少将は皇帝に泣く。
九十七話
庭園を出て、廊下を歩き、大広間に戻る。チェス盤はチェックメイトの状態のまま、何も変わってはいない。
階段を上り、玉座の間への扉に手をかける。
両手を両扉に。扉は、前に来た時よりも軽々しく、まるで迎え入れるように開く。
扉と玉座の中間辺り。一人の少女が、杖をつきながら立っている。
「ル、ルシファー様……私は……」
「ネビロス」
諭すような俺のその一言に、ネビロスは安心した顔を見せる。その緩んだ顔に心が痛む。
「俺はもうルシファーでも、皇帝でもない」
ネビロスは目を見開き、悲しそうな顔をした後、説得しようと俺を見る。
「わっわ、私は……あなた様を……」
体を震わせながらネビロスが口を開く。
「ネビロス」
「っ……」
「始めよう」
剣は仕舞ったまま、左手に火球を生み出し、右手に水球を生み出す。
「っ……ルシ! 私は!」
泣き出しそうな表情のネビロスに向かい、無言で火球を放つ。
「し、死者の魂よ! 我が呼び声に答えたまえ!」
火球がネビロスに当たる直前、闇の塊が火球を弾く。その闇は形を変え、巨漢の男性に姿を変えていく。
「うそっ……そんな……」
魔法を使った本人のネビロスが、何かに驚いている。
闇の男性は大太刀を生み出し、口を開く。
「懐か……し……いナァ」
その言葉に確証を得る。
「ベルゼ……」
「ルシッ……ベルゼの魂が無いの! どこにも無いの!」
まるで世界の終わりを見ているかのように、俺に向かってそう訴える。
「ネビロス……」
目には大粒の涙が。ボロボロ零しながら杖を強い力で握っている。
「無いの! 無いともう戻せないの! ベルゼが……ベルゼが……」
闇で出来たベルゼが、こちらに向かって走り出す。
仕方なく、右手の水球を水剣に作り替える。
本物のベルゼより単調な攻撃。真っ直ぐに振り上げ、振り下ろす攻撃。その大振りの攻撃を避ける。そしてベルゼもどきの心臓めがけ、剣を突き立てる。
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「は、初めまして。少将の名を冠したネビロスと……もうし……」
第一印象は、物静かな少女だった。
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切った感触も無く、一撃で闇のベルゼは消える。
「じゃあ皆……? アストもレプトもサルも……?」
ネビロスは目を大きく開き、何かを呟いている。そして静かになったかと思うと、杖に手を向け、呪文を唱え始める。
「死者の魂よ……我が呼び声に答えたまえ……」
闇の塊が三つ生まれる。一つはアストに。もう一つはルキフグスに。最後の一つはレプトに。
三人もどきは、こちらに向かって来る。歩き方がどこか不自然で、武器を振り上げる動作もどこかおかしい。魂が無いことが関係しているのだろうか。
アストの剣を左に避け、ルキフグスの剣を右に避ける。レプトの放った炎の魔法を水剣で切り、水剣の刃を薄く伸ばす。そして、無防備な三人の背中に向かい、水剣を振るう。
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ネビロスの私室から嬌声が聞こえる。また部下の慰めに精を出しているのか……
「ネビロスー? ちょっといいかー?」
ドアをノックしながら、大きな声で問いかける。
「ご、ごめんない……」
下着姿のネビロスがドアを半分開け、こちらを見上げる。
「ネビロス……あのな、法律は無いとはいえお前くらいの年齢の子が……」
俺の顔を申し訳なさそうに見上げてくる。この顔を見ると怒れない。
「……もう少し声は抑えてくれ。サルガタナスが可哀想だから。な?」
ネビロスは小さく、コクッと頷く。
「……じゃ」
そう言ってネビロスはドアを閉める。
大丈夫だろうか。教育的なものを教えられるほど真人間がいないからなぁ。こういうの難しいなぁ。
そう思いながら、ネビロスの部屋を去ろうと後ろを向いた瞬間、部屋の方からまた嬌声が聞こえてくる。
どうしたものか……
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闇のアスト、ルキフグス、そしてレプトを消し、ネビロスの方を見る。
「皆いなくなっちゃった……みんな……みんなが……」
虚ろな目でこちらを見ながら、俺に伝えてくる。
「ネビロス。それは俺がやったんだ。俺が皆を殺したんだ」
目を見ながら言う。目線を逸らさず、真っ直ぐ見て言う。
「……え? え?」
何を言っているの分からないという風に言う。分かりたくないと願う風に。項垂れ、首を大きく横に振る。髪で顔は見えないが、声は揺れ、光る粒が滴っているのが見える。
「嘘だ! だって皆は……皆は!! 大事な大事な……」
項垂れ、泣いたまま、ネビロスの杖を握る手に、力が込められる。
「死者の魂よ……我が呼び声に……答え……たまえ……」
二つの闇の塊が生まれ、フルとサルガタナスになる。
ネビロスの使う魔法は、魔力で生み出した体に、魂を入れる魔法なのだろう。だから魔力の塊しかそこにはなく、それを操るネビロスの指示でしか動けない。故に攻撃も単調で強くもない。
魂か魂の欠片でも存在すれば、自立した意思を持つ兵器にもなるのだろう。しかし魂はもう俺の中にある。
胸の温もりに左手を当て、目線を上げる。フルレティもサルガタナスも動いてすらいないようだ。
それを見て俺は走り出す。腰の剣を右手で抜く。そして柄をしっかりと握り、闇のフルとサルガタナスを横に切る。
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「ネビ。サルガタナスが本気で困ってたぞ」
「サルは処女だからねー仕方ないねー」
本人の耳に届けばどうなってしまうか、想像もしたくない。そんな恐ろしい言葉を呟きながら、ネビはソファでくつろいでいる。
「隣の部屋なんだからさ、ちょっとは気を使えよ?」
「あいー」
何とも気の抜けた返事だ。だが、こんな感じでも十二分に役に立ってくれている。死者の魂の考え方に関しては、ネビの右に出る者はいない。
「というかなんであんな事するんだよ……」
「楽しいからー?」
無邪気な子供の笑顔でそう言う。内容が内容なだけに、笑って済ませられることではない。
「……サルガタナスも大変だなぁ」
「それより聞いてルシー。この前の死後の世界の話なんだけどさー?」
急に真剣になって話し始めるネビ。ずっとこの調子だと良いんだがなぁ……
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ネビは顔を上げる。 目が真っ赤に腫れ、頬を伝う涙は途切れている様子はない。
「し……しゃの……たましっ」
喉が痙攣し、上手く喋れていないネビの胸に、剣を突き立てる。呪文が途中で途切れる。
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嬌声が響く部屋の前で。
「おいネビー。ご飯だぞー」
声が止み、ドタドタ音がする。そして、すぐにネビが部屋から出てくる。
「待ったー?」
ため息を吐き、ネビの頭を撫でる。
「ぅえー?」
「ほどほどにな」
「んふー。大丈夫ー」
やけにツヤツヤした顔のネビが、満足そうに言う。まぁ大丈夫ならいいか。
「今日なんだろねー」
「なんだろなー」
まぁ、幸せそうなので強くは言えない。色々話してくれるようにもなったし、ネビは皆が好きだし、皆もネビが大好きだ。
ネビが笑っているだけで、その場が明るく和む。
ネビの頭を撫でながら、笑いかける。ネビは一瞬首を捻り、そしてニコッと笑う。
年相応の笑顔も、こうやって見せてくれる。ネビが幸せならそれでいいか。たぶん皆もそう言うだろうし。
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「わた……しは……る……しが……」
ネビは一歩前に進む。当然胸に刺さった剣がより深く刺さっていく。もう一歩進み、一歩分深く刺さる。
ネビは手を伸ばし、俺の頬を撫でる。
「なか……ない……で……」
頬を撫でた手がスッと落ち、剣にかかる重さが増す。ネビの体からは完全に力が抜け、その場に倒れてしまう。
血色に染まった剣を落とし、ネビの体を抱き上げる。背中に回した右手が温かい液体で濡れる。
辺りに魔力の変化を感じる。魔力で探知すると、目の前のネビから魔力で抜き取られている。ソレを魔力で奪い取り、胸に収める。
そして、もう一度ネビを見る。悲しそうな表情で、そしてどこか笑うように瞼を閉じている。
しかし、その顔が滲み、見えなくなる。そして音を立て、俺の涙がネビの頬を打つ。
「ぐっ……うっ……ぅぐっ……」
喉奥から漏れ出る声がうるさい。自分でこの結末を選んだのに。自分が望んだものなのに。
泣く権利など俺にはない。分かっているはずなのに、なのに涙は止まらない。
涙が止まらないまま、手の中のネビの体は消えていく。
「ぁ……」
情けない声が漏れる。両手を強く握り、目を拭う。血にまみれた剣を拾い、玉座へと向かう。
心は既に決まっていた。
初期のエロエロ設定のせいで変な感じになりました。
まぁ、美少女設定なので許されるでしょう。




