バイトリーダー、英雄の顔をする
デルドル王国の領土に入り、一行はもう夕方にはサザンピークに到着出来るだろう位置まで辿り着いていた。 そこで少し遅い昼食を摂り、食休みをしているとノエルが怪訝そうに話し出した。
「しかしよ、この国はどうなってんだ?」
「何が?」
「立ち寄った町や村には女子供や老人ばっかでよ、それに冒険者は一人も見なかったぞ?」
ノエルがここまで見てきた感想を零すと、ミシャはゆっくりと腰を上げ、
「言ったでしょ、この国は軍事国家なの。 戦える戦力は強制徴兵されるのよ、ひどいもんだわ」
憂いを帯びた表情で、 “強制英雄” に挑ませる自分を棚に上げ国の悪政を糾弾する。
「そもそも冒険者なんてこの国にはいないの、そんな事するぐらいならお国のために戦えってね。 拒否すれば国賊扱いされて投獄よ」
「……とんでもねぇ国だな! 選択の自由も与えねぇで強制的に戦えなんて何様なんだッ!」
憤慨したノエルは大地に拳を打ち込む。
「な、なに? なんでアンタがそんな感情移入してんのよ……?」
――――他人事に思えないからだろ。
「ノエル? おこってるのー?」
今は人化しているアンジェが心配そうに覗き込む。 ノエルはその無垢な瞳に優しく微笑み、
「大丈夫だ。 それに怒りの半分は―――抗えない自分……にかもな……」
哀愁漂う琥珀色の目は、一匹狼でやっていた、鋭い牙を剥き出しにして戦う昔の自分を見ているのか。
「抗えない自分? どういう意味?」
聞こえないように呟いたつもりが拾われてしまったようだ。 しかしノエルは狼狽える事なく、
「こんな悪政にも立ち上がれない国民にってことだ。 まったく情けねぇ」
そうは言ったノエルだったが、その心中では―――
( わかってるぜ……。 勇気が要る、もんな…… )
デルドルの国民に心を重ねるノエル。
それを聞いたミシャは、
「ふーん、でも、なんか引っかかるのよね……」
決して正義感が強い訳でもないノエルが何故そんなに、という思いが拭い切れないようだ。 ノエル疑いの目から顔を背け、心の中で叫んだ。
( つーか……――――ちょっとは引っかかれッ!! )
それは、 “お前がやってんのもそう変わんねーぞ? 人の振り見て我が振り直せや” という叫びだった。
「さっ、もう行こうぜ。 まずはデルドルから……いや、サザンピークから救ってやらなきゃな」
腰を上げ目を細めるノエル。
ミシャは訝しんだ顔で、
「 “から” ってなによ、どこまで救う気?」
それを聞いたノエルは、「ふっ」と目を伏せ微かに笑う。
そして、
「何言ってんだ、俺ぁ―――英雄になる男だぜ?」
「……ノエル……」
『ジェットの店』のバイトリーダーは、世界のリーダーの顔をしてサムズアップ。 そしてその親指を下に向けるかも知れない女は、頬を染めて凛々しい雄姿に見とれている。
( やっと……やっとやる気になってくれたのね……! で、でもそれって、つまり私を――― “妻にしたい” ……ってコト、よね…… )
そうですね。
「どうした? 行こうぜ」
「――えっ? う、うん……」
辛すぎてもう痛い女は、『う、うん……』とか言って恋する少女のように鼓動を速めて歩き出す。
事情を知るジェットがこの場面を見ていたなら、ノエルを抱きしめて泣いてくれただろうか。
……いや、彼にも大事な店があり、人生がある。
それを望むのは酷というものだ。
「ノエル、えーゆーになるの? じゃあアンジェはぁ?」
「……お前は、俺の天使だよ」
「てんし? アンジェようせいだよ? じゃあ、ミシャはー?」
「………」
―――『何も言えねぇ』。
それは、決して水泳選手にしか言えない台詞ではない。 だがノエルは言えなかった。 寧ろ『何も言えねぇ』すら言えねぇ。
「あ、アンジェ! こ、子供は知らなくていいのよッ……!」
現在乙女モードに入っている恋する破壊神は何か勘違いしてくれている。
「ミシャは………なぁ?」
「わ、私に聞かない……でよ……」
「えー? ないしょズルいーっ!」
どうやら全員が違う事を思い、間違っているようだ。
ミシャは結婚を、アンジェは言わないのではなく言えないのを理解出来ない。
君が大人になり、もしその時聞きたければ教えてあげたい。 ノエルが言えなかった言葉の穴を埋めるピース、それは……
――――『ミシャは、 “死神” だよなぁ』――――