01-1 青藤八
最初に思い出すことのできた、記憶の話をしよう。
昔、流行った、都市伝説。
悪いことをしたら、暗い森の中の寮に連れてかれて、寮監から厳しい罰を受けることになるのだと。
その寮の寮生は、みんな特徴を持っている。
それは、みんな何かしらの罪を犯しているということ。みんな、犯罪者なのだ。
盗難から殺人まで、様々な罪を持った罪人たち。
悪いことをしたら、その怖い罪人たちの仲間入りだ。
だから、絶対に、悪いことはしてはならない。
……その話を聞いて、小さな私は、自分には関係ない話だと、笑い飛ばした。
(今、私、都市伝説の中に居る?)
数人の男女に取り囲まれた私の頭上で、電光掲示板が青々しい光を放っている。
掲示板の中には、夥しく物騒な罪名の数々が並んでいた。
盗難、殺人から、はたまたストーカーに覗きなど、非常にバラエティに富んでいる。
この状況を見て、覚束ない私の記憶と思考を、理性の綱がなんとかまとめて出した答えが、さっきの都市伝説だったわけだ。
目を覚ましたら、この電光掲示板以外何もないコンクリートの壁の部屋の中。
見知らぬ若い男女に、私は取り囲まれ見下ろされていた。
年齢はみんなばらばらなように見えるが、同じブレザーの制服を着ているところは共通だ。
私も同じ制服を着ている。
(この人たちは、私の同級生なのだろうか)
最初は、起きたばかりで寝ぼけて記憶がないのかもしれないと、起きてすぐの時には前向きになろうと努めた。
だが、同級生や友人の名前はおろか、自分の名前すら、何も浮かんでこない。
そして、この異質な状況だ。いよいよ、記憶喪失だと切り替えざるを得なくなってきた。
「寮生番号一番、青藤八」
銀縁の丸眼鏡をかけた、お洒落に気を遣ってそうな男の人が、誰かの名前を呼んだ。
(人それぞれ、お洒落には好みや方針があるだろうから、私は彼をお洒落とは断定しない)
あおふじはち。変な名前。
「青藤くん。青藤八くん。君のことを呼んでいるんだが」
銀縁丸眼鏡くんは、私の目を見てもう一度名前を呼んだ。
残念ながら、私の名前だったらしい。
(犬みたいな名前だな……仮にも女の子に対してつける名前なのか……)
親の顔すら思い出せないが、落胆せざるを得ない気持ちを抑えつつ、私は「はい」と短く返事をした。
記憶喪失だと正直にすぐに言うべきなのか、まだ判断に迷っていたのだ。
この人たちがもし悪いことを企んでいたら、記憶喪失の人間なんて格好の鴨である。
「寝ている君に手元にあった寮生手帳だ。勝手に見てすまない。これを見て、君の名前を確認させてもらった」
銀縁丸眼鏡くんに手渡された薄い手帳開くと、私の顔写真と、01という番号、青藤八の名前が載ったカードが入っていた。名前の下には、『この者を寮生と認める。七十七日寮 寮監』という文言が入っていた。
私はどうやら、七十七日寮という寮の、寮生らしい。
「君も状況がわかっていないと思うが、僕たちもなんだ。ただ、全員が起きたら説明をするというアナウンスがあって、最後の君が起きたから、これから始まると思うんだが……」