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イデアリスの光  作者: 無名記録官
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平和の為に、祖国の為に

今回は共和国編です。

「共和国」、大陸西部に存在する大国である。建国当時はいくつかの部族で構成される合議制の政体を採る小国であったが、強力な軍による征服活動と同時に貴族共和政を確立し、その勢力を拡大した国である。


 現在より遡ること数百年前、帝国が拡大期に入る頃までには、周辺に存在している強敵を撃破し、大陸西部に存在する巨大な内海とその沿岸部を制圧した。それによって巨大な交易ネットワークを領域内に収め、大陸西部の雄となるまで成長した。


 同時に彼の国は、領土の急激な拡張と、それに伴う経済的な変化によって変化を余儀なくされた。平民にも参政権が拡大された一方で、台頭した有力者による政争の常態化により、国内の長期的混乱を経験することとなる。これに加えて、近年台頭してきた帝国と国境を接する様になり、混迷はその様相をさらに複雑なものとした。


 時は再生暦623年、彼の国は更なる試練を受けることとなる。切っ掛けは、一つの事件であった。

……………………………


 時は陽砂関での兄妹の会話より少し前、共和国首都「セントリア」郊外、共和国軍基地。都会の喧騒とは無縁なこの地に、静かな夜が訪れた。軍人たちは通常業務を終えて、指揮官達もが眠りについている。そんな静かな基地の中、将軍達に割り当てられた執務室の内の一つに、一人の少女がいた。


 少女は木漏れ日を思わせる金髪を纏め、軽く武装をしており、報告書の束を淡々と読んでいた。その最中、基地の静寂を破るように部屋の扉が叩かれた。少女は明朗な声で答える。


「入れ。」


「はっ!失礼します!」


 返答と共に若い将校が入室する。栗毛の髪グレーの瞳を持つ女性で、こちらは完全武装である。少女は読んでいた報告書を机に置くと、自身の副官にその明るい青色の瞳を向けて、親しげに労いの言葉をかけた。


「任務ご苦労、早かったな。」


 少女の言葉に、ここ数日の苦労を思い出したのか、女性将校は苦笑して答える。


「ああ、必要な処理は何とか終わらせて来ましたよ。」


 思わず素が出かけていたことに気づき、彼女は姿勢を正して報告を続ける。その顔には微かに影を帯びていた。

 

「元老院の議員各位に置かれましては、今回の属州総督の()()()()には強い困惑と怒りを感じられているそうです、閣下。」


 彼女の表情と報告には、幾分か共和国の最高意思決定機関たる元老院への皮肉が込められていた。少女は苦笑しながらも、それを止めることはない。元老院のお偉方のエゴに振り回されているのは彼女も同じであったからだ。彼女は肩を竦めながら副官の怒りを鎮めにかかる。


「予想通りの答えだな。本当に、よくその言葉を引き出してきてくれた。それにしても、全く、我らが共和国政府内の権力闘争の醜さは度が過ぎている。」


 少女は副官を労って、嘆息と共に政府内の権力闘争を嘆いた。その口調は、労いの為のものから、怒りを帯びたものとなる。


「大方今回の大規模攻勢計画も中央政府内の派閥構想の道具だろうな。自分の野心の為に十万の将兵の命を賭けるとは、理解しかねる。」


 副官が政治的に危ない発言をしそうであったので止めるつもりが、自身の怒りが発露した様だ。少女はそのことに気づき、周囲に聞き耳を立てている者がいないことを確かめて副官に報告の続きを促す。その声には、安堵の気持ちが表れていた。


「ということは、元老院としては、今回の件は私達の要請通り、反乱として処分することを決定したのだな?」


 少女は、ここ数日来の懸案の解決の糸口が見えてきたことを確認する。東方の属州総督の一人による、対「帝国」攻勢計画。元老院に言わせれば「総督の独断専行」、実際には中央での権力闘争のための無意味な攻勢計画の情報は、優秀な共和国軍人である彼女達にとっては頭痛の種となっていた。


「はい、元老院の公式決定として計画の首謀者一党は反逆者とされました。それを受けまして執政官の方々より我々に、反乱鎮圧と帝国との交渉の命令が発せられております。」


 正式な書類も受領しました、と女性将校は報告しながら書類を提出する。少女は受け取ったそれに目を通して、満足そうに微笑んだ。


「執政官の方々は我が国の至宝だな。帝国との交渉の為に使者を派遣していただけるそうだ。」


 少女の声は明るい。悪い状況の中に一条の光を見出したからである。女性将校も笑顔を浮かべて賛同している。


「中央政府が帝国との関係を重視してくれるのは嬉しいですね。」


 帝国の勢力は強大であり、共和国と同等の国力を誇る。近年の急速な勢力拡大からもその国力、取り分け軍事力には目を見張るものがある。まともな軍人なら誰もが帝国との無用な抗争の抑制を図る。


「ああ、あの国と争ってもどちらの国にも損害しか残らん。我が国の領土も安全も侵害されていないのに、彼の国に攻撃を仕掛けても無意味だ。」

 

 共和国の勢力圏はどこも脅威に晒されてはいない。帝国の国力を持ってしても大陸中央の山脈を越えることは難しく、唯一国境を接する地域があったとしても、両国とも積極的な紛争を起こすことは無いと予測されているからである。帝国の国力が増大したと言っても、共和国のソレと拮抗しているのが現状だ。そんな状態で両国間に全面戦争が起これば、共倒れが関の山である。


 この様な事情から、両国の政府首脳や軍は国境地帯の平穏な状態の維持に努めている。散発的な紛争はあるが、死者が出ることは極めて稀であり、ここ数年では皆無である。両国間の貿易の発展もあり、これからは友好的な関係が暫くは続くであろうとされていた。


 しかし、その予測を覆す出来事が起こった。


「まさか政争の道具として侵攻作戦を立てる馬鹿が出てくるとは、我が国の政争と貴族階級の腐敗は深刻だな。」


 少女は祖国の危機を嘆く。今までの政争はどんなに激しい時でも、国内の秩序の不安定化や対外的な危機を招くほどではなかった。しかし派閥間の権力闘争のエスカレートが深刻化して、強大な隣国への無意味な攻勢が計画されるまで悪化してしまった。

 

 だが、事態はさほど悪いものでもない。


「しかしまだ希望は十分ある。執政官を始めとした良識派もまだ多く存在しているからな。」


 少女の発言に、女性将校は首肯して応じる。

 

「これからが正念場ですね。」


「ああ。」


 自分を見る副官に決意を帯びた笑顔を見せながら、少女は静かに、そして力強く応える。


「この国から腐敗を一掃し、祖国を建て直し、平和と繁栄をもたらす。その為にも、この戦いに勝たねばならん。」


 少女の決意を頼もしく聞きながら、女性将校は上官に命令を請う。


「閣下、ご命令を!」


 部下の要請に、少女は答える。


「明朝に私の部隊を集結させよ、可能な限り速く、帝国と交渉し、叛徒どもを鎮圧し、もって祖国の憂いを断つ!」

 

「はっ!」


 上官に与えられた命令の為、女性将校は踵を返そうとして、はたと止まり、そして振り返って言った。その顔は上官に対する副官のそれではなく、妹に対する姉のそれである。


「そうそう、もう遅いのだから早く寝るのだぞ、ハルカ。お前はまだまだ幼いのだから。」


 彼女は少女のファーストネーム、限られた親しいものしか知らない、秘密の名前を呼びながら、おかしそうな口調で言葉を発した。幼い頃から一緒に育った、年上の幼馴染のからかいに、ハルカは顔を少しゆがめて答える。


「お前は幼いと言うが、私はもう従軍できる年齢なのだぞ?」


「いいや、私からすればまだまだ子どもだ。」


 そこまでからかってから女性将校は笑みを形作り、言葉を続けた。


「先達の忠告には耳を貸すべきです。いつまでも拗ねていたら、それこそ子どもみたいですよ。」


 彼女の言葉は、連日の激務に心身共に疲労した少女を案じるものであった。幼馴染の言葉は自分を気遣ってのものだ、そう感じたハルカは、肩を竦めながら答える。


「分かった分かった、今日はもう寝るとするよ、だから明日までに部隊を集結させておいてくれたまえ、ルクレツィナ•カストゥリアス君。」


 仰々しい言葉遣いは、きっと自分をからかっているのだろう。そう感じたルクレツィナは微笑ましい気持ちになる。


(そういうところが愛らしいんだよなぁ。)


「何だね、突然笑い出して、どうしたのかね?」


 自分の気持ちが顔にまで出ていたらしい。ハルカは腕を組みながら、少し拗ねた様に頬を膨らませる。可愛い上官がこれ以上拗ねない様に、ルクレツィナは答える。


「いいえ、何でもないです。それではお休みなさい。ハルカ・フローリア・トラディタニア閣下。」



 


 


 


暫くは一回ごとに帝国編と共和国編が続くと思います。よろしくお願いします。

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