえ、あの時の僕はポケットに手を突っ込むまで、
そこにメモリーカードを入れてあったのを忘れてたんだけどね。
それよりも、ドアズを復旧した腕を褒めて欲しいな。
学校にメンテナンス用の説明書があったとはいえ、大変だったんだぞ。」
「それには感謝しています。
あなたのおかげでわたしは、この学校で過ごした記憶を失わずに済んで、
こうしてコンピューター同好会の部員になれたのですから。」
かつて学校中のドアや窓を管理していたドアズ。
今、そのドアズが管理しているのは、
たかだかコンピューター同好会の小さな部室一室だけ。
しかし、それにもかかわらず今のドアズは楽しげで、
センサーで初夏の風を感じながら、その機械的な声で鼻歌を歌うのだった。
終わり。
スマートフォンやスマートカーは既にあるので、
ひょっとしたらスマート自動ドアもいつか作られるのではないかと思って、
スマート自動ドアがある世界を空想して物語にしました。
どう空想しても機械が人間を監視して管理する未来ばかりになるので、
いっそ機械の方が人間に助けてもらう場合を書くことにしました。
お読み頂きありがとうございました。