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西征と東征  作者: 登録情報がありません
第1章西征
2/20

西征(2/4):バクダード陥落

忠臣イブン・アルアルカミーの苦悩は続く。

亡国の暗君の愚行に付き合って破滅の道を選ぶか?

それとも?

イブン・アルアルカミーは文化と文明の崩壊を気に掛けていた。

バグダードの市内には知恵の館と呼ばれる大図書館が有る。


そこには天文台さえも併設されていた一大研究施設だった。

ヒポクラテスの数学書、ガレノスの医学書、プラトンやアリストテレスの文献。


絶対に失われてはならない注釈のない、原書に近い写本だ。

アレクサンドリア図書館無き今、その所蔵は唯一無二のものになっていた。


戦闘になれば略奪、放火、廃棄、あらゆる蛮行が行われるだろう。

知識の記録は途切れて、文明の努力は散逸・崩壊してしまう。


イブン・アルアルカミーは日に日に不安を募らせていた。

外ではモンゴル軍が着々と布陣を進めていた。


モンゴル軍は西壁と東壁の二手に分かれて駐屯していた。

西壁は外敵に対して城壁が厚く、街の防御は完璧だ。


イブン・アルアルカミーは騎馬隊の様子がおかしいのに気付いた。

西側のモンゴル軍の騎馬隊は、たやすく撃破出来そうな小規模な部隊である。


騎馬をわざと円形陣にして鍛錬を見せつけているが、練度はそう高くない。

それを見たカリフのムスタアスィムが軽はずみにも乗ってしまった。


カリフのムスタアスィム「小規模で練度の低い部隊なら打ち破れるはず!」

彼はいきり立って、重装槍騎兵を出陣させようとした。


イブン・アルアルカミー「お待ち下さい!あれはデコイです!」

カリフのムスタアスィム「な、なんだとう!」


「兵装をご覧下さい、西側陣は軽装のフロックコート、東側は重装のうろこ鎧です」

「西側を食い破る事は可能でしょうが、逃げられたら話は別です」


「我々重装槍騎兵は追い付けず、逃げ切られてしまうでしょう」

「重装鎧は負担となり、帰投時に待ち伏せされれば全滅です」


「う~む、しかし好餌ではあるのになあ」

カリフののムスタアスィムは何が何だかわからなくなってしまった。

陣形の弱い所から敵陣を崩すのは基本中の基本だった。


つまり西側のモンゴル軍はオトリなのだ。

籠城の軍を引きずり出す好餌である。


東壁のモンゴル軍は投擲兵器や弓騎兵が密集している。

籠城の軍はこういう方面には出て行かない。


イブン・アルアルカミー「新築が運の尽きだった」

東壁側は、最近宮殿を東壁に移築している。


市街地の壁を新たに作り直したばかりなのだ。

壮麗な宮殿建築が防御陣地構築の邪魔なのだ。


イブン・アルアルカミー「誰が見ても、ここが弱点だ」

東壁は防御陣地を置くスペースもなく、宮殿は外圧に弱い構造である。


戦いが始まれば、東壁から負け戦になる事は確実だ……。

イブン・アルアルカミーは暗い未来に絶望していた。


一方、ここはモンゴル軍野戦司令部。


モンゴル軍軍師「出てきませんね」

「西側の騎馬と布陣を見て、飛び出してくると思いましたが」


フレグ「宰相イブン・アルアルカミーは慧眼だと聞く」

「好餌と見抜いて思いとどまったか……」


モンゴル軍軍師「どうします?そろそろ突撃の……」


フレグ「いや、もう一晩待つ」

「聡明な忠臣なら、そろそろ動きがあるだろう」


一方、宮殿の自室で宰相は一人悶々としていた。

心の中では正邪を測る天秤が揺れ動いていた。


200万の市民の命、それを支える治水設備(カナート)……。

イスラムの知識の宝、技術の蓄積、発明発見の全ての記録……。


君主の暗愚、無気力と無頓着、遊興と悦楽……。

忠臣イブン・アルアルカミーの目に妖しい光が宿る。


「亡国の暗君の暗愚に付き合って滅亡の道を選ぶか」

「それとも……」


その日の深夜、奇妙な事が起こった。

カリフのムスタアスィムが、くしゃくしゃの死体となって、発見されたのだ。

バグダードの東壁の下で突撃準備をしていたモンゴル兵が発見した。

もの凄い悲鳴とともに空から落ちてきたという。


あきらかに投石器で城内から放り投げられたのだった。

国家の指導者、最高権威者カリフの死をもってバクダードは戦わずして降伏。


こうしてバグダードはからくも破壊と滅亡から逃れた。

(正史:戦争に突入しバクダードは壊滅、後にカリフが斬殺される)


フレグ「戦争賠償金を、国庫から個人の財産まで、すべて没収する」

戦争賠償金は莫大なモノであり、あらゆる富裕層から財産を没収した。


かつては栄華を誇った王族、貴族、豪商たち。

その宮殿や豪邸にモンゴル没収部隊が押し入った。


宝石を散りばめ、黄金で飾られた様々な家具、装飾品、部屋の壁。

その全てが剥がされ、没収された。


床板を剥がし、天井裏を調べ、園庭の地面を掘り返し、潅漑水路の中まで潜った。

モンゴル没収部隊「どうも失礼しました」


床板を戻し、天井裏を整理し、園庭の地面を平らにならし、潅漑水路を掃除した。

財宝だけを抜き取った様は、逆回しのフィルム映像を見るようだった。


スッカラカンになった我が家を前に被害者は無残にも立ちつくしていた。


だが、ここは東西通商交易路の要衝の地「バグダード」だ。

通商と治水設備(カナート)があれば何度でも蘇る!


豪商「命があってこそ何度でもやり直せる!」

長女「お父さん……」

モンゴル兵は娘を連れて行かなかった。

母親も無事だ。

またやり直せばいいんだ……。

もし戦って負けていたらこんなものでは済まない。

市民200万人は老若男女すべて殺されただろう。


生き物は猫や犬までも殺した。

潅漑水路も破壊し、土砂砕石を念入りに詰めた。


技師も技術者も作業者も根こそぎ殺し、再建出来ないようにした。

水利を止めて、あらゆる水棲生物、植林の森林を破滅させた。


大陸性気候(砂漠気候)であるため、水利が停止すれば、砂漠に戻った。

このため外部の人間が、街を再建出来ても、環境は再建出来なかった。


押収された財産はグラム単位で徹底的に管理された。

フレグは平和報酬として、12万のモンゴル兵に報酬を支払った。


3日間の略奪を許すという当時の慣習を諫めた為だ。

(正史:当時は兵士の報酬は略奪で給料は無い)


それでも莫大な財宝が残り、これは第4代皇帝モンケの宝物庫行きだ。

フレグは興味なさそうに財宝の山を一瞥した。


彼にとっての財宝は征服した土地、新しい知識と技術、そして資源だ。

そういう性格だから西征に選ばれた、というのもある。


彼はここに王朝を開き、みずからの独立国家を建国するつもりだった。

だからといってモンゴルへの背信はない、いつも心はカラコルムにある。

正史ではバグダードは降伏せず全滅します。

途中でカリフは気が変わって降伏しますが間に合いません。

市民200万人は全滅しました。


次回は「アブドゥッラーと40人の船工」です。

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