旅団長は皇帝に怒る。
九十六話
食堂の扉を開け、廊下を進む。食堂と大広間の中間に、庭園へと続く道を見つけ、その先に見知った顔がいた。
「皇帝……」
俺の姿を見ると、泣き出しそうな顔をする。
「久しぶり。サルガタナス」
名を呼ぶ。すると、顔を下に向けてしまう。
「あなたがここにいるということは……あいつは……」
サルガタナスが何か呟いているが、遠くて聞き取りづらい。
「サルガタナス?」
呼び掛けに答えない。それどころかこちらに向かって歩き出している。
問答無用と言うことだろうか。だが何か心に引っかかる。何か大事な事が。
「皇帝。一つだけ聞いてもよろしいでしょうか」
以前、顔は下に向けたまま。そして歩みを止めないまま。
「あぁ」
顔を上げる。複雑な表情をしている。希望を抱いているような、いないような。一縷の望みを持ちつつも、自らそれを否定しているような。
「あいつは……フルレティはどうなったんですか……?」
死んだよ。そう答えるのは簡単だ。だが、サルガタナスの表情から察するに、恐らくそういうことだろう。
「殺した。俺がこの手で殺した。」
目をそらすことなく、事実を。逃げてはならない事実を伝える。
「そ……うですか……」
一瞬目を開いて驚き、まるで分かっていたかのように目を閉じる。
「サルガタナス、フルレティは」
「いいです。聞きたくないです。少なくともあいつの言葉をあなたの口から聞きたくはない」
冷たい声で、目で、表情でそう言う。
「……」
「どうせあいつのことです。あなたに一直線に向かっていったんでしょう」
「あぁ」
「どうせ楽しそうに戦ったんでしょう」
「あぁ」
「なんで……なんで私を置いて……」
サルガタナスは目の前で涙をこぼす。
「サルガタナス、俺は」
「私はもう、あなたを許しはしない」
泣き、赤く染った目で睨まれる。
サルガタナスは鉄槌を手に取る。握る部分が身長ほどもあり、打つ部分は上半身ほどの大きさの鉄槌。
「あいつは……あいつは……」
サルガタナスは走り出し、自分を軸に鉄槌のコマのように回り出す。回転は速くはないが、走る速度に回転速度、そして標的を見失わないほどの速さによる捕捉。
土埃を巻き上げながらこちらに向かってくる鉄槌を、魔力を纏わせた剣で防ぐ。
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「初めまして。旅団長の名を冠させて頂きました、サルガタナスと申します。以後よろしくお願いします」
第一印象は、真面目そうな女性だった。
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左に立てて構えた剣に、右腕と上半身を添え、鉄槌の回転に対抗する。
少しでも距離を見誤れば、刀身には当たらず、上半身を鉄槌が打ち砕くことになる。今は保険をかけている場合ではない。
鉄槌を回していたサルガタナスの回転が止まる。
「わた…は……」
目の前でサルガタナスは顔を上げる。目も顔も、赤く染っている。
「私はあいつさえいればよかった! 時間を戻すとか、種族だとか! どうでもよかった!」
剣と鉄槌が離れることなく、ノーモーションで吹き飛ばされる。
空中で姿勢を立て直し、着地する。
顔を上げると、もう目の前まで迫ってきている。
剣を構える。右からの攻撃。刀身に左手を添え、柄を握る手により強く力を込める。
火花が散り、鉄槌と剣がぶつかり合う。照らされた顔は、一方は怒りを。一方は悲しみを抱いている。
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「あいつ見ませんでしたか?」
「あいつ?」
「フルレティです」
サルガタナスは顔を右に左に、真剣な表情で探しているようだった。
「いや、見てないけど」
「本当ですか?」
机に手をついて、身を乗り出して聞いてくる。
「いや、本当に」
「……」
「というかなんで探してるの?」
「えっいや……その……」
急にしおらしくなるサルガタナス。
「え? なんて?」
「あ、あっち探して来ますね〜」
作り笑いを顔に張りつけ、部屋を出ていく。
「なんだったんだ……」
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力負けしないよう気張ったからだろうか。鉄槌ごとサルガタナスを押し返す。
「ぐっ……!」
鉄槌が飛んでいかないように握っているサルガタナスは、飛んでいこうとする鉄槌に引っ張られ、大の字状態になっている。
逃さず、腹部に横切りを。近い事も相まって、深めに切れる。
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「サルガタナス……サル。やっぱサルかぁ。でもサルってのはなぁ」
「猿猿どうしたんですか?」
サルガタナスが部屋に入ってくる。半死半生のフルレティを引きずりながら。
「いや……サルガタナスのあだ名を……」
「私はサルガタナスで十分です。ですがまぁ、お聞きしてもよろしいですか?」
「えっとぉ……サ、サル……とか?」
炎が見えます。サルガタナスの後ろにデカい炎が。
「それはやめてくださいね」
「アッハイ」
「こいつも私をさっきその名で呼んだのですよ」
生きているのか死んでいるのか、よく分からないフルレティのような肉塊を持ち上げる。
思わず喉から変な声が漏れ出る。
「ですから、ね?」
そう言って笑うサルガタナスは本当に怖かった。
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サルガタナスは飛び退き、腹を押さえる。俺も同じく後退し、しっかりと剣を握り直す。
「あいつはいつもあなたの傍にいたのに……」
腹から溢れる血を止めることなく、両手で鉄槌の柄を握る。
「何故殺したのですか! あなたは!!」
口端から血が漏れ出て、涙で目を赤くしたまま怒る。
サルガタナスはフルレティの事を。そうだ。そうだった。
「俺は……」
「魔族が憎いのですか……?」
「そういう訳じゃ」
「フルレティが、私が憎かったのですか?」
「違う。断じてそうでは」
「では何故! なぜ……」
鉄槌を握る手が震える。下を向き、顔は見えないが涙は止まってはいないだろう。
「そう彼女と約束したからだ。魔族を滅ぼす、と」
「……そうですか」
サルガタナスは顔を上げる。もう涙は止まっていた。
「サルガタナス……」
「ただ愛の為に、いたずらに殺したのですね」
「違う!」
「私達は魔族の烙印を押されました。でも、あなたの方が悪魔だ。最低だ」
サルガタナスは鉄槌の柄を強く握り、走り出す。
俺も同じように剣を握り、はしる。
先ほどの攻撃より感情的な、何も考えていないような攻撃を繰り出してくる。目には涙が溢れ、腹から溢れる血を止めようとすることなく流すサルガタナスは、もう自暴自棄になっているようだった。
大振りの横攻撃を二度避ける。そして懐に入り込み、左胸めがけ、剣を差し込む。
鎧を裂き、あばら骨を折る音を響かせ、剣が心臓を貫く。
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「どこに向かいました!?」
般若のような顔のサルガタナスが聞いてくる。
「え、食堂だと思うけど」
「分かりました! ありがとうございます!」
聞くや否や食堂に向かって走り出す。
「本当にフルレティが好きなんだなぁ」
独り言のつもりで。小さく吐き出したつもりだった。
地獄耳なのだろう。サルガタナスは走る方向をこちらに変え、急いで戻ってくる。
「違いますから! そういうのではないですから!」
「嫌いなの?」
「いやっえっ。いや、そういうわけでは……」
「ははぁ〜ん?」
「ち、ちがっ」
「まぁいつでも相談に乗るからね」
「……ありがとうございます」
頬を赤く染め、手をモジモジさせながら言う。しおらしいところもあるんだなぁ。
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「あいつの……いないせかいは……なんの……かちも……」
サルガタナスの後ろで、重々しい音がする。鉄槌を離したのだろう。
体を支え、胸から剣を抜く。そして、体を横にさせる。
悲しそうな、諦めたような。そんな表情をしている。
周辺に魔力の動きを感じ、魔力の手を伸ばす。サルガタナスから取り出されたソレを取り、胸に仕舞う。
新しく入ったソレは、少し前に入れたモノを攻撃するが如く激しく動く。しかし、ちょっと前に入れたモノが、今しがた入れたソレを優しく包み込む。
その動きに苦笑しつつ、立ち上がる。
あなたの方が悪魔だ、か。胸が痛い。その通りだ。俺はもう立派な悪魔だ。
回想に他人の名が出てくるのは初めてな気がします。
百話でぴったりに完結されられそうです。




