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西征と東征  作者: 登録情報がありません
第1章西征
4/20

西征(4/4):官人アブドゥッラ・ラフマーン

ここは大元王朝の都、大都(現北京)。

モンゴル帝国は大元帝国となり、首都は大都に移っていた。


官僚の世界にもモンゴルの行政の新しい風が吹き込んできた。

モンゴル帝国の(しがらみ)の無い新しい主従関係は、ここ大元王朝でも健在だ。


才能と技量さえあれば異人でも官僚に抜擢された。

これは当時の官僚制度から考えれば、早すぎる進歩だった。


異人は大都ではもう珍しくもなんともない。

シリア人、イラン人、ハンガリー人、ドイツ人。

彼らはモンゴル帝国に征服された屈従異人たちだ。


オランダ人、イングランド人、スペイン人、ポルトガル人。

大元王朝に商機を求めて現れた自由商人たちである。


自由商人は地中海-アラビア砂漠-インド洋-東シナ海をやって来た。


経路は、商隊でエジプトからアラビア半島アデンまで陸路をやって来る。

アデンからインドのゴア、ゴアからマラッカまでは海路だった。

マラッカから大元王朝まではまだ商圏が整備されていない。

陸路だったり海路だったり様々だったのだ。


海路をなんとかしなければ、大元王朝の繁栄はありえない。

騎馬隊の戦力で世界を制覇した大元王朝も、海の利便さにはかなわない。

時代は大航海時代へと舵を切り替えつつあった。


アブドゥッラーと40人の船工も、一角の造船所を持つ身分となっていた。

大元王朝は海のシルクロードの開発を目指していた。

だから船大工は重宝されたのである。


陸のシルクロードの輸送力(畜力)はラクダである。

ラクダ1頭の積載量はだいたい60kg(行程7000kmとして)。

昼夜歩き通しというワケにはいかない。


600トンの船舶1隻の積載量は80トン~180トン。

陸路ならラクダ300頭越えの大商隊である。

1回の船路輸送量は陸路とはケタ違いだ。


もし海のシルクロードの開発に成功すれば輸送量は跳ね上がる。

通常の3隻の船団ならラクダ1000頭越えの物資を1度に輸送出来る。


西征征服地イランのあるペルシャ湾への航路も必要だ。

が、野望はもっと遠かった。


マラッカ-ゴア-アデン-アレクサンドリアを往く海路の開発だ。

アジア-インド-アラビア-エジプトに跨がる巨大商業圏の入手である。


インド洋交易圏は紀元前1世紀からムスリム商人が貿易していた。

一方、東シナ海はまだ商圏としては希薄である。


ここに大元王朝の商機があった。


マラッカより北側、南越の海域の航路を開発すればいい。

それには南宋の蘇州「太倉」を取らねばならない。

蘇州の太倉は当時、世界一の良港であったからだ。


その頃、大元王朝の官僚たちの間で行政システム問題で(いさか)いが起こっていた。

漢人の伝統と異人の革新の衝突である。

その渦中の人はペルシア人であった。


官人アブドゥッラ・ラフマーン。

大元王朝ムスリム財務官僚の一人である。

手っ取り早く国庫を潤わせる税制を敷いたことで、皇帝の信頼を得た異人官僚だ。

だが、伝統的中国統治システムを排斥した事で、漢人の恨みを買っていた。


このままでは危険が危ない。


その噂を造船官(文官)となっていたアブドゥッラーが聞きつけた。

アブドゥッラー「ふむ、彼はペルシア系異人だ」


部下「アブドゥッラとアブドゥッラー」

「名前がそっくりですね」


アブドゥッラー「何を馬鹿な事を!」

「ぜんぜんちがう、AbdullahとAbd alやぞ」


「シリア生まれの同郷異人としてほっとく訳にもいくまい」

部下「しかしどうやって?」


「なあに、オレには高級官僚を巻き込んだ秘策がある」

部下「しかし混迷渦巻く宮廷内では不可能かと?」


「今の地位のままペルシア系異人が中央政権の漢人と距離を置く方法はあるか?」

部下は首を振った「ありません」


アブドゥッラー「大元王朝は征服地に民政統治官(ダルガチ)を置く」

「彼がその任官に自ら志願して、外地に赴けばよいのだ」


「外地なら中央政権の漢人との諍いなど関係ない」

「領地の代官(ダルガチ)としての辣腕を振るう事が出来よう」


「東征で日本へ脱出すれば、中央政権と1430km離れていられる」

「彼に東征に同行してもらえるよう話してみよう」


早速に造船官アブドゥッラーは宮廷内に赴いた。

アブドゥッラ・ラフマーンはどこにいるのだろう?


元大都城の中庭には太液池(現紫禁城北海)瓊華(ケンカ)島がある。

そこの東屋でよく物思いに耽っておられると聞きつけた。


数日後、ため息をついているアブドゥッラ・ラフマーンがそこに佇んでいた。

(補填‘Abd al-Rahmān:慈悲あまねきお方の下僕の意)


アブドゥッラー「アブドゥッラ・ラフマーン様」

「お話があります」


日本への外地出向とその手順について説明した。

アブドゥッラー「日本の代官(ダルガチ)として辣腕をお振るい下さい」


「漢人ではなく倭人に、物事のイロハが通じようか?」


「倭人は「サブラヒ」気質(かたぎ)と言われています」

(サブラヒ)は信義を重んじ、名誉や面目を自分の命より尊びます」

「名こそ惜しけれ」という恥の文化です」


「んん、なんだそれは?」


「命に掛けても恥を濯ぐ高潔の精神です」


「物の道理を説けば、信頼は得られるという事だな」


「漢人の官僚と違う感性のようです」

「真摯な態度で臨めばよいのです」


日本の政治はそれでは務まらない事は承知だ。

日本に赴いた元の使節は斬首されている。


使節は国際的には殺害が禁じられている。

日本は島国だから視野が狭いのかもしれない。


だが西欧十字軍もイスラムの使者を切り捨てている。


アブドゥッラ「所詮は東西に違いはないのだ」

「疑心暗鬼、これを打ち破るが必定」


日本人は顔で笑って心で泣いてというウエットさがある。

本音と建て前は使い分けろという事だろう。


「分かった」

代官(ダルガチ)に志願しよう」


宮中で毒殺されるより異国で果てるのもまた一興。

「日本に行く手筈はどうするのか」


アブドゥッラーは高麗の造船官を薦めた。

「高麗に最近赴任した『監督造船官軍民総管』を頼りましょう」


「洪茶丘殿の事だな」


「はい」


「彼も900隻の艦船建造の任を受けて難儀している筈」

「大元王朝の財務行政部へ資金や資材について打診があるだろう」


「はい」


「その時に造船担当として紹介する」

「思う存分才能を発揮してくれ」


「はい」


こうしてシリア人船大工は900隻の造船に関与する手筈を整えた。

あとは高麗の官僚、洪茶丘に接触するだけだ。

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