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伯爵令嬢はケダモノよりもケモミミがお好き  作者: 実川えむ
第8章 狼は実は大型犬だったようですわ

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第53話

 冷ややかな目で、へリウスを見つめる。


「……そういうことよ。私も、許せないの」

「メイリン!」


 耳をへにょりと伏せて、悲しげな顔になるへリウスが、私の膝に縋りついてきた。あんな魔物には凶暴な男が、私みたいな弱っちい女相手に、こんな風になるなんてね。


「悪かった! ほんっとうに、悪かった! 反省してるっ! 二度と、二度と、あんなことをしない!」

「……まだ、番っていないから、いくらでもできますよ~」

「いや、しないから! 絶対、絶対、誰に頼まれてもしないっ!」

「……信用できないんですけど」

「メイリン!」


 滂沱の涙を流しながら、私に縋りついてくる姿に……若干どころではなく、引いてしまったのは、仕方がないと思う。いい年をした男が、である。

 ……おかげでドレスが涙で濡れてしまったじゃないか。


「お願いだ、俺にはメイリンしかいない。他の女なんか、どうでもいいんだ。メイリン!」

「はぁ……」


 額に手を当てながら、考える。

 獣人の本能というものは、信頼できるものなのだろうか。


 ――私は、もう、裏切られるのは嫌。


 たぶん、次に何かあったら、狂ってしまうかもしれない。


「……それを証明してみせて」

「証明したら、俺と番ってくれるのか!」


 へリウスの顔は涙でびしょびしょになっている。せっかくのイケメンが台無しだ。しかし、それだけ彼が本気なんだと、思わせる。

 これで芝居だったら、騙された私がバカなだけだ。


「そうね。獣人の番の本能を信じるわ」


 私はへリウスに言った。


 ――これから三か月、私以外の女という女に触れないこと。


 これは、生命に関わるような緊急時は含まない。そこまで、私も非情じゃない。

 ただし、娼館のようなところに行くのは、ダメ。男の生理だ、とかいう言い訳は聞かない。


「メイリンが番ってくれるんだったら、三か月なんて、たいした期間じゃない」


 余裕の笑みを浮かべるへリウスの顔には、もう涙の跡はない。

 大きな尻尾が左右に揺れてすらいる……狼というよりも、まるで、大型犬だわ。


「……だったらいいんだけど。万が一、パティが戻ってきて、頼まれたら」

「断る!」

「彼女のほうから縋りついてきても?」

「縋られないように、逃げる」


 胸を張って答えるへリウスに、思わず「プッ」と吹き出してしまった。

 A級冒険者が逃げるなんて、どんな魔物よりも強いのかよ、とか、思ってしまった。


「メイリン、酷いぞ」

「フフフ、逃げきれればいいけど……微かにでもパティの匂いでもさせてきたら、即刻、城から出てってね」


 にっこりと笑って答えると、へリウスの顔が引きつる。

 でも、当然だと思う。

 母ではないけれど、いつまでもへリウスがいたら、新しい婚約話が来なくなってしまうもの。




 ……あ。その前に、王家の対応を考えないとダメだったわ。


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