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西征と東征  作者: 登録情報がありません
第1章西征
3/20

西征(3/4):アブドゥッラーと40人の船工

地政学上、常にイスラムの脅威と戦ってきたグルジア国があった。

彼らは、モンゴル軍の西征に乗じてイスラムを叩くつもりだ。


そのイスラム国の最大の都、バクダードに彼らも攻め入っていた。

モンゴル軍に味方をしていたグルジアのキリスト教軍はいきり立っていた。



遂に難攻不落の宿敵イスラムの牙城を崩したのだ。

積年の恨みをここで晴らしてくれるわ!


イスラム寺院の徹底的な破壊とその財産の簒奪だ!

さらには胸中、穏やかでない試案も考えられていた。


時は十字軍遠征(1096–1303年)の真っ盛りである。

このままモンゴル軍とエルサレム聖地奪還に臨めば鬼に金棒だ!


だがフレグはいきり立つグルジアのキリスト教軍を断固として拒絶した。

フレグ「戦争賠償金の分け前は公平に分配するつもりだ」

「それを持って故郷の国に帰るがよい」

「宗教戦争に興味はない」


グルジアのキリスト教軍は、戦争賠償金と供に、渋々故郷への帰路についた。


一方戦争賠償金の莫大な富は後送された。

第4代皇帝モンケの待つ首都カラコルムに向かうのだ。

屈従した学者、技術者たちも蔵書とともに同行している。


その中にシリア人船大工の棟梁アブドゥッラーと40人の船工がいた。

シリアにある港湾要塞都市ラタキアの出身である。


ラタキアは十字軍の補給港であり、欧州からのコグ船でごった返していた。

またムスリム商人のダウ船も入港しており、どっちの船にも詳しくなった。


長旅でくたびれ果てたコグ船、ダウ船。

造船所にはひっきりなしにどっちの船も修理でドック入りした。


それを多数修理するうちにアブドゥッラーと40人の船工は気付いた。

アブドゥッラー「両方のいいとこ取りの良船を作ってみたい」


だがそんな船を一から作る資金も出資者も出る様子はなかった。

そんな中、モンゴル帝国クビライ東征の野望の噂を耳にする。


数百隻の新造艦を造船し、極東の海を渡る。

海流と卓越風に逆らって、日本国という島国を目指す。


アブドゥッラー「日本?al-YaBan?聞いた事のない国だな」

「だが、これこそオレの臨んだ好機に違いない」


彼は有志の同僚と供にこっそり屈従者の列に加わって大都(現北京)に向かった。


後世、クビライが第5代皇帝に即位し、大元王朝を打ち立てる。

この時からモンゴル帝国は「大元」と名を改めたのだった。


その頃にはイスラム文化の莫大な資産が大都(現北京)になだれ込んでいた。

工学技術、高等数学、外科内科医療、天文学、冶金技術、石油精製、無機化学。


特にイスラム錬金術の1000年に渡る無駄な努力は特筆すべきものだ。

水銀とイオウから金を作ろうとしたその努力は実らなかった。


だが無数の化学反応を調べる過程を学んだ。

そこから蒸留、乾留、触媒などの技法が得られている。


また反応の過程に共通する物質があることが分かってきた。

その反応式のようなものを求める試みもあった。


前化学時代の到来である。

錬金術の試行錯誤が「化学」として結実しようとしていた。


■医療の現場

進士の医師「う、なんだコレ」

イスラム医療の精緻な解剖図を見て、漢人の医師は仰天した。

伝統医学の書は「素問」と「霊枢」の2書だ。

陰陽、三才、そして五行の概念に基づいている。


親指の付け根の「合谷」、足三里、手三里は間違いなく整体のツボだ。

漢人なら誰でも知っている経穴(ツボ)で、老若男女が施術できる。


だがこのイスラム医療の解剖図は経穴図が載っていない。


そればかりか人間の身体は生きた機械だと説明していた。

臓器は部品で、血液は燃料、筋肉は駆動部なのだ。

取り外したり、交換したり、繋げたりして修復出来る機械なのだ。


実際にムスリム医師の外科手術に立ち会った進士の医師は卒倒しそうになった。

アフガニスタンで採れる薬草をシリンジで筋注して、疼痛を緩和する。


中空管のシリンジと注射針を一体どうやって作ったのか。

ローマ時代に鉛管を水道管として使っていた。

柔らかい鉛から始めて、銅、青銅と固い金属のロール成形の技術を培った。

挿絵(By みてみん)

接合部分はスズ溶接(ロウづけ)で閉じた。


白内障の手術で白濁した水晶体を取り除くと目が見えるようになった。

進士の医師「そんなバカな」


手関節離断の兵士に能動義手を装着し、物を掴めるようにした。

橈骨と尺骨を使って物を掴むリハビリをして、通常生活に帰還出来た。

進士の医師「ええ、どうやって」


■石油精製

中東の岩石砂漠には滾々と湧き出る「黒い水」の泉がある。

地中の石油が地圧によって岩盤の裂け目から浸みだしている。


「燃える水」は紀元前4千年の古代より知られていた。

ギリシャ火として成分精製されたナフサ粗製ガソリンがあった。

沸点範囲が35-80℃で揮発したガスを冷却して得られる液体だ。

錬金術師によって焼酎蒸留塔のように各成分に蒸留された。

各成分とは石油ガス、ガソリン、灯油、軽油、そしてアスファルトだ。


これら留分の内、石油ガスはプロパンガスで都市ガスとして燃料になる。

ガソリン(ナフサ)は火炎放射器の燃料である。

灯油はランプの明かりとして重宝する。

軽油はエンジン燃料だがエンジンがないので燃料として使う。

アスファルトは帆船建造に不可欠な材料である。


これらの石油精製は大量生産されたワケではない。

蒸留塔などの大規模施設の建築には圧力容器と溶接の知識が必要だ。

これらが無いため、施設は錬金術師の実験室レベルであった。

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