第三幕 「夜釣り」
俺は夜釣りが趣味だ。世間は魔王だ魔物だ勇者だと物々しく、夜に外に出るなんてとんでもない! と怖がっているが、俺には関係ない。魔物も魔王もこの拳で吹っ飛ばしてやる。
ある日、呑みの予定がキャンセルになった俺は秘密の釣り場で夜釣りを楽しむ事にした。
街から少し離れた所にある橋で、静かでよくつれる俺の穴場。
その日も良く釣れたのだが、しばらくした頃、全身に寒気が走った。
何か気味が恐いな……そう思いつつも入れ食い状態のその場を離れる気にもならず夜釣りを楽しんだ。
「あなたも釣りですか?」
突然、後ろから声をかけられた。振り返るとそこには商人風の中年男性がいた。夜中に、たった一人で。足音もなく、いつの間にかひっそりと。
「ああ、ここはよく釣れるからな」
「えぇ、そうらしいですね」
「あんたも釣りか?」
「……まぁそんなところです」
話していくうちに段々と俺は違和感を覚えた。
男は小洒落た綺麗な服を着ている。釣り具も持っていない。とても釣りを楽しむ格好じゃあない。
こんな所で何を……
「あなた、つらないんですか……」
男の声がする。いやおかしい、明らかに上から聞こえてきた。
「つりましょうよ、あなたも……」
俺は恐怖に震えながらも上を見上げた……
そこには、今話をしていた男性の首吊り死体が!! 虚空から伸びた縄が男の首に巻きつき吊り下げている! 男が言っていたのは「釣り」ではなく「吊り」だったのだ!!
気が付くと俺の目の前には無数の霞のような影が現れ、「吊ろう……一緒に吊ろう……」と俺に囁いてくる。
「う、うおおおおおッ!!」
俺は無我夢中で拳を振るった。
鍛え上げた拳が、蹴りが、石造りの橋を確かに砕き吹き飛ばす。相手が魔物だろうがひとたまりもない。そのはずなのに、ぶらぶらと揺れる吊られた影たちは捉えられない。
俺の拳が効かない!
生まれて初めての恐怖に俺は凍り付いた。そして影が冷たい縄を俺の首にかけ……
「そこまでだ」
聞いたことのある声がした。この声は! 神殿生まれで神聖力の強いティーちゃんだ!
影によって今にも吊り上げられそうな俺の前に来ると、自前の釣竿を振り回し
「破ぁ!!」
と叫ぶ。
すると釣竿の糸が眩く光り、振り回した糸が剣のように次々と影を引き裂いてゆく!
ある程度影を振り払うと、ティーちゃんのどこか異国風の呪文によって周りには光が走り、アッと言う間に影は全滅した。
「ティーちゃんも夜釣りか?」
怯えを見られたのが恥ずかしく、なんでもなかったかのような平静を装ってそう尋ねると、ティーちゃんは俺の方を見てフッと笑った。
「そんなところだ。随分と小物を釣り上げてしまったが」
帰り道で聞いた話によると、あそこは自殺の名所で首吊りが首吊りを呼ぶ恐怖の橋らしい。
「それだけ強いんだったら魔王の一本釣りにでも挑戦してみたらどうだ? 今この街にちょうど勇者が来てるはずだ。ん? 私か? 私みたいなただの神殿生まれの小娘に魔王退治は荷が重いよ」
そう言って担いだ釣竿で自分の肩を叩き爽やかに笑ってみせるティーちゃん。
神殿生まれはスゴイ。俺はいろんな意味で思った。