宝石と星空、それから彼女
初めて彼女を視界に入れた瞬間。
芽生えたのはとても単純な恐怖だった。混じり気のない恐怖というものを、僕は彼女に出逢い初めて経験する。
何に対しての恐怖なのか。それを言語化するには圧倒的に、僕には語彙が足りないのだろう。けれど例え辞書を引いてみたところで、相応しい言葉を見つけるなんてことは不可能だと、どこか恐らく知っていた。
だから、僕は訳の分からない、ただ単純明快に示された恐怖を受け入れる。きっと皆同様に、彼女を、彼女だけを異質なものとして。
彼女は天才だからと、納得のいく理由と根拠。しかしそれ以前に、彼女の美しさが根底にあった。
人を寄せ付けない、冷たく鋭い美しさ。小さな顔に行儀よく配置された瞳と唇。眼鏡越しから、空虚にきらりと光る大きな双眸が星空のように何も写さなくて、吸い込まれてしまいそうだと思った。
晴れた日の澄み切った星空のような、美しいことが秩序的に、絶対的に決められていること。それが何より自然で、だけど彼女は、人工的に創造されたようにも美しくて、宝石を彷彿とさせる。
ショーケースの中、高潔に、あまりに潔癖に飾られている宝石。ずっと見ていたいと思う。でも、なくても困ったりはしない。実用品ではない。
美しいものは総じて現実味がない。宝石も、星空も──彼女も。
だから、あの時彼女が流した涙でさえ、どうしようもなくうつくしかった。
「みどり、」
泣かないでと言えなかったのはきっと、そのせいだ。
創りもののように果てしなくうつくしく、人間みたいに涙を流した彼女が、
狂おしい程に、きれいだったから。