夜襲
ここは元軍橋頭堡の赤坂(現:福岡市中央区大名)の陣。
現在は街中だが、かつてはここまで海岸線があった。
なにやら将官と下士官が現日本戦力について解析している。
日本は大元帝国と違い、外交をほとんどもっていない。
日本は島国であり、外交と貿易は大陸とだけ保っていた。
北宋の過去帳を調べれば、おのずと兵器の履歴も分かるのだ。
元軍下士官「弩弓は既に平安時代に日本に伝来しています」
元軍将官「厄介だな、弩弓で武装しておるとは……」
元軍下士官「いえ、武装は和弓という大弓です」
元軍将官「けったいな民族だな、弩弓を捨てるとは」
元軍は鎌倉武士の勇猛果敢ぶりを「攻勢偵察」によって把握していた。
すでに上陸後の小競り合いで敵の鎌倉武士からの分捕り品がある。
これを下士官は将官に見せて意見を聞きたかったのだ。
下士官は戦利品の和弓を苦い顔で示した。
「1人の鎌倉武士からこれをぶんどるのに15人の犠牲を強いられました」
「5人は和弓で射殺され、5人は斬り殺され、5人は殴り殺されました」
最後の撲殺は元軍の知らない合気拳法という武術である。
刀折れ、弓矢尽きた場合、自ら(手刀、拳、足)を使い、敵の関節を砕く技法である。
元軍将官「とんでもない戦闘民族ではないか」
角力や組討ともいわれる相手を組み伏せ、首を取る技法もある。
元軍将官「武術のたぐいか」
元軍下士官「大鎧を着てですか?別の技法と思われます」
「それよりも和弓の異常な貫通力をご覧下さい」
元軍下士官は豪腕の弓手を呼び、和弓を引かせた。
バッシューン、バリィーンッ!
的の自軍の盾は貫かれてしまった。
元軍将官「盾を貫いてしまったではないか!」
元軍下士官「合板の盾ですが和弓の前では無意味です」
「現在、複合装甲の盾を現地調達しています」
今度は合板の間に青銅の板を挟んだものを用意して射させた。
バッシューン、グサッ!
元軍将官「盾を貫いたが止まったぞ!」
元軍下士官「現在地元の窯元を買い取り、全力で青銅板を鋳込み中です」
「敵地で銅鉱石があるのだな?」
「すでに鉄・銅・銀・石炭の鉱山を確認しています」
「それから矢の構造を見て下さい」
元軍将官「まだあるのか」
先ほどの矢が将官の目の前に晒された。
元軍将官「一見何の変哲も無いように見えるが、違うのだろうな」
元軍下士官「征矢と呼ばれるもので矢羽が斜めに着いているでしょう」
元軍将官「うん」
元軍下士官「それが矢に螺旋運動を与え、矢が真っ直ぐに飛ぶのです」
元軍将官「な、なんだとう!」
元軍下士官「しかも鏃は鋳造鉄ではなく、鍛造の鋼です」
「強度も重量も我が軍の数倍はあるのです」
元軍将官「な、なんだとう!」
元軍将官「1vs15の戦闘力のバケモノが剛弓を持って息の浜に布陣してるなら」
元軍「我々4万余の戦力なら、奴らは3000人いればいい事になる」
元軍下士官「こうなったら日本人が知らない兵器を使うしかありません」
元軍将官「火薬を使った秘匿兵器だな……」
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夜が更けてあたりは真っ暗闇になった。
11月の夜の海は真っ暗で月も出ていなかった。
900隻の元軍外洋船は投錨して、崖のある沿岸に停泊していた。
その漆黒の海の上を鎌倉武士の調達した小舟がすーっと近づいてきた。
手に手に、熊手を竿の先に付けた得物をもって、元軍外洋船の船べりに近づく。
だが外洋船の両舷には、竹の竿を束ねたモノが取り付けてあって近づけない。
まるで夜襲を予期したような設えに鎌倉武士は戸惑った。
鎌倉武士A「な、なんだ?」
鎌倉武士B「く、熊手が届かんっ」
鎌倉武士C「ちいっ、夜襲に備えて防備を固めていたか!」
実は、この竹の束は「船の両舷に付けたローリングチョッパー(横揺防止器)」であった。
モンゴル兵は船酔いに極めて弱かったが、船幅を広くとれば、横揺れは収まる。
そのため、竹の束を船幅に括り付けて、横揺れを減衰させていたのだった。
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これがまさかの夜襲防止の妙案だったのは、皮肉であったとしか言い様がない。
竹の束がガチャガチャいう音に元兵が駆け付けてきた。
見つかった!
元兵「て、敵襲~っ」
鎌倉武士「ええい、ままよ!」
せっかくの奇襲もはや乱闘だ。
乗り込む者、船外に落ちる者、阿鼻叫喚である。
船外に落ちれば、モンゴル兵は武具の重みで沈んでしまった。
鎌倉武士は甲冑を着用して泳ぐ「古式泳法」で浜に帰った。
また剛の者は再び船べりにしがみつき、乗り込んで奮戦した。
1vs15の戦闘力のバケモノが、船内に乗り込んで、阿修羅の如く暴れ回った。
鎌倉武士「やったりゃああっ」
近距離で和弓に射られたからたまらない。
盾を貫かれ、具足ごと背中まで貫通し、壁に突き刺さる。
モズの「はやにえ」もかくやという格好である。
日本刀の切れ味もまた常識外だった。
鎌倉武士「きったりゃああっ」
元兵の青竜刀を持った手首ごと一刀両断に切り離した。
橈骨手根関節から靱帯や組織をまるでメスで切ったようにスパッと切った。
手根中央関節分離線でも切れるが、骨にはまったく当たってない。
正確に関節で切り離したのだ。
人体構造が見えている訳ではない、人斬りの達人なのだ。
船に残れば斬り殺され、海に落ちれば溺れ死ぬ。
元兵は意味の分からない言葉を呟いた。
「トスラーライ」「トスラーライ……」
(トスラーライ・Туслаарай:助けてください)
ドガバキグシャッ、バシュッズバッゴリゴリッ。
他の船が接舷して続々と援軍が駆けつけた。
そして鎌倉武士に次々と殺されていった。
この一報はすぐに元軍上層部に伝えられた。
元軍下士官「なに?夜襲?何隻やられた?」
元兵「船団最外縁の10隻ほどが全滅しました……」
元軍下士官「全滅?皆殺しにされたのか」
「1隻にモンゴル正規兵が100人はいただろう」
「船は炎上し、跡形もありません」
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元軍下士官「やられた……」
この知らせは元軍将官のもとにもたらされた。
その場に居た元軍下士官もおののいていた。
元軍将官「お前の恐れていたようになってしまったな」
元軍下士官「はっ……」
「今こそ火薬兵器を使うべき時です」
元軍将官「副使、潘阜が火薬に詳しいと聞く、たきつけてみるか」
元軍下士官「はっ……」
いよいよ日本が知らない火薬の兵器が登場する。
またギリシャ火という焼夷弾兵器も登場する。