01-2 青藤八
銀縁丸眼鏡くんがそういったタイミングで、コンクリートの部屋中に懐かしい音が鳴り響いた。
キーンコーンカーンコーン。
学校のチャイムの音だ。
と、同時に、私はなぜこの音を懐かしいと思ったのか、自分に対して疑問符を浮かべた。
制服を着ているから、てっきり自分も他のみんなも学生だと思ってしまっていたが、私は、学生ではないのだろうか……?
「これから、寮則についてお話をします。電光掲示板の部屋に、集まりますように」
少し低めの女性の声が、そう告げた。
落ち着いた大人の女性の声だが、この状況下のせいか、どうも不気味に感じてしまう。
銀縁丸眼鏡くんたちが動かない様子を見ると、ここが電光掲示板の部屋らしい。他にも部屋があって、散っていたようだ。よく見たら、部屋の奥に扉がある。
私の想像以上に人は居るようで、それこそ学校の一クラスぐらいの人数が、気づけばこの部屋に集まっていた。
「他端、あまり奥までは行けなかったが、向こうの部屋に食料の倉庫はあった。キッチンがあって、水道が引かれてるから、一旦は水に関しても問題ないようだ」
背の高い、中性的な顔をした男の子が、銀縁丸眼鏡くんに報告に来た。耳や指には、銀色のピアスやリングをいくつもつけている。ヴィジュアル系バンドに所属していると言われれば、納得しそうな見た目だ。
とりあえず、横で話を聞く限り、餓死の心配は一先ずは大丈夫そうで、私は胸を撫で下ろす。
そして、銀縁丸眼鏡くんの名前は、他端というらしい。
これだけ人が多いと、わかる人からでも少しずつ名前を覚えていかないと、ついていけなくなりそうだ。集団の環境だからこその孤独、というやつだ。
それに、銀縁丸眼鏡くん、改め、他端くんは、私が目を覚まして最初に話した人間である。刷り込み効果的な、一種の親みの感覚も働き、この人にまずはついていかなければと思い始めていた。
「全員、揃ったようですね。これから、この寮と寮則についてお話ししたいと思います」
最後の一人らしい学生が入った瞬間、扉は再び締まり、アナウンスの声は説明を始めた。
どこから見ているのだろうか……。部屋を見渡しても、カメラらしきものは見当たらない。
「私は、この七十七日寮の寮母を努めます、ミヤイリと申します。あなたたちには、これからこの寮の名前の通り、七十七日間、ここで寮生活を送っていただくことになります」
ミヤイリの言葉に、部屋の中のみんながざわめき立つ。今にもアナウンスに対して、食ってかかりそうな人から、青ざめた顔で怯えている人、眠そうにしている人まで、反応は様々だ。
私も、こんな不気味な場所で、初対面の人間たちと、七十七日間も暮らさなければならないなんて……考えただけでも憂鬱になってきた。だが、それだけの寮生活なら、まだ可愛いものだった。
「そもそも、なぜ、ここであなた方が寮生活をするのか。その理由は、電光掲示板を見てもらえれば、すぐにわかると思います」
さっきも見た、様々な罪状が並ぶ電光掲示板だ。
よくよく見ると、部員を怪我させて自分がレギュラーになったとか、約束を破って永遠に人を待たせた、酷い振り方をして相手を傷つけた、など……犯罪の類で括っても良いのか、疑問なものもある。
「これは、あなたたちがこれまで犯した、罪状です。皆、見覚えがあるのではないでしょうか。自分の罪が見当たらない子は、手を挙げてくださいね」
手を挙げたい気持ちを抑えつつ、私はピンとくる罪がないか探してみる。しかし、どの罪状を読んでも、何も思い出せない。この中で、この罪は嫌だな、せめてこれであってくれと、くだらない願掛けをすることぐらいしか、できない。犯罪者らしき人たちに取り囲まれているのに、呑気なものだと思う。逆に、記憶を失ってやはり良かったのかもしれない。記憶があれば、もう少し取り乱していただろうが、なにもわからない今、かなり投げやりになっている。
「これから、あなたたちにはこの寮生活を通し、お互いの犯した罪を理解し合う……本当のお友達になってもらいたいと思います」
「お友達だと……?」
見るからに短気そうな、黒いキャップを被った、目つきの悪い男が呟いた。
ミヤイリの、まるで幼稚園児にでも聞かせるような口調は鼻につく。より私たちを扇動しにかかってきているのだ。
「そうです。永峰くん。お友達です。これから、あなたたちには罪明かしゲームを通し、お友達になってもらいます」
黒キャップの男は永峰といういらしい。
電光掲示板の画面一度、ブラックアウトすると、すぐにシミュレーション映像のようなものに切り替わった。顔のない人シルエットのようなものが写り、ゲームの説明が始まる。
「あなたたちには、自分の罪を隠しながら生活をしてもらいます。ですが、この寮の中には、あなたたちの誰が、なんの罪を犯したのか、わかるヒントも眠っています。その他にも、寮生同士の交流時間や、イベントも設けます。そういった時間を通し、寮生の罪状がわかった人は、寮母室まで報告しにきてください。あっていれば、二人は正式なお友達だと、寮母であるこのミヤイリが認めましょう。お互いのことを、悪いところも含めて理解し合う、素敵な友情ですよね」
ここまでは、内容としてもシンプルなゲームなのではないか。そう思ったが、次にまた画面が切り替わり、映った数字は、私たちに更なる混乱を招いた。
A 3ポイント
B 3ポイント
……
U 3ポイント
AからUまで、3ポイントが並んでいる。
「あなた方に渡した、寮生手帳。この中に、自分のローマ字が入っているので、探して見てください」
ミヤイリの指示を全く無視している人たちも居るが、私は素直に手帳をすぐに開いて探してみた。自分の名前が書いてあるカードと手帳の間に、一枚の紙が入っていた。紙にはKと書いてあった。
「罪を明かして、お友達を作ることができた場合、この掲示板の点数表に、点が加点されていきます。七十七日間の間に、この点数を14ポイントにできた寮生は、好きなお友達と退寮する権利を与えます」
退寮する権利。
つまり、権利がなければ、この不気味な施設から出ることは、できないということなのだろうか。
「権利のない人は……?」
前髪を掻き上げた、この中では年長者にあたりそうな女性が、みんなの思ったことを代弁して、ミヤイリに聞いてくれた。ミヤイリは「良い質問ですね、庭森さん」と、鼻歌交じりで説明の続きを始めた。
「権利のない人。お友達をちゃんと作れない、寮のルールも守れず、風紀を乱す生徒は、必要ありません。処分させていただきます」
「処分って、どういう意味だよ」
「そのままの意味ですよ、春日野くん。殺処分ですね。この中にも、人の命を奪うのが好きな子たちが居るでしょう。みんながしてきたことと、同じことです」