絶望の先、もっと先
「ノエルさんっ……おじいちゃんが……おじいちゃんが……ッ!」
「おっ、おいおい、どうしたってんだよリンダ」
少女の名はリンダ、以前クエストで訪れたラッセルベリーの村長のひ孫だ。 そしておじいちゃんとは、その村長であるラケシスという……
「おじいちゃんって、ラケシスだよな? あのじじいが………――――なんかしでかしやがったのか?」
――――残念なエロジジイだ。
この展開の定石といえば、『ラケシスの身に何かあったのか!?』ときそうなものだが、ノエルの思考にそんな選択肢は皆無だった。 それ程にラケシスとは残念なジジイなのだ。
「どーしたのー? あっ! リンダだー! ――わぁ!?」
何かあったのかと様子を見に来たアンジェが顔を出すと、リンダは感極まったのか言葉も無くアンジェを抱きしめた。
「……ちょっと、コレ、何事?」
遅れてやって来たミシャは、昼間から激しく抱き合う二人を見て目を細めている。
「よく分かんねえけど、ラケシスが――」
「何かやらかしたのね」
「ああ、多分な」
おいたを働くラケシスを何度かあの世に送りかけたミシャだ、ノエル同様思う事は同じらしい。
「まあ、とりあえず入れよ。 話聞くからよ」
二人は取り乱すリンダを宥め、とにかく荷物を置かせて家へと招き入れた。 そして、徐々に落ち着きを取り戻したリンダとテーブルを囲み、詳しく話を聞こうとノエルが切り出す。 因みにアンジェはリンダの膝の上だ。
「で、何があったんだ?」
「……はい、実は、ノエルさん達がいなくなった後、村から妖精がいなくなったんです」
「………そうか」
森が半焼したからな。
誰かさんのせいで。
「それで、観光客が減少して、村の収益がどんどん減っていって……」
「………そうか」
『そうか』、としか言えないノエル。
何故なら、原因は明確に分かっているからだ。
ノエルが視線を落とし押し黙っていると、その隣りのミシャが口を開いた。
「そうなの、ストレイシープのせいね」
「――!?」
ノエルは驚愕に目を見開いた。
(コイツ、マジで言ってんのか? そりゃアイツも原因の一端かもしんねぇけど、その半分以上を受け持つてめぇを……ゼロにしやがったぞ!?)
「どうしたの? ノエル」
「……いや、なんでもねぇ」
罪とは、それを認識していない人間にとって罪ではない、だが許されていいのか。 いや、彼女にとって破壊活動とは自然な物で、それを行ったからとて破壊神が咎められる必要は無い、という事なのだろう。
ノエルは、再度固く誓った。
(この怪物……ぜってぇトールに押し付けてやる)
よくあるラブコメでは、虚勢を張りながらも主人公とヒロインは惹かれあっているものだが、
(全く罪の意識がねぇ……ガイノスが可愛く見えるぜ)
この物語では、無いのかもしれない。
「ノエルさん、大丈夫ですか?」
「……ああ、何でもねぇ。 ちょっと絶望の先を見ちまっただけだ」
顔色の悪いノエルを気遣うリンダに、『あ、これが普通の女……いや、普通の人間なんだな』、と安らぎを得たノエルは、穏やかな目でリンダに視線を送った。
「人間って、いいよな……」
「そんな……! わたしはノエルさんがハーフだからって、そんなことちっとも……」
「違うんだ、リンダ。 そんなちっぽけな事じゃない」
「アンジェもにんげんじゃないよー」
「アンジェ、お前は天使だよ」
慈しむ目で二人を見つめ、「てんしー? アンジェようせいだよー?」と首を傾げる愛娘に胸を温められる。 とそこに、
「そうよノエル」
柔らかな日差しを吹雪に変える声が聞こえた。
「その差別を無くす為にアンタが英雄になるんだから。 わ、わたし達の為に……」
先程ノエルが言った絶望の先。
その時、ノエルはその先の、もっと暗い何かに呑み込まれた気がした。
「……ああ、そうだな」
力無く零した時、ノエルは自分が “泣いた” 、と思った。
だが、涙は流れなかった。
そんなもの、もう……残ってなかったんだね。
それはともかく、お前ら、
――――いい加減話進めろ。