皇帝は世界に望む。
最終話
玉座に座り、考えを巡らせる。
頭を撫でる。精霊族の、いや魔族の象徴の角が二本、デコ辺りから生えている。
人間には記憶というものがある。脳みその、海馬と呼ばれる部分に蓄積されている電子データ。
しかし、今の俺の体は、昔のものとは別物で、新たに生み出されたものである。故に、昔の記憶など持っているわけが無い。
仮に。仮にだが、魂と呼ばれる未知の存在に、記憶が保管されていたとしよう。であるならば、俺の記憶は俺が復活したタイミングで完璧でなければならない。
いや。なければならない必要は無いか。ただ、転生前の記憶があったこと。魔族という概念について何も知らなかったこと。その二つの事柄に筋を通すのであれば、魔力というものが関係していると見て間違いないだろう。
この世界になってからの記憶。それらがヒューマンの王によって消され、それよりも前の記憶しか残っていなかった。と考えるならば、無理やりにでも筋は通せられる。
そして、記憶すら魔力と考えるならば、この世界から魔力が消えれば、全てが消える。レプトも言っていたが、魔力はじき尽きるのだろう。
と、ここまで考え、頭を抱える。どうしたものか。どうすべきなのか。
いや、嘘だ。どうすべきかは分かっている。ただ、その事実を自分で呑み込めていないだけだ。
玉座に座ったまま、右手を伸ばす。
この魔法は昔、精霊族の者達が生み出したものだ。この世界の理を書き換え、己が物にする魔法。
名を禁忌魔法。その中でも、個人間魔法ではなく、種族間魔法でもなく、世界間魔法。世界の理を書き換える、禁忌中の禁忌。
床の砂鉄を短剣の形に変え、人差し指を切る。血が滴り、玉座の前の床に垂れる。
「その理、人が触れる事能わず」
垂れた血が赤く光り、床に魔方陣を描いていく。
「その理、魔が触れる事能わず」
半分ほどが出来上がる。
「その理、神が触れる事能わず」
一際強く光り、魔法陣が完成する。
「その理の書換え、血を刻む事を形代とし、今、此処に施行す」
「血を力に。可能性を有限に。故に万象を可能に。全ての者に願いを」
魔法陣は強く輝き、大きくなっていく。玉座の間を覆うどころか、魔界の街を、魔界をも覆う。
玉座から立ち上がり、ポツリと呟く。
「これで良かったのだろうか」
その俺の呟きに答えるように、胸の内の温かいモノが叫ぶ。
「皆が笑いたい時に、笑う事が出来る世界ヲ!」
子供らしく、それでいて優しい声で。
「皆が問いたい時に、問う事が出来る世界を!」
低く、笑うような声で。
「皆が嘆きたい時に、嘆く事が出来る世界を」
どこか似ていて、どこか違う二つの声で。
「皆が説きたい時に、説く事が出来る世界を!」
優しく、諭すような声で。
「みんなが挑みたい時に! 挑む事が出来る世界を!」
明るく、力強い声で。
「皆が怒りたい時に、怒る事が出来る世界を」
可愛らしく、芯の通った声で。
「みんなが泣きたい時に、泣く事が出来る世界をー」
無邪気でいて、どこか真面目な声で。
「皆が歩みたい時に、歩む事が出来る世界を」
笑ってしまいそうな、泣いてしまいそうな。そんな不思議な声で。
「……皆が望みたい時に、望む事が出来る。そんな世界を」
そう言い、玉座に座る。
魔界の城が揺れている。皆の願いは、この世界から魔族がいなくなること。その願いが叶えられようとしている。
城の柱が軋み、所々から倒れる音がする。
彼女との願いは、片方しか叶えられなさそうだ。申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだ。
魔界で過ごした時間は、とてつもなく長い。ヒューマンとして人界で過ごした時間とは、比べ物にならない。
では人界の皆に思い入れは無いかと問われれば、答える必要すらないだろう。
胸の内から、温かい光が包み込んでくれようとしている。
「みんな……ありがとう……」
胸に手を当て、一瞬目を閉じる。
そして、目を見開き。
「その世界の神に願う! 我らの魔力全てを使い、世界を正しい方向に導いてくれ!」
居るかも分からない、居たとしても何の力も持っていないかもしれない、そんな神に、心の底から願う。
他力本願かもしれない。投げやりかもしれない。だが、それでも、愛した人々には幸せになって欲しい。
俺の最期のわがままだ。神も嫌々聞いてくれるだろう。そう願って。
視界がぼやけ始める。床はひび割れ、壁は崩れ、天井からは陽の光が見える。
目線を前に戻すと、そこには皆がいた。
ベルゼ、アスト、ルキフグス、レプト、フル、サルガタナス、サタ。
声も出ない喉を開き、皆の名を呼ぶ。皆はその声に応じ、笑いかけてくれる。懐かしい感覚だ。本当に懐かしい。
「み……んな……」
☆☆☆☆☆☆
世界の半分は崩壊した。
何らかの強い形で、飲み込まれるように消えていったという。
人界と魔界を隔てていた境界の森。そこから先は、ただ荒野のような地面が続いている。
魔界の調査を続ける内、とある人物の話をよく聞くようになった。
名は不明。人界で最も大きな町で有名な、中央都市。その街で英雄と呼ばれていたそうだ。数々の功績を残し、それでいて名を売らなかった人物。
その人物は一人で魔界に向かったらしい。騎士団長からの伝聞なので、恐らく間違いはないだろう。
そして、その英雄には妻がいた。彼女の腹にはもう一つの命が宿っていたが、彼女もその子も行方はわからくなってしまったらしい。
と、ここまで書いたものの、私自身その人物に覚えがない訳ではない。なんとなくではあるが、彼ではないかと疑っている。
しかし、名も無き英雄は存在しないのと同意である。故に、とぎばなしの一つと割り切って読まれると良いだろう。
こんな話を最後にするのも良くはないが、願わくばもう一度彼に会いたい。そして少しで良い。少しでも良いから「前の世界」というものを、聞いてみたいと思っている。
☆☆☆☆☆☆
後書きを書き終わり、一息つく。そして思う、これは世に出せないな、と。
埃まみれの部屋の窓を開け、換気をする。聞こえてくる鉄を打つ音。
伸びをし、本を撫でながら思う。本当に彼なのだろうか、と。
異世界から転生してきた人物が、悪戦苦闘の末、世界を救う。美しい話だ。その為にも英雄は彼でいて欲しいものだ。
ノイマーは筆を執り、本の表紙に題名を記入する。
彼の名か? 功績か? 英雄譚か?
迷うことは無い。彼の全てを現そう。
インクを乗せ、筆を走らせる。
そうして書かれた皮の表紙には。
という訳で堂々完結です。
いやはや、長かったです。本当に。
書きたいところや、削りたいところが多すぎて手をつける気にならないです。
現在、これを書いている時点で、ブクマ32も頂けておりまする。ありがとうございます。
半年以上空いたり、毎日更新したり。色々やらかしたにも関わらず、たくさんの方々に見て頂けて感無量です。
次は追憶的な話です。魔族は仲間だったって話にしてから、書きたいとずっと思っていたので書かせてください。百の方がなんとなく綺麗ですし。
それではありがとうございました。次の話では後書きは書くつもりは無いので、ここでお別れです。
滅茶苦茶暇でなろうを徘徊してるという人は、今度は異世界ジャンルではないどこかでお会いしましょう。
ではでは。




