第72話
私とへリウスは、今、ウルトガ王国へ向かう馬車の中である。
正式にへリウスの両親であるウルトガ国王夫妻へのご挨拶に向かっている。
同乗者は、私付きのメイドと、へリウスの従者。それもわざわざウルトガから来てくれたウサギの獣人で、元々、ウルトガの王太子に付いていた人らしい。へリウスが、なんでお前が来たんだよ、なんて大声を出して驚いていた。
その従者から聞いた話。
へリウスは辺境伯領に着いてからすぐ、実家であるウルトガ王家に番と出会ったとの連絡を入れていたそうだ。まだ何も決まってもいないのに、である。
するとウルトガ王家の方はすぐに動き出してしまったらしい。
なにせ、なかなか結婚しない末っ子の第八王子にヤキモキしていたのだ。その彼に番が現れたのだ。ただでさえ、種族問わずに女性にはモテモテで遊び人(家族にそう言われているのはどうかと思うが)のへリウス。
その番である私に関心が向くのは当然で、同時に私に関する情報を集めだした。
そして、最終的にはトーレス王家に脅しをかけたわけだ。
――うちの息子の妻になるんだから、手を出すな、と。
それが、王太子が辺境伯領でおバカをやっていた頃。
トーレス王家……特に王妃がかなり反発したらしいんだけど、結局、あちらも認めるしかなかった模様。何せ、トーレス王国は隣国ナディス王国との均衡を保つために、あんなに獣人を忌避しているウルトガ王国に国防面でかなり頼っていたりするのだ。
そして、あんまりごねると私たちをウルトガ王国に連れていくぞ、とも脅したらしいのだ。
ウルトガ側でもトーレス王家の『守護の枝』の存在も、先日のスタンピードで辺境伯領が守られたのが『守護の枝』の力であったのも把握していたのだ。そして、それが私の存在に関わってくることも、当然、把握済み。さすが、としか言えない。
私とへリウスが結婚しただけでは、冒険者であるへリウスとともに、私も国を出る可能性がある。そこはトーレス王家にしてみれば、他国に『守護の枝』を持っていかれる可能性がある。
それはウルトガ王国側も、そして辺境伯であるお祖父様も見越していたようで、お祖父様がいくつか持っている爵位のうち、男爵位を私に譲り、へリウスを婿とする、という話に落ち着いたらしい。
そう、私が女男爵になるというのだ。
母様でも爵位を持っていないのに、その上、領地もゴードン辺境伯領の一部を頂くのだと。びっくりである。
それぐらい、トーレス王国に縛り付けたいのだろう。まぁ、王家の中に取り込まれるよりは、マシかもしれないが。
すでに辺境伯領で身内だけではあるものの、婚約パーティも終えていた。
へリウスはきっちり3か月、私以外の女性と触れることはなかったのだ。当然、娼館にも行かなかった。それを自慢気に言う姿には呆れてしまったけれど。
「私が最後まで断っていたら、どうしたのよ」
「受け入れてもらえるまで、何度でも追いかけていただろうな」
「……うわぁ。怖すぎ」
そう言いながらも、クスクスと笑ってしまう私。
今までの冒険者姿のへリウスは、ワイルドな感じでちょい悪オヤジっぽかったのに、目の前に座る貴族然とした姿のへリウス。あまりにもかっこよすぎて、目を逸らしてしまう。
窓の外へと目を向けると、キャサリンを含む、数人の護衛達の姿の先に、深い森の緑が広がっている。
あの日、王太子は護送車のように厳重に見張りの護衛をつけて、さっさと王都にお戻りいただいた。それはもうゲッソリした顔で、少しだけ気の毒にはなったけれど、自業自得だと思う。
そしてパティは、モルダーさんに縛り上げられて、どこかに連れていかれた。最後までギャンギャン騒いでいたけれど、彼女がその後どうなったかは、教えてもらえなかった。
「二度とお嬢様の目の前に、現れることはございません」
去り際のモルダーさんの無表情な顔からも、パティにとって最悪な未来が用意されているのだけは、予想ができてしまった。
「国境はもうすぐだな」
へリウスが窓の外へと目を向ける。
その横顔に目を向けると、すぐに視線がぶつかった。ふわりと優しい笑みを浮かべるへリウスに、ドキッとする。散々、彼のケダモノみたいな振る舞いを毛嫌いしてきたのに、この笑顔につられて自分も笑みを浮かべてしまう。へリウスの大きな手が私の手を握りしめる。
「メイ、大丈夫だ。うちの家族は、王族らしくないから」
「……それも、どうかと思うけど」
「あはは」
二度目のウルトガは、穏やかな気持ちで入国できそうだ。
へリウスの手を握り返すと、彼と視線がぶつかった。そして、フッと視線をあげると、ピクピクと動くケモミミが目に入る。私の視線に気付いて、へリウスの頬が赤くなる。
ほんと、ケダモノなんかよりも、かわいいケモミミのへリウスの方がいいわね。
私はただ、ニッコリと笑みを返すのだった。
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